6、
季節は薔薇の盛り、王城の庭園には色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。
その一角、白い天幕のもとでお茶会が開かれている。
卓上には、職人が技を尽くした菓子が宝石のように並び、茶葉の香りは湯気とともにふんわりと立ち昇っていた。
空は雲ひとつない快晴。風も穏やかで、気温は快適。完璧すぎるほどのお茶会日和だった。
──ただし、俺を除いては。
朝からずっと胃がきりきりするこのお茶会、主催者である王太子・レジナルド殿下の言葉通り、参加者は二十人ほど。
セオドアの姿はなかったものの、顔見知りは数名いたので、誰かの隣に張りついて過ごすつもりだった。……だったのに。
「やあ、リアム。今日は来てくれてありがとう。君の席はあちらだよ」
そう微笑みながら、レジナルド殿下ご本人が直々に出迎えてくれたのはつい先ほど。
そこから、優雅かつ断れない“ご案内”で導かれ──気づけば、俺は円卓のど真ん中。
右にレジナルド。左にノエル。そしてぐるりと円を描くように並ぶのは……攻略者たち。
……地獄の1丁目、開幕である。
まず、ノエルの隣に座るのは──
リンドン・パストラーレ。
代々神官を輩出する伯爵家の嫡男で、俺たちとは同学年。別クラスなので会話らしい会話はしたことがない。
子犬のような愛嬌のある可愛い顔立ちだが、ノエルルートでは俺を徹底的に犯し、雌堕ち性奴隷へと仕立て上げるヤバい男だ。ノエルと家庭を築く一方で、地下室で俺とヤる。倫理は捨ててきたんだろうか。
スペンサー・トランクイロ。
宰相の息子にして、公爵家の御曹司。冷ややかな眼差しと黒縁眼鏡がトレードマーク。
こいつのルートでは俺は薬漬けにされたうえで娼館送りだ。合間にスペンサー自身も“味見”してくれる。浮気だろそれ。
アレックス・コンブリオ。
辺境伯家の跡取りで、王立近衛騎士団の見習い。赤髪と引き締まった体躯が目を引くが、口数が少なく表情が硬い。
こいつのエンドだと、俺は魔塔に隔離されて触手の苗床になる。無理無理無理無理。
そして──
レジナルド・リタルダンド。
この国の王太子殿下であり、今日の地獄の首謀者である。
殿下のエンドでは、俺は囚人だらけの牢へと放り込まれ、毎晩“順番待ち”の肉便器。直接手は下さずとも、囚人の入れ替えや日程管理など余念がない。
──もう滅びろ。
ノエル自身は、そうしたエンドに直接関与しない。
心根の優しい健気ヒロインであり、リアムからのいじめにも耐えて微笑み続ける聖母ポジション。
だからこそ、その存在が俺の運命を“固定”してしまう──何もしないという形で。
……そんなことを考えていたら、肩をぽんと叩かれた。
「リアム、大丈夫? 顔、青くない?」
ノエルが心配そうに顔を覗き込んでくる。
いや、放課後の鬼ごっこを除けば、ノエルは普通に良い奴なんだ。転生者っぽさ全開だけど、根は悪くない。……はずだ。
「ちょっと緊張してるだけだよ。僕、皆さんとお目にかかるのは初めてだから」
微笑みを返すと、ノエルが「ああ、そっか」と頷く。
「リアムって、小さいころ身体が弱かったんだよね? ……なんか、色々と違うんだなって」
「……違う?」
聞き返すと、ノエルが慌てたように首を振った。
「あっ、いや、こっちの話! ほら、普通は社交界って“出てなんぼ”って聞いてたから!」
出てなんぼ……うっかり口が滑ったんだろうな。
ノエルは時折、そういう“異世界基準”の発言をぽろっと漏らす。
俺は聞き返すだけに留めているが、あれは確実に……転生者。もしくは、その周辺。
「ねえねえ、二人だけで盛り上がらないでさ、僕たちとも話そうよ!」
間延びした声で割って入ってきたのは、性欲丸出しの破戒坊主──もといリンドン。
続いて、ド変態めがねことスペンサーが軽やかに言葉を継いだ。
「そうだな。二人並ぶと絵にはなるが、私たちも交ぜてほしいものだ」
「すみません、皆さんのお顔ぶれに緊張してしまって……」
猫を被りながら返すと、スペンサーが鋭い目でアレックスを見た。
「お前がそうして睨んでいるからだろう」
「睨んでなどいない」
アレックスはぶっきらぼうに答えたが、笑わない顔と静かな目つきが誤解を生んでいるのは確かだ。
スチルで微笑むアレックスを見たいがために、全力で攻略してた妹の姿を思い出すと……なんか腹立ってくる。
「まあまあ。互いに初対面もいることだし、自己紹介をしてはどうだろう」
場をまとめるのは、王太子・レジナルド。
この人、本当に“使える”ところでは抜かりない。顔も記憶力も良くて、だからこそ“どこまでが演技で、どこからが地なんだ?”と疑いたくもなる。──滅びろ。
そんなこんなで、ノエルから始まった自己紹介は順調に進み、俺もにこやかにそれに倣った。
攻略対象たちは互いに軽口を交わしていて、どうやらこの四人はもともとが幼馴染のようだ。ゲーム設定でも知っていたけど、こうして現実に見ると妙に圧がある。
(……ノエルとセオドアが味方についてくれれば、少しは楽になるんだけどな)
今のところ、ノエルは俺に害を与えていないし、セオドアは確実に味方だ。
でも……ノエルに真実を打ち明けるのは、まだ早い。どこまで“あっち側”なのか、計りかねる。
あのふわふわした雰囲気も、天然なのか演技なのか。警戒して損はない。
そんなことを思いながら場の会話にほどほどに混じっていたが──ふと気づくと、俺のまわりだけぽっかりと空気があいたようになっていた。
誰も俺に注視していない。
(……今だ……!)
誰にも気づかれないよう、音を立てずに椅子を引いて、そっと立ち上がる。
姿勢を低く、目立たぬように──
俺は、円卓から、そっと離れた。
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