49、
夜──俺は再びキースの部屋を訪れた。
ベッドの上で本を読んでいたらしく、俺の姿を見てふわりと微笑む。
「……リアム?」
「兄様……少しだけ、お話をしたくて」
俺がそばへ近づくと、キースの片手が静かに差し出された。
その手を取ると、導かれるまま彼の傍らに腰を下ろす。
「……ずっと兄様に伝えなきゃって、思ってて」
「リアム……?」
俺は彼に視線を向ける。
ちゃんと伝えなければならない──自分が彼をどう思っているのかを。
王宮から帰る道すがら、ずっと胸の奥で繰り返していた言葉。
好き、と言った。けれど、それだけではきっと足りない。
もっと、きちんと……自分の意志を、言葉にしなくちゃいけない。
「僕も、兄様が大切で……そ、の……」
けれど、実際に伝えようとすると喉が詰まる。
心臓は舞台の幕が上がる直前のように打ち鳴り、手のひらにはじっとりと汗。息さえままならない。
──でも、逃げるわけにはいかない。
深く息を吐いて目を伏せ、そして顔を上げた。
「キース・デリカート。僕は……あなたを、愛して、ま、す……」
最後の方はどうしても声が小さくなり、耐え切れずキースの胸元に顔を埋めた。
それでも、彼は何も言わずにそっと抱きしめてくれる。その腕の温もりが、じんわりと胸に広がる。
「ああ、やっと……その言葉を、君から聞けた。何度も……リアム、僕も君を愛しているよ」
彼の手が頬へと添えられ、俺の顔をそっと上へ向かせた。
その瞳に、涙が浮かんでいるのを見て、思わず目を見開く。
「兄様、意外と……泣き虫なんですね」
掠れた声で笑った俺自身も──気づけば涙をこぼしていた。
その夜、俺たちはようやく、互いの心を確かめ合った。
初めて対等な立場で、真正面から向き合うことができたのだ。
* * *
「かあさまっ!」
小さな声が駆け寄ってくる。
俺はしゃがみこみ、両手を広げてその子をしっかりと受け止めた。
「おかえり。お出かけ、楽しかった?」
そう尋ねると、子どもは満面の笑みで力いっぱい頷く。
「あのね、とうさまとね、うまにのってねっ」
「シリル」
ひょい、と俺の腕の中から小さな身体が宙に浮いた。
キースが軽々と抱き上げ、シリルと呼ばれた子はきゃっきゃと笑っている。
片手で子を支えながら、もう片方の手を俺へと差し出してきた。
「体調は大丈夫かい?」
「心配しすぎですよ……一緒に行くって言ったのに」
手を取って立ち上がると、今度は小さな手が俺に向かって伸びてくる。
「とうさまずるいっ! ぼくも、かあさま!」
そんなふうに言いながら、しがみついてこようとするシリルの手を取って、俺はくすっと笑った。
彼のはしゃぐ姿はまるで子犬のように元気いっぱいで──本当に、見ていて飽きない。
この子、シリルは──キースと俺の子だ。
……そう、俺が産んだ。
すごい、この世界。男でも本当に子ども、産めるんだ……!
どうやって育まれて、どうやって産んだかは──もはや人体の神秘としか言いようがない。
それに今、お腹の中には二人目がいるというのだから、ますます奇跡的である。
キースを見上げると、彼もこちらを見返してきて、差し出された手はそのまま俺を引き寄せる。
「シリル、母様を困らせてはいけないよ」
そう言いながら、キースは頬に優しくキスを落とす。
「君の体も大切にしないとね」と耳元で囁く彼に、俺は照れ隠しにそっと視線を逸らした。
そんな俺の反応を楽しむように、キースはくすくすと笑う。
「そうそう。後でノエル君が来るって言ってたよ。きっとまた賑やかになるね。よかったね、シリル」
ノエルは無事にナイジェルとくっつき、今では子爵家を継いでいる。婿入りしたナイジェルは相変わらず寡黙だが、ノエルはあいも変わらず自由奔放に明るく生きている。
彼らにも子どもがいて、家族ぐるみの付き合いが続いている。双子で、何しろ元気なので、シリルにとっては最高の遊び相手だ。
──あれから、みんな、それぞれの道を歩み始めた。
レジナルドは王位継承を正式に発表され、いよいよ次期国王として動き始めた。
婚約者の椅子はいまだ空位のままだが、俺の見る限り──あれは、ディマス待ちだな。
ディマスとはたまに文を交わす程度の距離感で、けれど、誠実な言葉がいつもそこに綴られている。
アレックスは騎士団に入り、今では立派な近衛の一員だ。ときどき父様と一緒にうちへ来ては、もっぱらシリルの遊び相手になってくれている。
そして、俺が何より驚いたのは──
スペンサーとリンドンが、まさかのカップルになったことである……!
攻略対象と攻略対象がくっつくなんてルート、誰が予想した!?
あのエンドルート、実装されてたんか⁈って感じだが……まあ、本人たちが幸せそうなら、それでいい。
「リアム?」
「かあさまっ」
キースとシリルが、俺を呼ぶ。
頬にそっと風が吹き抜けていく。
空を仰げば、どこまでも澄んだ青が広がっていた。
ああ、気持ちいい風だ。
俺は笑顔で二人に向き直る。
「なんでもないよ。……行こうか」
手を取り、踏み出したその一歩が──
物語の幕引きにふさわしい、静かな幸福をまとっていた。
『そして、みんな倖せに──とても倖せに暮らしましたとさ』
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