47、
俺はノエルの足元でそっと膝をついた。
恐らく、今の衝撃はキースが操った風の魔法──俺を無事にここへ運んでくれたのだろう。
リンドンが「大丈夫⁈」と声をかけながら手を差し伸べてくれる。その手を取って立ち上がった瞬間、塔がわずかに軋んだような気がした……気のせいかもしれないが。
「お兄! 大丈夫⁈」
「え、あ……うん」
──正直、大丈夫どころか、俺に傷一つつける気はないくらいにはソフト着地だったんだけど……。
けれど、リンドンとノエルは明らかに緊張感を高めていて、向けてくる視線が真剣そのものだ。
キースを見遣ると、……まあ、そのテンションに合わせてる感はあるけど、微妙に温度差があるな……と、妙な感覚がぬぐえない。
それに──ずっと、感じていた違和感が、また胸に湧き上がってくる。
「お兄! とにかく声をかけて!」
「え、えっ、ど……どんな⁈」
「お兄さんをこちらに戻さなきゃ‼ 色々あるでしょ! “戻ってきて”とかさ!」
──戻るもなにも、俺の目には最初からキースのままだとしか思えないんだが……。
……やっぱり、何かが引っかかる。
俺を手放す直前、キースは「必要なこと」だと言った。
何が──「必要」なんだ。
仮に魔王だというなら、目的は世界征服か、人類の殲滅か? でも、それにしては妙だ。
もっと派手に、もっと無慈悲に振る舞っていてもいいはずなのに……そうしない。
キースの“望み”はなんだ?
俺に、関係のある何か……?
「お兄!」
ノエルの声に現実へ引き戻される。
「あ、えっと……に、兄様……その、僕と、帰りましょう〜……」
情けない。最後のほうは情緒も語気も全部崩れて、顔まで真っ赤になってる。
即興でセリフ言うとか無理だわ……演技指導されてる気分。
「もっとちゃんとして!」
ノエルから飛んできた叱責が耳に痛い。
「兄様! お願いだから、戻ってきてくれ……ぼ、僕は……兄様に、ずっと傍にいてほしいんだ!」
気合で絞り出したその言葉。
すると、キースの瞳がほんの僅かに揺れたように見えた。
──どの部分に、反応したんだろうか。
分からない。でも、その直後にノエルの放った光が闇を切り裂くように貫いた。
「キースさん、本当のあなたを取り戻して!」
光と闇が衝突し、部屋全体を激しい閃光が包む。
「──っ!」
時間の感覚が曖昧になる。数秒か、それとももっと長かったのか──
光が収まった頃、静寂が部屋に戻っていた。
白く淡い光が揺れる中で、俺は──キースがゆっくりと床に膝をつき、倒れ込む姿を見た。
「に、兄様……!」
慌てて駆け寄り、その身体を支える。
顔は血の気が引き、うっすらと汗が滲んでいる。でも、開いたままの瞳に確かな光が宿っていた。
「……リアム……」
掠れた声で、俺の名前を呼んだ後、キースは微笑み、そっと目を閉じる。
「兄様……!」
俺の声に、ノエルがこちらへ近づいてくる。その顔には明らかな疲労がにじんでいた。
俺の肩にぽんと手を置き、彼女は静かに言った。
「大丈夫だよ、お兄さん。闇の力は全部消えた。魔力をちょっと使いすぎただけ。少し休めば、また元通りになるって」
その言葉に、胸を撫で下ろす。
力が抜けて、俺はそのままキースを支えながら床に座り込んだ。
──だけど。
「……全部、消えた……?」
口をついて出た疑問に、ノエルは笑顔で頷く。
「うん、間違いないよ。闇の波動も、残留魔力ももう感じない」
たぶん、信じていいのだろう。
でも──俺の腕の中にある、この温もりに触れるたびに、妙な違和感が拭えない。
キースの身体は確かに温かい。だけど、そのぬくもりの奥に……何か、ひどく冷たいものがある気がする。背筋を、細く長く撫でていくような寒さ。
──疲れてるだけ、かもしれない。
そう思い直して、俺はキースをもう一度、優しく抱き寄せた。
「兄様、どうか……ゆっくり休んでください」
──ところで。この人、本当に気を失ってるんだろうか。
ほんの一瞬だけ。
キースの唇が、何かを呟いたように動いた……気がした。
俺は腕の中の彼を見下ろし、小さく眉をひそめたのだった。
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