27、
「大事を取って、七日ほどはお休みをしましょうね」
翌朝、食卓に着いた瞬間、母のそのひと言からすべてが始まった。
「そうだね、それがいい。その間に、父様がディマス様をどうにかしてあげよう」
静かに微笑みながら、父が続ける。
「僕も有給を取って一緒にいよう。……心配だからね」
有給⁈この世界にも⁈ ホワイト企業か⁈
「え、あの……怪我はもう治って……」
俺が慌てて言いかけると、母がすっと肩を落とした。
翡翠色の瞳が伏せられ、指先がそっと目元を拭う。
「……お母様、心配だわ……」
──出た。このムーブ。
父は黙って母の肩を撫で、俺には“察しろ”と目で訴えてくる。
これは……うん、勝てないやつだ。演技だと分かっていても抗えないやつだ。
母がこの“泣き真似”をする時は、たいてい俺を止めたいとき。
つまりこれは、軟禁宣言である。
「……わかりました、自習します……」
観念してそう告げれば、母はくるりと笑顔に転じた。
──ほらな。やっぱり演技だった。分かってたけどな!
※
「というわけで、俺は軽く軟禁されてる」
放課後、俺の部屋を訪ねてきたノエルは、テーブルのクッキーをぽいと口に入れながら笑った。
「お兄、愛されすぎじゃん」
「ありがとな。いや俺は行く気満々だったんだって……。で、ディマスは?」
「あーね、すごいよあの人……今さ、レジナルドの婚約者だって言い回ってる」
「……やっぱり……」
予想通りの行動に、俺は呆れて目を伏せる。
まるで俺を“蹴落として”得た正妻ポジみたいに振る舞ってるわけだ。
「でもさー、レジナルド様本人は否定してんのよね」
「そりゃ、国家絡みの話だしな。勝手に言われても困るだろう」
「それもあるけどさ……気になってる人がいるって、言ってたんだよ」
その言葉と同時に、ノエルがじっと俺を見る。
ちょ、まさか──
「……俺じゃないよな⁈」
「名前は出してないけど、皆、そう思ってるよ?」
俺は思わず頭を抱えた。
「あああああああああ……やめてくれ……!」
負けて退いた俺が“潔い”だなんだと美談扱いされてるらしく、そのせいでレジナルドの好意が“切ない片思い”みたいに脚色されているらしい。
──お願いだから、俺を巻き込まないでくれ。頼むから‼
「でもさ、レジナルドって“お兄が好き”っていうより、小動物構ってる感じゃない?」
「それな‼」
思わず食い気味で同意した。
あの人、明らかに“恋愛対象”というより“お気に入りのペット”を見る目なんだよな。
ただ、それが過剰で距離が近すぎるから、周りが誤解する。俺はただそれが困ってるだけで。
「もうさー、お兄、キース先生と結婚すれば?」
「お前もか!ブルータス!」
「キース先生、超かっこいいし、家族全員推してるし?」
「いやいやいや、俺は女の子が好きなんですけど⁈」
「分かってるけど、噂止めるには最短ルートかなーって」
「ナイリア推しだったよな⁈ お前‼ そっちの方向も無理だけど‼」
ノエルとわちゃわちゃやっていると、不意に別の声が割り込んできた。
「お二人とも、少し声を落とした方がいいですよ……」
驚いて振り返れば、扉のところに──ナイジェルが立っていた。
「お、お前、いつからいた⁈ ノックは⁈」
「してません。もういいかなと」
「良くないから⁈ お前、執事だろ⁈」
ナイジェルはどこ吹く風といった顔で、涼しげに続ける。
「それより、リアム様。お客様が来ております」
「……セオドアか?」
「いえ、セオドア様でしたらお通しします。ですが──」
ナイジェルはわずかに表情を引き締め、静かに告げた。
「──レジナルド王太子殿下でございます」
「…………はああああああ⁈」
叫ぶ俺の声が、屋敷の奥まで響いた気がした。
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