28、
「やあ、リアム。調子はどうかな?」
軽やかな声とともに笑みを向けてきたのは、他ならぬレジナルド王太子。
学園を休んだとはいえ、身体はいたって元気だ。ただ、王太子殿下を自室に通すのは憚られるため、応接室に通してもらい、俺は急ぎ身なりを整えてここに来た。
──調子は悪くない。けれど、お前の顔を見る精神的余裕はなかったんだよな……。
そんな内心はきっちり押し隠して、俺はにこやかに礼を取る。
「レジナルド王太子殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
「休んでいたから心配したんだ。……思ったより元気そうで安心したよ。“先輩”で構わない。堅苦しくする必要はないから」
穏やかな笑みをたたえたまま、レジナルドはソファの向かいを指し示す。
俺は「ありがとうございます」と答えて腰を下ろした。
「怪我はもう、昨日ノエル君が治してくれました。ただ……両親が少々、心配性で」
「ずっと世間から隠してきた息子だ。過保護になるのも、まあ仕方ないさ」
レジナルドはくすりと笑う。
揶揄の色はなく、むしろ優しさが滲んでいた。
──確かに、俺は社交界には滅多に顔を出さなかった。両親もいろいろと気を回してくれているのだろう。外聞とか、立場とか……。
「……今回は、ディマスが迷惑をかけたね。本当に申し訳ない」
謝罪の言葉は意外だった。
正直、どこかで“愉しんでいたんじゃないか”とすら疑っていたのだから。
でも、俺を決闘に巻き込んだのはあくまでディマスであって、レジナルドの意図ではないのだ。
「いえ……レジナルド先輩が悪いわけではありませんし。……ディマス様は、その後いかがですか」
形式的な問いだったが、レジナルドは苦笑いで応じた。
「相変わらず、かな。……昔からああなんだ。気持ちの昂りを、なかなか抑えられない性質でね」
──うん。俺も、あの殺気と剣圧で十分理解した。
「……先輩は、ディマス様の気持ちには……」
聞くべきじゃないと思いつつ、聞かずにはいられなかった。
なにせ、俺は完全に巻き込まれているのだ。
「ディマスは分かりやすいからね。でも……私は彼を“手のかかる弟”としか思っていないよ。それ以上でも、それ以下でもない」
言葉は穏やかだったが、迷いのない断言だった。
「それは……ご本人にはお伝えしているんですか?」
俺の問いに、レジナルドは肩を竦め、困ったように目を細めた。
「……強くは言っていない。あまりに否定的な態度を取ると、グラーベとの関係にも響きかねない。彼は妃腹だしね。家中での扱いも、決して軽くはない」
なるほど。
──たしかに、グラーベ王国の王妃の子ともなれば、政治的にも簡単には切れない関係だ。
「私は特殊な立場だと思っている。この年まで婚約者がいないのだから」
「……ああ。兄もいませんし、そういう例も、まあ……」
──攻略対象者の誰もが未婚で、婚約者すら存在しない。
この国の常識からすれば、異例中の異例だ。
婚姻年齢が早いこの世界では、幼い頃から婚約を結び、妃教育を施すのが一般的。
王太子妃となれば尚更だ。
……まあ、その辺りの歪みは、“ゲーム補正”ってやつなんだろう。
「キースの場合は……リアム、君のせいだろう?」
「……え?」
「彼は昔、私の家庭教師として王宮に来ていた。あの頃から、君の話になると……まるで、春の陽差しに融ける雪のような顔をしていたよ」
──うわぁ、兄よ……そんな頃から俺を……ブラコンとかそんなレベルじゃないのは理解した。
改めて他人の口から聞かされると、変な汗が出る。
俺は顔が熱くなるのを誤魔化すように、曖昧な笑みを浮かべた。
「それはまた……なんとも」
「……君こそ、キースの求婚は受けないのかい?」
──求婚て。
あの人、正式にそんなこと言ってたっけ? いや、言ってたわ。結婚しようって、普通に言ってたわ。
「い、や……最近まで“兄”だと思っていたので、そんなすぐには……」
キースのことは好きだ。信頼もしている。でも、恋愛感情かと言われると……正直、答えに詰まる。
これが綺麗なお姉さんだったら話は別なんだが……!
「じゃあ、キースと結婚するつもりはないのかい?」
再度問われて、俺は心底この話題から逃げ出したくなった。
こんな会話、誰かに聞かれてたら気まずいにも程がある。……ナイジェル、本当に外で待機してるよな……?
「い、いや……その……なんとも言い難いというか……」
「ふむ。ならば──」
ふいにレジナルドが立ち上がり、俺のすぐ前まで歩み寄る。
彼の手が、すっと俺の手を取り──
そのまま、指先に軽く唇を触れさせるようにして囁いた。
「……私の妃になるかい?」
優雅な微笑みと共に、まっすぐ俺を見つめながら。
……いや、男ですけど⁈
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