19、
『お兄』
『あ、いやだ。しない!』
『いやいやいや‼︎お願い‼︎ね⁉︎締め切りが近いんだよぉ‼︎』
『何が悲しくてボーイズでラブなお原稿に俺がトーン張りせんとならんのよ⁈』
『ちゃんとお手伝い金払うからさああ‼︎ねっ、ねっ‼︎お兄‼︎』
『あーあーあー‼︎もう‼︎はよ俺のPCにデータ送れ‼︎』
『やったー!お兄大好き!あと売り子して!』
『どさくさに紛れてとんでもないこと頼むんじゃねぇ‼︎』
……夢を見た。
前世の夢だ。ぎゃんぎゃんと喚いていた妹の声、懐かしい。
元気にやってるだろうか、あいつ。──っていうか、俺……どうやって死んだっけ?
※
「うーん……やっぱ、リアきゅんが主人公ポジじゃない?」
クッションを抱えたノエルが、俺の前で首をかしげた。
ここはデリカート邸──つまり俺の家──のベッドルーム。
今夜は“お泊まり会”という名の作戦会議。
セオドアは家の都合で不参加。現在は、ノエルと二人で無駄に広い天蓋付きベッドの上、パジャマ姿でごろごろしている。
「……嫌だ。嫌だけど、否定しきれないのが困る。ディマスとか特に……なんであんなに人の話を聞かないんだろ」
「ゲーム中のリアムも、わりとそんな感じだった気はするよ?」
「……いや、プログラムとこっちは違うだろ。俺、生きてるんだけど」
ノエルは「まぁねぇ」とふわっと笑って、横になった。
確かに、リンドンやレジナルドの動きを見ていても、俺が主役ポジに押し上げられているのは明らかだった。
本来のリアムなら、あんなに好意を向けられるなんて絶対にない。あったとしても、最後は破滅がセット。
俺は平穏を望んでいるだけなのに……。
「ねえねえ、前々から聞こうと思ってて聞けなかったんだけどさ」
「うん?」
ノエルはくるりと転がって、今度は腹ばいになり、俺を見上げてくる。
「お兄さんの……キースのエンドって、リアきゅん覚えてる?」
「キース……? そりゃあ、もちろん──」
……と思ったのに、喉の奥で言葉が詰まった。
……あれ?
……あれれ……? キースの……エンド……?
どう考えても、何度頭を掘り返しても、そのルートだけが記憶からごっそり抜けてる。
「え……おかしいな……」
眉をひそめる俺に、ノエルがふふんと息を漏らす。
「やっぱり? 私もなんだよね。攻略対象って分かってるし、そこの危機感はあるんだけど、結末が思い出せないの。モヤモヤ〜って感じでさ」
二人して黙り込んだところに──
「コン、コン」
扉が二度ノックされた。
続いて開いた扉の向こうには、ティーワゴンを伴ったナイジェルが立っていた。
「……ずいぶんと砕けた様子ですね」
呆れ気味の苦笑を浮かべて、ナイジェルが中へと入ってくる。
「たまにはこういうのもいいじゃない」
「“たまに”が毎度になっている気がしますが……お二人とも、マナーは心得ていらっしゃいますか?」
この人、こう見えて意外と小言が多い。でも、前世の自分と違って俺は耐えたんだ……!
リアムの人格を演じつつ、マナーも学んだ。今の俺は、ナイジェルに叱られるようなリアムじゃない……はず。
「ナ、ナ、ナ、ナイジェル……っ」
ノエルがすでに座り直して、両手を祈るように組み、顔を真っ赤にしてナイジェルを見つめていた。
「……落ち着いて。何度目だよ、会うの」
俺はベッドを降りて、ワゴンの方へ向かう。
ハーブティーの香りと、焼き菓子の甘い匂いがふわりと漂っていた。
「就寝前ですから、カモミールを淹れました。甘味も控えめなものを。……就寝前の歯磨きは、お忘れなきよう」
「わかってるよ。僕、もう子供じゃ──」
「うわぁあああ‼︎」
ノエルの突然の絶叫に、ナイジェルと俺が同時に振り返る。
彼女は目を見開いて、俺たちを指さしていた。
「動かないで!そのまま!二人、寄り添って!そう‼︎」
「……は?」
「いいから‼︎リアム‼︎ナイジェルの横に立って‼︎」
「……はいはい……」
俺がしぶしぶナイジェルの隣に立つと、ノエルはベッドの上で飛び跳ねながら悶えていた。
「ナイジェルさん‼︎リアムの腰に手をまわして‼︎早く‼︎」
「はっ⁈ いえ、それは……」
「い・い・か・ら‼︎」
こいつ……腐ってるな⁉︎ 妄想が漏れてるんですけど⁉︎
俺は困ったように眉をひそめるナイジェルに向かって、小さく手を差し出した。
「……やらないと、終わらないよ。いいよ」
一瞬の逡巡の後、「……失礼いたします」と言って、ナイジェルは俺の腰に手を添えた。
その瞬間──
「ほわあああああああ‼︎‼︎たまらん‼︎たまらんぞおおお‼︎」
ノエルが転がった。リアルに転がった。
「ノエル様……お行儀が……」
「そんなことはどうでもいいんですよ‼︎ナイリアは神‼︎これは描かねば‼︎原稿用紙持ってきて‼︎」
……ああ、俺、見覚えあるなこれ。完全に腐女子のテンプレ行動だ。
前世の妹と……重なる。
「ナイジェル、あれが“お腐れ様”ってやつだよ……」
「オクサレ……? また難しい言葉を……。あの、ところで……そろそろこの手を離してもよろしいでしょうか。私はまだキース様に殺されたくないのですが」
「……兄様? なんで急に兄様が出てくるの?」
「いえ。……知らぬが仏、という言葉もありますからね」
ナイジェルは静かに手を離し、ほんの一瞬だけ、小さく肩をすくめた。
その仕草がやけに意味深に見えて、俺はまた一つ首を傾げた。
──……ところで、“仏”って、この世界にもいんのか?
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