18、
「……おかしなことになってるね?」
扉を閉め、キースが静かに室内へと歩を進めた。
笑っている──が、その目は、寸分たりとも笑っていない。
……まずい。ひっじょーに、まずいぞ。
空気がびりびりと痺れているようで、リンドンも思わずその場に固まっていた。
デリカート侯爵家は“本来”とは違い、俺が立ち回った“現状”、家族の絆は尋常じゃない。
特にリアムについては異常と言っても過言ではなく、リアムが一歩外に出るだけで、同行者がつくのが当たり前。
──そして、キースは、その“家族”の中でも飛びぬけて過保護な男である。
教師としての正義、そして何より“弟を傷つけた”というニ重の地雷を、リンドンは今、揃って踏み抜いている。
はっはっは……………マジで、笑えねぇ。
下手したら家から出られなくなるんだぞ……いや、すでにレジナルドの一件で登下校も強制的にキースと同伴になってんだわ。
両親は「王太子が危険物すぎる」とか言い出してて、もう一回何かあったら自宅監禁&家庭教師生活とか言われてるんだよなぁ⁉︎
この状況、学園ライフの存続に関わる……!
「リンドン・パストラーレ」
キースの声が静かに響いた。
その瞬間、室温が数度は下がった気がする。
……よし、腹括った。ここでやられるわけにはいかん。
俺はリンドンの肩に手を添え、そこを起点にして体を起こし、ぱん、と彼の腕を叩いた。
「ありがとう、リンドン!」
笑顔全開で、演技くさくならないように気をつけて叫ぶ。
不意を突かれたようにリンドンが目を瞬いた。
「僕のお願いを聞いて、水の魔法、見せてくれて!」
キースの視線を感じながら、俺は必死に“日常”を装う。
「ねえ、兄様。すごいんですよ。リンドン、詠唱なしでこんなに綺麗な魔法を!」
それから一歩、リンドンから身を離して、キースの隣へと歩み寄る。
懐かしい仕草のように、彼の手を両手で包み、見上げた。
「今日はもう終わりみたいだし……帰りましょう? 僕、甘いもの、食べたいなぁ」
我ながら、相当ぶりっ子してる自覚はある。
けど、今は背に腹は変えられない──!
「ね?」ともう一度甘さを込めて促すと、キースはリンドンを一瞥してから俺の頭をくしゃりと撫でた。
「……わかった。僕も終わったところだから、リアムが行きたいところ、付き合うよ」
その言葉に心底ほっとしながら、俺はリンドンの方を振り返って手を振る。
「じゃあね、リンドン。また明日!」
キースの手を引いて、生徒会室を後にした。
帰り道、立ち寄ったカフェでケーキをつついていたとき。
目の前の兄が穏やかな笑顔を浮かべたまま、紅茶を口に運び──
「──次はないからね、リアム」
その一言で俺は、見事に咽た。
翌日。
教室を移動していた俺の前に、涼しい顔で現れたのは、やはりリンドン・パストラーレだった。
「やあ、リアム」
「……どうも」
思わずため息が漏れる。
リンドンはというと、いつも通りのにこやかな表情のまま、すぐ隣に並んでくる。
「懲りないね、君も」
歩みを止めずに言うと、リンドンは肩を竦めて笑った。
「いやー、昨日はさすがに肝が冷えたよ。キース先生って、静かに殺意高くて怖いね?」
……お前が言うな。反省してる様子が微塵もない。
「ふうん。よく生きてたと思うよ」
「あれだけ冷たい声で名前呼ばれたの、生まれて初めてだったなー。怖かったー……でも、リアムが助けてくれたから、なんとかなったし?」
とびきり軽い調子で言われて、俺はまたもや溜息を吐いた。
「その割には、態度がまるで反省してないけどね。もう……ほんと、勘弁してよ」
「えー、本気だったのになぁ」
すぐ後ろで、まだ飄々とした声が響く。
……誰が許すか。あの空気をどうやって切り抜けたと思ってるんだ、お前は。
「リアムー!待ってったらー!」
そこに走って追いついてきたのは、いつも通りのノエルだった。
どうやら昨日の“強制帰宅”の件は、キースが上手く取り繕ってくれていたらしい。
「さっきまで待ってたのに、もう行っちゃうなんてひどい」
「ごめんごめん。ノエル、遅かったから」
「遅くないし!……あれ、リンドンも一緒?」
横に並ぶリンドンを不思議そうに見つめるノエルに、俺が返事をする前に──
「うん。リアムを見かけたからさ。頑張って口説こうと思って」
……やっぱり言いやがった。
俺はノエルの肩をぽんと叩いて、前を指差す。
「……気にしないで。さ、行こうか。次の教室、セオが待ってる」
「うん!」
「えー、ほんとに本気なんだけどなー」
リンドンの声は、軽く笑うような調子で響いていた。
──俺の苦労、知ってる奴だけがわかればいい。
ほんっと、これだから攻略対象は……‼︎
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