17、
現在進行形で──俺はリンドン・パストラーレに押し倒されている。
仰向けにされた机の上で、薄く震える指先から冷たい汗が伝い、首の後ろをつつ、と滑っていくのがわかった。
恐怖というより、意識が極限まで研ぎ澄まされている感じ。
思考は高速回転しているのに、体はまるで氷で縛られているみたいに動かない。
落ち着け、落ち着け、落ち着け……!
わざわざ俺ひとりを生徒会室に残し、他の二人を追い出した時点で、この男が確信犯であることは明らかだった。
しかも水属性の魔法で張った“あの結界”──
音も気配も通さない、完全密閉空間。
つまり、今ここで何があっても──誰にも気づかれない。
「……なんで、僕なんです?」
なるべく平静を装いながら問いかけると、リンドンは「ふふ」と笑いながら、俺の頬に唇を寄せてきた。
「意外と落ち着いてるねぇ……。そういうところも、好きだよ。……僕、言ったでしょ? 一目惚れなんだ。顔も魔力も、ね」
その言葉に、俺は必死で記憶を掘り起こす。
確か、リンドンのルートは──ああ、そうだ。
こいつ、強い魔力を持つ子を神官家に残すことを使命としていた。
「……なら、ノエルでは?」
友達を売ろうというわけじゃない。
ただ、純粋に理屈として、魔力量という観点としては俺も適任かもしれないが、ノエルの聖属性の力は貴重なもので比べ物にならない。
だが、リンドンは首を軽く振って笑った。
「そうだね。でも、王家があの子を離すと思う?」
……言われてみれば、納得はできる。
ノエルほどの“奇跡の産物”を、王家が見逃すはずがない。
「でもさ、考えたことはあるんだよ? リアムとノエルに僕の子供を、それぞれ産んでもらって──その子たちを娶せるとか」
その一言に、思わず息が詰まった。
「それは……」
最低だ。
前世で妹がいた身として、近親婚に対する生理的嫌悪感は俺の中で根強い。
この国では同性婚は成立するが、兄弟婚は法的に不可能──だからこそ、“兄弟じゃないことにすればいい”という発想か。
リアムを闇に落とし、子を産ませ、施設に預けて他人として育てさせる……。
──全て、計算のうち。
リンドンの無邪気な微笑みが、今はただ、背筋を凍らせる。
「……まあ、それも非現実的だしね。だから僕は、“自分の好み”で選ぶことにした」
その言葉と同時に、指先が俺の顎をすべり、喉元、胸元へとゆっくりと移動していく。
制服のリボンをほどくように、白く細い手が布に触れる。
──駄目だ。
このままじゃ、本当に──
「……一応、聞くけど」
「うん?」
「やめる、っていう選択肢……ないのかな。僕、リンドンのこと知らないし、恋愛的に好きとか、そういうのも……」
言葉を選び、絞り出すように問うと、リンドンは小さく目を細めた。
そして、なぜか満足げな笑みを浮かべて首を振る。
「ないかな。……結構、譲歩してるつもりなんだけど」
「どこが?」
思わず口を滑らせた俺に、リンドンはくすくすと笑い、
「結婚って言ってるじゃん。ちゃんと責任、取るつもりなんだよ?」
くそみてぇな理屈だ。
それが譲歩? 冗談じゃない。
けれど──怒ったところで、事態は変わらない。
むしろ、怒りや恐怖を見せること自体が、こいつの“ご褒美”になりかねない。
どうする、どうする……魔法も、体力も、交渉も無理──
と、考えていたその時。
「──どういう状況かな、これは?」
ぴたり、と空気が止まった。
水の結界が、まるで音を立てるように“ぱしん”と弾けて消える。
同時に開かれた扉の向こう──そこに立っていたのは、見慣れた銀縁の眼鏡と黒の制服。
キースだった。
その視線が、リンドンと俺とを交互に見て、
次の瞬間、研ぎ澄まされた刃物のような沈黙が、空間を切り裂いた。
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