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18/52

17、

現在進行形で──俺はリンドン・パストラーレに押し倒されている。


仰向けにされた机の上で、薄く震える指先から冷たい汗が伝い、首の後ろをつつ、と滑っていくのがわかった。

恐怖というより、意識が極限まで研ぎ澄まされている感じ。

思考は高速回転しているのに、体はまるで氷で縛られているみたいに動かない。


落ち着け、落ち着け、落ち着け……!


わざわざ俺ひとりを生徒会室に残し、他の二人を追い出した時点で、この男が確信犯であることは明らかだった。

しかも水属性の魔法で張った“あの結界”──

音も気配も通さない、完全密閉空間。


つまり、今ここで何があっても──誰にも気づかれない。


「……なんで、僕なんです?」


なるべく平静を装いながら問いかけると、リンドンは「ふふ」と笑いながら、俺の頬に唇を寄せてきた。


「意外と落ち着いてるねぇ……。そういうところも、好きだよ。……僕、言ったでしょ? 一目惚れなんだ。顔も魔力も、ね」


その言葉に、俺は必死で記憶を掘り起こす。

確か、リンドンのルートは──ああ、そうだ。

こいつ、強い魔力を持つ子を神官家に残すことを使命としていた。


「……なら、ノエルでは?」


友達を売ろうというわけじゃない。

ただ、純粋に理屈として、魔力量という観点としては俺も適任かもしれないが、ノエルの聖属性の力は貴重なもので比べ物にならない。

だが、リンドンは首を軽く振って笑った。


「そうだね。でも、王家があの子を離すと思う?」


……言われてみれば、納得はできる。

ノエルほどの“奇跡の産物”を、王家が見逃すはずがない。


「でもさ、考えたことはあるんだよ? リアムとノエルに僕の子供を、それぞれ産んでもらって──その子たちを娶せるとか」


その一言に、思わず息が詰まった。


「それは……」


最低だ。


前世で妹がいた身として、近親婚に対する生理的嫌悪感は俺の中で根強い。

この国では同性婚は成立するが、兄弟婚は法的に不可能──だからこそ、“兄弟じゃないことにすればいい”という発想か。

リアムを闇に落とし、子を産ませ、施設に預けて他人として育てさせる……。


──全て、計算のうち。

リンドンの無邪気な微笑みが、今はただ、背筋を凍らせる。


「……まあ、それも非現実的だしね。だから僕は、“自分の好み”で選ぶことにした」


その言葉と同時に、指先が俺の顎をすべり、喉元、胸元へとゆっくりと移動していく。

制服のリボンをほどくように、白く細い手が布に触れる。


──駄目だ。

このままじゃ、本当に──


「……一応、聞くけど」

「うん?」

「やめる、っていう選択肢……ないのかな。僕、リンドンのこと知らないし、恋愛的に好きとか、そういうのも……」


言葉を選び、絞り出すように問うと、リンドンは小さく目を細めた。

そして、なぜか満足げな笑みを浮かべて首を振る。


「ないかな。……結構、譲歩してるつもりなんだけど」

「どこが?」


思わず口を滑らせた俺に、リンドンはくすくすと笑い、


「結婚って言ってるじゃん。ちゃんと責任、取るつもりなんだよ?」


くそみてぇな理屈だ。

それが譲歩? 冗談じゃない。


けれど──怒ったところで、事態は変わらない。

むしろ、怒りや恐怖を見せること自体が、こいつの“ご褒美”になりかねない。


どうする、どうする……魔法も、体力も、交渉も無理──

と、考えていたその時。


「──どういう状況かな、これは?」


ぴたり、と空気が止まった。


水の結界が、まるで音を立てるように“ぱしん”と弾けて消える。

同時に開かれた扉の向こう──そこに立っていたのは、見慣れた銀縁の眼鏡と黒の制服。


キースだった。


その視線が、リンドンと俺とを交互に見て、

次の瞬間、研ぎ澄まされた刃物のような沈黙が、空間を切り裂いた。


読んでいただいてありがとうございます!

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