16、
「……結婚?」
俺がぽつりと聞き返すと、リンドンは頷き、わずかに小首を傾げた。
「そう、僕と。──うちは伯爵家だけど、リアムは侯爵家の中でも序列が高いし、厳密に言えば釣り合ってないかもしれないけど……うちはちょっと特殊だから、たぶん大丈夫。僕、ちゃんと大切にするよ?」
甘やかな声音。まるで猫が甘えるような声音で、俺を見上げるようにして微笑むその姿は、正直、絵になる。
──だが、俺は知っている。
その笑顔の裏に、どれだけの闇が潜んでいたかを。
“殺さずに性奴隷にしたのも、ある種の慈悲”──
……そんな風に思っていそうなんだよな、この男。
スチルでは妙に小綺麗な部屋に軟禁されてたから、衛生面は良さそうだったけど。そういう問題じゃない。
でも、無理なもんは無理です。
ぜーーーーーーったいに無理なんです!!!!!!!
とはいえ、そんな本音を口にできるわけもなく。
「でも、僕……リンドンのこと、まだあまり知らないし。リンドンも、僕のことをそこまで知らないでしょう? だから、いきなり結婚は……無理かな」
なるべく表情を柔らかく保ちながら、言葉を選び、そっと首を傾げて「ごめんね」と添えた。
最大限、猫をかぶって。完璧な笑顔で。
リンドンは唇を尖らせて、「えー」と素っ気なく呟く。
「僕、一目惚れなんだけどなあ。リアムの顔、すごく好みで。──ノエルの顔も好きだけどね」
さらっと言って、また笑う。
……ああ、なるほど。点と点が、線になった。
あの“リアムとノエルを両方手元に置く”異常なルート、そういう趣味からきてるわけか。
確かに“リアム”も可愛い美形枠ではあるし。
いやいや、納得してる場合じゃねぇ。
隣で黙々とパンを食べていたノエルは、モゴモゴと咀嚼しながら小さく会釈する。
おい、何個目だよそのパン……?
「……俺が選ばれなかったのはまあ、顔の系統的にわからんでもないけどさ……微妙だな」
と、セオドアがぼそりと呟くと、
「僕、可愛い顔が好きなんだ。セオドアは格好いい系だもんね」
にこり、と悪びれもなくリンドンが返した。
2度ほどしか会話してないが、こうして実際に接してみると、彼なりに人懐こく、無邪気にも見える──が、それがまた怖い。
ノエルとは違う。
リンドンは“掴みどころのない好意”で、こちらの感覚を静かに侵してくるタイプだ。
※
昼休みは穏やかに過ぎ、放課後。
俺は何故か、ディマスとノエルと三人並んで生徒会室に向かっていた。
俺が中央、右にディマス、左にノエル。距離が近い。圧がすごい。
ノエル……なんか食べてるな……?
いや、お前今日だけで何回目だ、その咀嚼音⁈
「リアムも食べる? フルーツバーみたいで美味しいよ、これ」
「いや、僕はいい……ありがとう」
相変わらず、ディマスは横でずっと嫌味を投げつけてくる。
この人、罵倒の語彙が無限に出てくるの、どうなってるの……? 小説でも書けばいいのに。
俺が先頭で扉をノックして開けると、生徒会室の中にいたのはリンドンだけだった。
机の上で書類を整理していた彼は、顔を上げて俺たちを見た。
「あれ? 皆さんは……?」
「それぞれ別の仕事だよ。ノエルとディマス様にもお願いがあって──これ、ふたりで届けてくれます?」
手にした書類を持ち上げて、俺たちの左右を交互に見る。
「そんな雑用、下民ひとりに──」
「職務放棄はレジナルド先輩の印象、下がるかもですよ?」
ニコッと微笑むリンドンの言葉に、ディマスの表情が凍る。
そのまま勢いよく歩み寄り、書類をひったくるように受け取った。
「行くぞ、下民。私を案内しろ」
「はいはい。あ、ねえ、ディマス様、そっちの国にあるお菓子で──」
ノエルの飄々としたトークに乗せられて、ふたりは生徒会室をあとにした。
……ノエルのメンタル、本当にどうなってるんだ? 肝が太いっていうか、鋼メンタルだよなあ。
いや、主役補正ってやつか。
俺は静かにリンドンのほうを向いた。
「僕には、何かありますか?」
「あ、うん。──そういえばリアムって、属性は何?」
リンドンが俺に歩み寄りながら、ふと尋ねる。
属性、というのは魔法属性のことだ。
「僕は……雷、かな」
俺は答える。雷属性は攻撃性に優れるが、副作用のように“静電気体質”にもなりやすい。
──バチバチくるの、本当に勘弁してほしい。
「へえ。僕は、水属性だよ」
そう言って、リンドンは俺の目の前で指を鳴らした。
その瞬間、空気の中に水の粒が舞い上がる。
詠唱、なし。
これは相当に魔力量が高い証拠だ。
「すごい……無詠唱なんだね」
素直に驚きの声が漏れた。
「うん。でね──これを、薄く膜状にして……壁沿い、床沿い、そして天井に張り巡らせると……」
リンドンが手を振るたびに、水の膜が部屋を囲っていく。
ほんのり光を帯びた水のベールが、部屋の隅々まで滑るように広がっていった。
「まるで……シャボン玉の中にいるみたいだね」
俺が思わず漏らすと、リンドンはふわりと微笑んだ。
「……うん、やっぱり……」
ぽつりと落ちたその声に、僅かな違和感を覚えた次の瞬間──
俺の手首が、ぐっと掴まれる。
「っ……⁈」
強く引かれた身体は、抵抗も間に合わずに──机の上へと、仰向けに投げ出された。
「う、わっ……!」
背中を打ちつけたかと思ったが、下には柔らかな何かが敷かれていた。
その感触を確認する暇もなく、リンドンが俺の上に覆いかぶさってきた。
「ねえ、やっぱり……僕と結婚しようよ。リアムのこと、すごく気に入っちゃった」
柔らかな微笑が、真上にある。
なのに、背筋がぞわりと冷える。
「気持ちよくしてあげるよ? たくさん声、出しても大丈夫。今、水の結界、張ったから──外には聞こえないよ」
……は、……⁈
俺は喉の奥で言葉を失った。
逃げ場のない、柔らかな檻の中に、囚われていた──。
貞操の危機、だったりする……のか?
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