15、
「ノエル、結婚しよう……!」
昼休み。
パンを頬張っているノエルの片手を取り、俺は勢いよく詰め寄った。
「ぶはっ……!」
隣にいたセオドアが盛大に珈琲を吹いた。
……おい。ちょっと待て、それ俺の制服にかかってないよな⁈
地味に染み抜きが面倒なんだぞ。
──ちなみにこの世界、中世っぽい外観のくせにスタバもどきのカフェが存在していて、陶器のカップではあるが普通にテイクアウトができたりする。学園内にも各所に回収ワゴンがあって、飲み終えたカップを返却するシステムだ。便利だな、俺は推す。
ノエルはというと、もぐもぐと静かに咀嚼を続け、パンを飲み込んでから、にこりと笑った。
「ナイジェルがいるから無理かなー」
……知ってた‼︎
ノエルの即答に思わず俺はガクッと項垂れる。
「ふぉもふぉも、リアム、ふぉくはこのみじゃないでひょ」
いや、なんて?
いつのまにまたパンを口にいれた?
それに口の中いっぱいに詰めたまま話すのやめてくれ。
だいたいの意味は分かったけどさ!
俺はそっとノエルの手を放し、大きく溜息をついた。
横ではセオドアがまだむせていたので、背中をさすってやる。
昼休みは大抵この三人で昼食をとることが多い。誰かの用事で入れ替わることもあるが、いわゆる“いつメン”だ。
今日は晴天で芝生が気持ちいいから、円陣を組むように地べたに座って食べている。
「セオ、大丈夫?」
俺が覗き込むと、セオドアは咳をおさめ、目を潤ませながら頷いた。
「……いきなり求婚劇が始まるとは思わなかったからさ……」
まあ、そうなるか。
セオドアはくだけた口調のわりに真面目で、正義感もそれなりに強い奴だ。ゲーム中でのあれやこれやも、リアムに引きずられて仕方なく……だったのだろう
背中をさすりつつ、俺はまた一つ、深いため息を落とす。
「だってさ……レジナルド様との噂が酷すぎて……」
あー……と、二人が揃って頷く。
先日の“おでこにちゅう事件”以降、俺とレジナルド、そしてディマスの名前は学園内の噂話を独占していた。
『レジナルド様はリアム様を王太子妃に……⁈』
『ディマス様は王族の座を捨てて侯爵家入りを画策中⁈』
──要するに、俺が中心に据えられた「恋の三角関係」説だ。何それ、斜め上すぎる。
つか、お前らこそくっつけよ。金髪×銀髪でめでたいし、お似合いだろうが。
しかし当のディマスはというと、噂の真ん中にいながらも毎日のように俺のもとへ顔を出してくる。
あんた、俺のこと狙ってる感だよ?
……耳が塞がってるのか?
それとも都合よく脳内変換でもしてるのか?
しかも周囲の人間も、そのやりとりを目撃しているはずなのに、何故かことごとく**「ポジティブ誤解変換」**をする始末。
レジナルドに至っては、噂の否定すらせずに面白がって微笑むだけ──。
あの顔面偏差値が憎い。表情一つで「運命」みたいな空気を纏いやがって。
「……リア、それなら俺と……!」
「やあ、こんにちは」
セオドアの言葉を遮るように、ふわりと甘い声が飛び込んできた。
リンドン・パストラーレ──俺たちと同い年で、生徒会にも先に入っていた一人。
攻略対象者でもあり、しかもルートによってはリアムを地下で性奴隷というド外道エンドを持つ、なかなかに危険な男だ。
俺はセオドアの背から手を引きつつ、「こんにちは」と丁寧に挨拶する。
ノエルも口いっぱいのまま、手を軽く上げた。
……ん? セオドアの表情が少し険しく見えたのは気のせいだろうか。
「三人とも仲が良いんだね。僕も、入れてくれる?」
リンドンは人懐こく笑いながら、俺たちに視線を向けた。
いかにも可愛い系という感じの顔立ちで、背も少し低い。
俺は特に好みではないが──まあ、性別の前に“人間かどうか”を疑いたくなるようなルートを持つキャラなので、警戒はしておくに越したことはない。
「どうぞ」
あからさまに拒むわけにもいかず、俺は少し場所をずらして、彼が座れるスペースを空けた。
リンドンは「ありがとう」と柔らかく微笑み、その間に座る。
「クラスも違うし、生徒会以外で話す機会ってあんまりないからさ。こうして混ざれて嬉しいよ」
本心っぽい口調だった。
……だからといって信用はしないが。
「もうお昼は済ませたんですか?」
自然な距離を測りつつ、俺は尋ねる。言葉遣いが定まらない。相手が敬語を使わないだけに、こちらのスタンスが迷うのだ。
「同い年なんだし、そんなに気を遣わなくていいよ。僕も名前で呼ばせてもらっていいかな?」
うーん……本当はあまり仲良くなりたくないんだけど、この空気で拒否はできない。
俺が「もちろん」と頷くと、セオドアとノエルもそれぞれ軽く頷いた。ノエルは相変わらずパン咥えたままだけど。てか何個目⁈
「ノエルはマイペースだねぇ」
ハムスターのようにパンをもぐもぐしているノエルを見て、リンドンが笑った。
そして、ふと話題を変える。
「そういえば──リアム。レジナルド先輩との噂、あれって本当なの?」
……出たよ、その話題。
俺はまたひとつ深く息を吐いた。溜息ばっかついてると、本当に幸せが逃げそうなんだけど。
「……レジナルド先輩とは何もないです。ただ……僕をからかって遊んでいらっしゃるだけだと思います」
最大限に丁寧に、かつ失礼がないように言葉を選ぶ。
リンドンは、ふぅん、と首を傾げた。
「じゃあ、リアム自身は……王太子妃になりたいとは思ってないんだ?」
スペンサーもそうだったが、なんでそんなに“王太子妃”って憧れの席みたいに語られるんだろう。
名誉には違いないけど、みんながみんな狙ってるわけじゃないだろうに。
「ないですよ。僕には分不相応ですし……」
ねーーーーよ‼︎と心の中で絶叫しつつも、微笑でやり過ごす。
リンドンはくすりと笑い、
「そっか……じゃあさ──」
と言った次の瞬間、俺の顔をじっと覗き込みながら、こう言った。
「僕と結婚しようよ、リアム」
……えっ。
隣で、セオドアが持っていた珈琲カップを手から滑らせた。
がしゃん、という派手な音とともに、彼のうわっという声が上がる。
…………俺、今、プロポーズされた気がするんだけど。
気のせい……じゃないよな?
俺は固まったまま、パンを食べ続けているノエルの姿に救いを求めた。
……この空気、どうすればいいんだ。
ところでノエルよ。おまえ、それ……何個め?
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