11、
「あんなキャラ、いたっけ……?」
侯爵家の自室に入り、扉を閉めた俺は、すぐに隣にいるノエルへと視線を向けた。ノエルは肩をすくめて首を振る。
あのディマスという少年との衝撃的な遭遇のあと、俺たちは二人で話し合いをすることに決めた。学園内では不用意な発言ができないため、俺からノエルを侯爵邸に誘ったのだ。ナイジェル目当てで、ノエルは二つ返事で了承した。
帰りの馬車にはキースも同乗していたため、ろくに話もできず……そして、今に至る。
「うーん……まあ、忘れてる可能性はゼロじゃないけど、私は結構やり込んでたし、設定資料集も隅から隅まで読んでた。……少なくとも、私の記憶にはディマスって出てこなかったと思うよ」
ノエルは、俺が座るよう促したソファに腰掛けながら、ため息をついた。
だよな。俺自身そこまで詳しいプレイヤーではないが、それでもあのディマスというキャラクターには見覚えがなかった。
気を遣って向かい合って話すような空気でもないので、少し間を空けて、俺もノエルの隣に腰を下ろす。
「ディマス・グラーベ、ねぇ……なんというか、あれ……」
「リアきゅんにライバル心バリバリだったね。レジナルド狙いなのかな? あれ。そういえばリアきゅんの生徒会入りも、なにげにおかしいよねぇ」
「うん、それは……思った」
ノエルが自然に俺の言葉をつないできて、俺も頷いた。
あのお茶会での座席配置、試験結果、そして生徒会入り……どれも“予定された”流れではなかったはずだ。世界の歯車が音を立ててズレ始めている気がする。
もちろん、そのきっかけを作ったのは、他でもない俺自身だ。けれど、まさかここまで──。
「ディマスって、もろ“ゲーム内のリアきゅん”って感じだったよね。悪役令息テンプレ」
「……僕が今、主役だって言いたいの?」
「んー、実質そうじゃない? だって、本来なら悪役だったはずのリアきゅんが今や無自覚モテ枠でしょ? いちばん立ち位置が動いてるよ?」
「でも、僕は聖属性の力なんて持ってないし……主役には、なれないよ」
聖属性──それは『ノエル』のゲームにおいて、単なる飾りではない。
この世界には“魔界”が存在し、一定周期で魔物がこの世界へと侵攻してくるイベントがある。『暁の刻』──それがその異変を指す呼称だ。魔界の門が開き、そこから魔物が溢れ出す。そしてその扉を閉じられるのは、唯一、聖属性の最上級魔法だけ。
それが使えるのは、ノエルただ一人。
とはいえ、ゲームの展開通りにいけば、『暁の刻』は主人公と攻略対象が協力して愛を築く感動イベントで、そこまでの高難度というわけでもなかった。滅亡エンドも回避されるはずだし、俺が深く関与する必要もない。
この国の侯爵家の一員として、民を守る義務があることは理解している。ただ、それと“俺個人のバッドエンド回避”はまた別の話だ。
……今、俺にとって重要なのは後者だ。
「ねぇ、リアきゅん。ひとつ聞いてもいい?」
「うん?」
小さく唸ってから、ノエルがこちらを見た──その瞬間。
「よろしいでしょうか」
控えめなノックとともに、穏やかな声が響いた。
「ななななななななななな‼︎ ナイジェルっ‼︎」
聞こえた瞬間、ノエルが勢いよく立ち上がる。
すげえな、声だけで識別するとは。推しパワー、侮れない。
俺が「入っていいよ」と返すと、静かに扉が開かれ、ナイジェルがワゴンを押して現れた。ノエルとナイジェルを引き合わせたくて、今回はあえてナイジェル本人にお茶を頼んだのだ。
……結果、てんやわんやだった。
ノエルは目を輝かせ、必死にナイジェルを引き止めようとし、ナイジェルは終始ドン引き気味。普段は愛らしいノエルの目が、今だけは猛禽類のようだった。
いやほんと、落ち着いて。
ガチもここまでくるとなかなかアレだな……。
思わず俺は、そう心の中で呟いた。
⸻
結局、その日はほとんど情報共有にならなかった。というより、ノエルがナイジェルに夢中すぎて会話にならなかった。
……まあ、満足はしてくれたみたいだから、良しとしよう。
生徒会の連中との接触は極力避けたい──その確認だけは、ナイジェルが退出した後、そっとノエルに伝えておいた。
エントランスまでキースと共に見送るそのとき。
ノエルは──最後の最後に、とんでもないことを口走った。
「あ、キース先生! この前、レジナルド先輩が無理やりリアムにキ……もがっ」
「ノエルくーーーーん⁈」
俺は反射的に駆け寄り、ノエルの口を手で塞ぐ。
何を報告しようとしてるんだお前……!
恐る恐る手を外すと、ノエルはふくれっ面のまま、なおも言い放った。
「レジナルド先輩に虐められてたので、守ってあげてくださいねっ‼︎」
アアアアアアア……余計なことをッッ‼︎
いや、わかる!俺のことを心配してくれてるんだよな!
わかる!だけどそれを“兄”の前で言うな!
「へぇ……そうなんだね」
と、キースが微笑む。
「僕は何も聞いていないから……このあと、リアムにゆっくり聞かせてもらおうかな。有益な情報をありがとう、ノエルくん。気をつけて帰るんだよ」
終わった。
兄の笑顔はとても穏やかだった。──だが、それがいちばん怖いということを俺はよく知っている。
ノエルは俺の手をすり抜け、「ばいばーい!」と笑顔で扉をくぐっていった。
用意された馬車が遠ざかり、扉が重く閉まる。
静けさが戻った邸内に、ひとつだけ、低く澄んだ声が落ちる。
「おかしいね、リアム?お茶会では“何もなかった”って……兄様は聞いていたけれど?」
──どういうことなのかな、と続けられる前に、俺はただ静かに、肩を落としたのだった。
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