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13/52

12、

僕が侯爵家に引き取られたのは、十三歳のときだ。


生まれは子爵家。けれど幼い頃から魔力量が規格外だった僕は、それがきっかけで、ひとり息子しかいなかった侯爵家に養子として迎えられた。


既に嫡子がいたことや、夫妻の年齢からしても次子を望めないほどではなかった。なのに、なぜ──と訝しく思ったのを、今でも覚えている。


けれど、その子──まだ幼い、愛らしい顔をした義弟を初めて目にしたときに、すぐに察した。


義父は、この子をどこかに「差し出す」つもりなのだ。

おそらくは、王族か、もしくはそれに準ずる高位貴族家へと。


己が家の政治的野望を乗せるための、美しく仕上げられた駒。それが、彼だった。


生家もまた、僕を侯爵家に“差し出す”ことで相応の恩恵を得ていたのだから──結局、家格が上がっても根っこは同じ。そう思った。


それに、夫婦仲は既に冷えきっていた。いや、もしかすると、はじめから互いに情などなかったのかもしれない。愛より先に打算があって結ばれた二人だったのだろう。


だから、二人は実子を増やすという選択肢ではなく、僕という他家の子を“迎える”道を選んだのだ。


とはいえ──義母は侯爵夫人としての勤めをきちんと果たしていた。


邸内の采配に乱れはなく、僕に対しても次期当主候補として必要な教育を惜しまず与えてくれた。表から見れば、実子と変わらぬ愛情を注ぐ聡明な母に見えたはずだ。


でも、実際には──彼女は実子にすら関心がなかった。


嫌っていたわけではない。けれど、あの子が母を求めて小さな手を伸ばしても、義母は決まって困ったような顔を浮かべ、後は侍女に任せてその場を去っていた。


子どもの欲する“母の温もり”に、彼女はただただ、応じ方を知らなかったのだ。


その反動だったのか、弟は──

聡明さに不釣り合いなほど、癇癪と高慢さを抱えた子どもだった。


けれど、僕もまた、彼に歩み寄ろうとはしなかった。


興味が持てなかった。うるさくまとわりつかれれば、正直に言って、煩わしくさえ感じていた。


そうして冷えた日々が淡々と続く中──ある冬。


年を越してなお厳しい寒さが残る中で、弟は流行り病に倒れた。高熱と咳、そして衰弱。子どもにとっては命取りになりかねない病気だ。


義母は初めて動揺し、自ら看病に付き添った。義父も奔走し、各地から名医を呼び、薬を取り寄せ……あらゆる手を尽くした。


それでも弟の容態は悪化し続け、命の灯が、今にも尽きそうだった。


──ようやく、そのときになって。

僕は彼を、“弟”だと感じた。


やっと……少しだけ、哀れだと思えた。


「……あなたにうつっては大変だから、長くそばにいては駄目よ……」


泣きながらそう言った義母に、僕はただひとこと「大丈夫ですよ」と返した。


もしかしたら彼女も、このとき初めて“母親”として目を覚ましたのかもしれない。


医師から「今夜が峠です」と告げられたとき、義母は泣き崩れ、義父がその肩を抱いた。僕たち家族全員が、そのときになってようやく、自分たちの愚かさを痛感していた。


けれど。


その夜を越えた朝──


奇跡は起きた。


弟は死ではなく、再びこの世界を見つめていた。

病み疲れたその碧眼が、静かに瞬き、僕たち家族を──映していた。


そのとき、僕は確かに、彼に心を奪われた。


それからというもの、邸の空気は、少しずつ、確かに変わっていった。


弟は、病を経てまるで別人のように素直になり、天使のような穏やかさを身にまとっていった。


義父母も変わった。親として、夫婦として、ようやく「家族」を形作り始めた。


そして僕自身も──

もう、彼を“煩わしい存在”だなんて、思わなくなった。


むしろ、ひたすらに愛おしかった。誰よりも、何よりも。


家中が、温かさで満ちていく。

やっと僕たちは、本物の──家族になれたのだ。



「……僕の、可愛い子は。どうしてこうも、無防備なんだろうね」


淡い明かりの中で、弟が寝息を立てている。


十六歳になった彼は、僕の務める学園に入学した。

教師枠を手に入れたのは、ただ彼と長く同じ時を過ごすため。それ以上でも以下でもない。


──僕のこの想いが、“兄”としてのものを、遥かに超えていると知ったのは、もうずっと前のことだった。


彼の耳元に唇を寄せ、魔力を含ませた囁きを落とす。

深い眠りを誘う、僕だけが使える“特別な呪い”。


そっと唇を這わせれば、小さく体が震えた。


ああ……

可愛くて、たまらない。


ゆるく開いた唇の輪郭をなぞり、滑らかにその中へと指を滑り込ませる。


柔らかく、湿った舌。なにも抵抗しない口内。

まるで、それが当然のように、僕を受け入れてくれる。


「……ん、ぅ……」


鼻にかかった甘い声が漏れた。


その一音に、僕の理性が火照りを孕む。


指を抜いて、口づけを落とす。

噛みつくように、唇を奪い──

舌を深く、ゆっくりと差し入れ、咥内を丹念に撫で回す。


「ん、……ふ……」


身体は、もう僕を覚えている。

何度も、何度も、確かめた。


どれだけ“害虫”に触れられたとしても、僕が上書きして消毒すればいい。


……とはいえ。


最初から他人の手など、触れさせたくもないのだけれど。


「──君は、僕のものなんだから」


その囁きが寝息に紛れるように、頬へと落ちた。



「……あらあら、リアム様。首元に……嫌ですわ、羽虫かしら?」


鏡の前で着替えを手伝っていたアンが、俺の首筋を見て眉を寄せた。

鏡に映る赤い痕。──ああ、なるほど、これか。


「うーん? 別にかゆくないけどね」


そう答えると、アンはいそいそとポケットから軟膏を取り出し、俺の手をやんわりと払い除けて薬を塗ってくる。


「駄目ですよ。触ったら跡が残っちゃいます」


いや、どう考えても準備が良すぎるだろ……。

でも、好意なのは間違いないし、「ありがとう」とだけ返しておいた。

そのとき。


「用意はどうかな、リアム。そろそろ出ようか?」


ノックのあと、扉を開けて兄様──キースが姿を見せた。


「あ、はい! 出れます!」


上着を直し、足早に兄様のもとへ駆ける。前に立って頭を下げると、キースがひとつ声を漏らす。


「刺されたのかい?」


先ほど薬を塗ったばかりの痕へと、触れるか触れないかの距離でキースの指先が滑る。


「大丈夫ですよ」


俺が笑ってそう答えると──兄様は、それはもう優しく微笑んだ。


……だから、怖いってば、その笑顔。


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