タサンオブザリング①
次の日。疲れていたのか昼過ぎまで寝ていた。
今日は魔女の日ではないので、ご飯を食べて早速、隣の部屋へ。
その途中で塔を見る。どうやらミネハさんも居ないようだ。
白紫色の四角い塊。
切れないどころか【バニッシュ】も通じない。
それに重い。僕だと持ち上げて運ぶことすら出来ない。
ジューシイさんが居てくれて良かった。ゴリラで良かった。
いや犬か。いいや狼だ。うーん。もう犬でいいや。
まず確認の為に【フォーチューンの輪】を使う。
塊は紫の光を放っていた。うん。間違いない。
間違いないとして…………なんなんだ本当にコレ?
「明日、魔女に報告するとして、ん? よく見ると汚れているな」
カビとか色々と汚れが表面にあった。うーん。まずは洗いだな。
僕は隣の部屋から灰汁と石鹸と浄化水を持ってくる。
浄化水はポーションと数種の薬草とスライムオイルを混ぜたモノだ。
スライムオイルはスライムの粘液と香油を調合してつくるオイルだ。
このスライムオイルは薄めて美容品などに使う。
それを原液のまま薬草とポーションと混ぜたのが浄化水だ。
普通じゃない汚れを落とすことができる。
これは魔女お手製だから効果は、ばつぐんだ。
さっそくタワシに灰汁を付けて、擦る。擦る。擦る。
「……ぜんぜん落ちない」
次だ。石鹸で泡立てて、擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。
擦る。擦る。
「……なんも落ちない」
なんなんだこの汚れ。だがこの浄化水なら!
浄化水をタワシに付けて、擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。
擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。擦る。
「はぁっはあっ…………はあっ、一ミリも落ちてないんだが」
あれだけ擦って何の変化もないんだが?
魔女の自慢の浄化水が!? ふう。やれやれ。これはお手上げだ。
僕はタワシを置く。こいつは【バニッシュ】ですら効かなかった。
仕方がない。諦めるしかない。
「……だが、確か…………」
淡く前世の記憶が囁く。柔軟な子供の発想で自由な実験。やれることをやってみる。そういう漫画があった。うまく思い出せないが、その言葉だけが心に残っていた。
「柔軟な子供の……発想か……」
僕はハッとして部屋に戻った。片っ端から調味料や液体を集める。
それらを木箱の上に置いて、さあ始めよう。
僕はにやりと笑って蜂蜜の瓶とトマトソースの瓶を手にした。
「まずは蜂蜜」
蜂蜜をかける。うーん。ベタベタするだけだ。
「トマトソース」
まったく変化なし。
「柑橘系のお茶」
同じく。
「オリーブオイル」
ぬるぬるする。
サンフラワーオイルも試してみる。
ぬるぬるする。
「スパイス」
粉だからなんか擦り込む感じになった。
「ガルム」
万能調味料。魚醤だ。醤油より味が濃い。あと魚臭い。
「酢」
なんか混ざって、くさい!
「臭い臭い。けほっけほっ、これヤバイ、失敗した」
なんとか水で流す。灰汁。灰汁。石鹸。浄化水。浄化水。ポーションっ!
「あー……なんとかなった」
振り出しに戻る。かなり手強い。まったく歯が立たない。
しかしなにか効果があるものは―――どこかに――――――あ、ある。
とっておきがあるじゃないか。早速、僕は自分の部屋に戻った。
ベッドの下にある壺を取り出す。
「ついにこれを使う時が来たのか」
意外と早かったなと思いつつ、しっかりと密閉してある両手で抱えるぐらいの壺だ。
この壺自体に何か特別なものはない。
壺自体は確か安売りで500オーロだったか。
本来は漬物用だ。キュウリのビール漬けをつくろうとしていた。
ここだとエール漬けか。前世の記憶。
好きだと言ったら田舎のばあちゃんが大量にビニールに入れて送ってくれたなあ。
破けて冷蔵庫が大変なことになったけど1ヵ月近く毎日美味しくいただきました。
さて壺の問題は中身……緊張してきた。僕は今からとんでもないことをする。
もしこれがミネハさんに知られたらタコ殴りだけじゃ済まない。
だってこれはミネハと彼女の母親を救った命の水だ。
そう壺の中にあるのはエリクサーだ。
実証で使ったのが全て入っている。
伝説の奇跡の水。至宝の液体。飲むレジェンダリー。
これを手に入れる為なら、どれだけの金も払うという人が世界中に多く居る。
そしてどんな手段でも奪うというヒトも同じ数だけいるだろう。
世界大戦が勃発してもおかしくない。それを僕は今から台無しにする。
塊がある部屋へ戻ってさっそく壺の蓋を開ける。
こういうのは勢いが大事だ。考えるより動く。やってしまう。
「神よ。許したまえ。今から僕は悪魔的行為を行います」
今から僕は世界中の人間にブチ殺されようなことをします。
壺の中身にはたぷんたぷんっと揺れるエリクサーが入っている。
それを僕は白紫色の四角い塊にかけた。
ねっとりとした薄く光る液体が盛大に四角い塊に流れて弾け、その雫が虹色に光る。
こぼれた液体は床を浄化してピカピカにした。すげえ。
エリクサーまみれになった四角い塊は、表面のカビや汚れがごっそりと無くなる。
「うわぁ……」
ドロッと落ちるんじゃなく浄化されてるから後片づけとかしなくていいんだけど。
それでも、うわぁっていう声は出た。
綺麗になると僕は不思議に思った。
白と紫でマーブル模様になっていた四角い塊は真っ白になっていた。
紫は一か所に集まりアーモンド形の塊になっている。宝石みたいだな。
「これが本来の姿だったのか?」
そうだったとしても違い過ぎる。角も取れてやや丸くなっている。
もはや別物だ。
「ふう、やってしまったな」
盛大に壺の中のエリクサーを全部ぶっかけた。
世界広しでもこんなことをしたのは僕だけだろう。
「……片付けるか」
盛大にやってしまったからか気分が妙に落ちた。良い意味で冷静になれた。
調味料を片付け、今日はここまでにする。
明日、魔女のところに行って知らせよう。
「さて、なにをするか」
そうだ。昨日拾ったのがあった。全部レアだったけどこれを売りに行こう。
僕は支度をするとアリファさんの店へ向かった。
アリファさんの店は久しぶりだ。
「こんにちは」
「おや、いらっしゃい。ウォフ。久しぶりだね」
赤い髪。オレンジの瞳。黒い角。迫力のある美人だ。
アガロさんのお姉さんで本人も第Ⅲ級の探索者。
アリファさんは持っていた箱を降ろす。
相変わらず肩が出て胸元が開いた服。色々と破けたズボンを履いていた。
「ゴミ場が再開したので早速、売りに来ました」
「さすがウォフ。どれどれ」
カウンターに移動する。僕はポーチから拾ったレアをいくつか並べた。
小さな青銅のベル。古い赤銅の鍵。木札に穴が空いたお守り。丸い小さな鏡。
赤と青の髪飾り。小さな土偶みたいな人形のお守り。
アリファさんはひとつずつ鑑定していく。
「どうですか」
「どれも珍しいものばかりだね。ゴミ場のどこで見つけたんだい」
「あはは、ちょっとした深いところです」
「例の事件で色々と穴があいているのは聞いたね」
「確かに以前と様変わりしていました」
「気を付けなよ。なにがあるか分からないんだからね。ただでさえゴミとか言っているけど、あそこにあるのはガラクタなんだから」
アリファさんはカウンターから離れる。
僕に背を向けるとしゃがんでゴソゴソし始めた。お金を出しているんだ。
「…………」
カウンター越しに見える、久しぶりの丸々としたスイカみたいなデカい尻。
しかも鍛えているので、ズボン越しでもハッキリと……あまり見るのは失礼だ。
僕はそっと目を逸らす。
「全部で11万600オーロだね」
「そんなに!?」
「小さな青銅のベルはレガシーさ。どんなに深い眠りでも鳴らせば目覚めさせる。ただ回数が3回しかない。これが2万オーロ。古い赤銅の鍵もレガシー。ただこいつは……一度しか使えないけど、厄介なもんさね。普通の鍵穴のドアなら、なんでも開けてしまう。まぁ犯罪用だね。本来ならギルドに提出するから値段はつかないけど、1万オーロ」
「いいんですか」
「ギルドに交渉すれば2万。その半額さ。木札に穴が空いたお守り。こいつは珍しい。隣の大陸の秘境の部族の災難避けのお守りさ。ただし値段は600オーロ。丸い小さな鏡。これは良い代物さ。6万オーロ。赤と青の髪飾りが2万オーロで、小さな土偶みたいな人形のお守りが……0オーロだ」
「ただってことですか」
「こいつは鑑定しても価値が分からないのさ。たまにある。だからこれはちょっとツテを当たってみる。それでいいかい」
「はい。おねがいします」
「価値と金額が分かったら仲介と紹介を抜いた金額を渡すよ」
アリファさんは銅貨1枚と雑銀貨1枚。銀貨10枚。雑金貨4枚。金貨2枚。
諸王貨1枚を出した。
えーと、貨幣は。
雑銅貨:1オーロ。1円。
小銅貨:50オーロ。50円。
銅貨:100オーロ。100円。
雑銀貨:500オーロ。500円。
銀貨:1000オーロ。1000円。
雑金貨:5000オーロ。5000円。
金貨:10000オーロ。10000円。
諸王貨:50000オーロ。50000円。
王貨:100000オーロ。100000円。
銅貨1枚と雑銀貨1枚。銀貨10枚。雑金貨4枚。金貨2枚。諸王貨1枚
だから、銅貨1枚=100円。雑銀貨1枚=500円。まずこれで600オーロ。
銀貨10枚=10000円。雑金貨4枚=20000円。金貨2枚=20000円。
そして諸王貨1枚=50000円だ。
合計11万600オーロ。確かに。
「どうも……あの、アリファさん」
「なんだい」
「5万でナイフが三つほど欲しいんですけど」
「三つ? あんた。アガロから貰ったナイフあるだろ」
「普段使いと予備が欲しいんです」
「予備ねえ」
またいつナイフが折れるか分からない。備えあればナイフありだ。
アリファさんは頭を掻いて、ちょっと待ってな。そう店の奥に引っ込む。
とりあえず5万だけ用意して、僕は残りを財布代わりの布袋に仕舞った。
少しすると、アリファさんが戻ってきた。
カウンターの上に三つのナイフを出す。
シンプルなカタチのナイフ。
片刃で上向きに曲がった変な刀身のナイフ。
柄が長い真っ直ぐに伸びたナイフ。
「三者三様ですね。どうしたんです。この三つのナイフ」
「愚弟が数年前、盗賊団を討伐したとき、アジトからかっぱらったものだよ。なんでも盗賊団のボスの愛用品だってさ。それを5万で買ってね。そのまま仕舞い込んで忘れていたんだよ」
「5万ですか」
ちょうどなわけがない。どういうつもりなんだ。
するとアリファさんは笑った。
「ウォフ。5万で買わないかい?」
「それじゃあ儲けが」
「子供がそんなことを気にするんじゃないの。どうするんだい」
「……ひとつずつ確認していいですか」
「ご自由に」
僕はひとつずつ手にして抜いた。
刃のカタチ。刃の質。刃紋。握り具合。重さ。振り心地。悪くない。
うん。どれも悪くない。よし決めた。
「買います」
「まいどあり」
三つのナイフを手に入れた。
意気揚々とアリファさんの店を出る。さて帰るか。そうだ。馴染みの肉屋に寄ろう。
そう考えていると。
「待て。見つけたぞ。ウォフとやら」
誰かに呼ばれた。少年の声だ。聞いたことがあるような無いような。
振り返ると金髪で軍服っぽい姿をした少年がいた。
頭の角がある。フォーンか。
僕に嫌味な眼つきをする。性格が悪そうだ。
その隣に……酔っぱらった男がいた。
猫背でボサボサの髪。無精髭だらけのオッサン顔だ。
銀色のスキットルを手にしていた。なんだか人生諦めてそうな雰囲気だ。
丸っこい獣の耳と独特な尻尾をしていた。
ひょっとしてリス?
「……誰だ」
ふたりとも、まったく知らん。




