タサンオブザリング②
僕は彼等を見て言う。
「おふたりとも、どなたですか」
「はっ!?」
「おいおい。ピエス。どういうことだ。こいつはよぉ」
酔っぱらいのリス男が言う。リス種だが背丈は別に小さくない。
むしろこの男は高かった。190近く、メガディアさんぐらいある。
恰好は特に変わったところはない。探索者らしい服装だ。
「あっいや、レオルドさん。これは、おいっおまえ。昨日ゴミ場で会っただろ。もう忘れたのか。低能にもほどがあるぞ!」
「……すみません。印象に残らないどうでもいいひとはすぐ忘れてしまうんです」
「なっ……!?」
軍服の少年は顔真っ赤にして黙る。あ、ああ、思い出した。
昨日ゴミ場でジューシイさんに絡んでいた連中のリーダーだ。
確かクーンハントの雇い仔なんとかっていうピエロだったか。
あれは僕がいなかったら全員、ジューシイさんに狩られていたんだろうな。
そういえば取り巻きはどうしたんだ? やたら僕に詳しかったあのふたり。
「タハァー、だってよ。ピエス。どうでもいいってよ」
「あなたは?」
ピエロじゃなくピエスか。紛らわしい名前だな。
「俺はレオルド。一応、クーンハント所属の探索者だ」
「あなたが?」
「まっ落ちこぼれだけどよ。タハァー」
何故か笑う。変なおっさんだ。
「貴様ぁっ、この第37雇い仔部隊の部隊長であるピエスを忘れるなんて許さんぞ低能が!!」
いきなり大声をあげて僕を指差す。許さんぞとか、どこの漫画の悪役だこいつ。
ザワザワッと周囲の何人かが僕たちを見た。
ぼそぼそっと、おいあれクーンハントだ。あいつらかよ。どっか行けよ。ヤダねえ。
みたいな囁き声や呟き声も聞こえる。
その声は嫌悪が混ざっていて、厄介者を見る目もあった。
ピエスは、マジか。剣の柄を握る。レオルドは溜息をついて頭を掻いた。
「ピエス。落ち着け。ここはクーンハントじゃない。外だ」
「チッ、低能どもめ」
忌々しそうに柄から手を離した。
まったく何を考えているんだ。
「はぁ、ウォフだったか」
「なんですか」
「こっち都合で悪いがちょっと付いてきてくれるか」
「……嫌です」
「まあ、そうなるよな……」
「貴様。低能の貧民グズがなに偉そうなことを言っているんだ。大人しく謝罪して付いて来い。この場で殺すぞ。低能」
「おまえは黙っていろ。ピエス」
レオルドは低い声でピエスを威圧した。
落ちこぼれという割にはなかなか出来る気がするぞ、この男。
「だがレオルドさん!」
「二度も言わせるのか。ここはクーンハントじゃない。外だ」
「それは、わかっています」
「だったら、そういう発言は二度とするな。外での評判をこれ以上落とすわけにはいかねえんだよ。この街で一番のクランがな」
クーンハントは確かにこの街で一番のクランだ。
だが嫌われているのもぶっちぎりでナンバーワンだろう。
特にここ最近は例の雇い仔死亡の件で酷くなっている。
前々から評判は悪かったが雇い仔死亡から輪に掛けて嫌う者が増えてきた。
そうだな。このままだと僕も目立つか。はあ。
「仕方ありません。わかりました。どこに行くんですか」
「おっ、すまねえなぁ。こっちだ」
「最初からそうしていればいいんだ。低能のゴミめ」
「はいはい」
低能って言葉やたら使うなピエス。きっと言われまくったんだろうな。
人は悪口を言うとき自分の心に一番ダメージを与えた言葉を多用する。
連れて来られたのは、大方の予想通り、人気のない路地裏の空き地だった。
ハイドランジアは少し小道に入れば、こういう裏路地の空き地が点在している。
そういえばボブなんとかと取り巻きを消したときも、こんな空き地だった。
ふと空を見上げる。晴天だ。青い空と白い雲。
「ここならいいだろう」
「……」
なんとなく僕は少し距離をおいた。
このふたりは、ハッキリ言えば僕の中では敵だ。用心するのは当然だろう。
ちょっとだけ気になったので僕は聞いた。
「なあ、ピエス」
「低能が俺を呼び捨てにするな」
「ピエスさん。取り巻きはどうしたんですか」
「あいつらか。あいつらは、くだらないことを言って俺を止めようとしやがった」
「やめたほうがいいって言われたんですね」
「知るか。あんな臆病の低能どもめ。おまえも死ね。低能が!」
そう叫ぶなり、いきなり剣を抜いてピエスは襲ってきた。
「あ?」
「は?」
「死ねえぇぇぇっっ!!」
僕とレオルドは呆気にとられる。話し合いも出来ないのか。
ピエスの剣を僕はナイフで受ける。
咄嗟だったのでさっき買ったシンプルなナイフを抜いていた。
「いきなりなんですか」
「おまえを殺せば、タサン侯爵家との繋がりは、大手柄は俺のモノだ!」
「はあ?」
どうしてそうなるんだ? そんなわけないだろう。
僕は戸惑いながらピエスの剣を弾いた。
ピエスも僕と距離をとる。レオルドが言った。
「おい。ピエス。おまえ。なにをやって」
「うるさいっ、この低能を殺した後の処理だけ考えていろっ!」
「なにっ?」
なんて言い草だ。
ピエスは剣を振り上げ、僕はまたナイフで受け……瞬時に手放した。
バヂンっと刀身を受けたナイフが火花を放って落ち、僕は飛び離れる。
「……っ!」
ナイフ! ついさっき買ったばかりなのに!?
「チィッ、低能のクセに気付きやがったな」
ピエスの剣がバチバチと何か弾けている。電流だ。刀身が帯電していた。
あのときパチっと弾けたのが見えたから助かった。
危なかった。危うく感電するところだった。
「……雷の属性ですか」
「そうだ。低能の貴様には無い。俺のチカラだ」
「……」
ピエスは剣を振り上げ駆けた。更にジャンプする。
「喰らえっ、雷迅斬っっつ!」
振り下ろすと同時に雷が落ちるかと警戒したが、そうじゃないみたいだ。
帯電させたまま勢いで斬る―――それだけか。
まぁレリックが力。否定はしない。
僕は冷静にレリック【静者】を使って【バニッシュ】を利き手に宿らせる。
斬られる瞬間、タイミングを合わせ、帯電した刀身を【バニッシュ】で消した。
正確さと素早さを要求される難しい動作だが、【静者】モードなら可能だ。
「なにいっ!?」
驚いて隙だらけになるピエス。
よろめきそうな着地と同時にその腕を掴み、僕は投げ落とした。
「魔女直伝。裏返し打ち!」
相手をひっくり返して地面に打ち付ける技だ。
硬い地面なら気絶するぐらい痛い。というわけで眠れ。ピエス。
「がはああぁぁっっ!!」
背中から地面に叩き打つと、ピエスの身体は勢いで一度跳ね、動かなくなった。
僕はアガロさんのナイフでトドメを刺そうとすると、待ったが掛かった。
レオルドだ。なんとなく予想はしていた。
「ウォフ……勝負はついた」
だからどうした。僕はしまったと内心で舌打ちする。
仕方なかったとはいえ、彼にも【バニッシュ】が見られた。どうする。
「……」
「おまえのレリック」
「っ!」
「《《俺は何も見なかった》》」
「どういうつもりですか」
「それで勝負はついたことにしてくれないか」
「……」
「信用できねえよな。俺はおまえにとって」
「はぁっ……はぁ……ふざけやがって」
そのとき、ピエスがゆっくりと立ち上がった。
技が浅かったのか。気絶していなかった。不覚だ。
レオルドが呆れたように笑う。
「タハァー、ピエス。おまえの負けだ」
「負けだと……ふざけるな! ふざけるなぁっ! 低能どもが……俺を誰だと思っている……雇い仔部隊の部隊長だぞ……俺は……低能じゃない!!!!」
吠えると懐から何か取り出した。
小さな禍々しい角。お守りか? それを彼はいきなり飲み込んだ。
レオルドが叫ぶ。
「おいてめえっっ!!。ピエスおまえっ今なにを飲みやが」
「……うるさい。低能どもめ……どいつもこいつも…………うぐっ、があああぁぁぁっっっああああああああああああぁぁっっっ」
ピエスは絶叫すると頭部の白い角がメキメキと音を立てて伸び始める。
「……なんだ……?」
本当になんだ?
フォーンの角があんな風に伸びるのを見たのは初めてだ。
「あいつ。今のは……」
「なんなんですか」
「魔角片。いやそれにしては異常すぎる。アマルテイアか!」
「アマルテイア?」
「ああ、あの異様な角の成長。間違いない。アマルテイア。フォーンの角を際限なく伸ばす……禁忌だ。前のダンジョン探索のとき手に入れてやがったのか」
「禁忌……?」
『ガアアアアアアアアアァァァァァァァッッッッ』
ピエスの角は信じられないほど伸びて枝分かれする。
それと同時に空に暗雲が漂い、幾筋もの稲光が鳴った。急になんだ?
レオルドが舌打ちする。
「タハァー、やべえな。おい。手を貸せ」
暗雲は広がり雷が幾筋も周囲に落ちた。
『ガアアアアアアアァァァァァァァ』
ピエスの角は派手に枝分かれしてまだ伸びている。
ピエスの頭部の殆どが無数に枝分かれする角で埋まる。
その重さに耐えきれず、ピエスは膝を崩した。
「どうするんですか」
「ピエスを殺す。それしかない。俺は単なる立会人だったんだがなぁ」
「……それしかないんですか」
「やらないと被害が増えるぞ。あいつは暴走している。空を見ろ。あの暗雲からの落雷で何人も死ぬ。それでいいのか」
空が稲光する黒雲に覆われている。
「……わかりました」
『ガアアァァァアアァァ…テイノウが……テイノウめ……テイノウ。テイノウ。テイノウ。テイノウ。テイノウテイノウテイノウテイノウテイノウテイノウテイノウテイノウテイノウテイノウテイノウテイノウガアアアアアァァァァァァ』
ピエスは苦しそうに腕を振るう。雷撃が放たれた。建物の壁が砕ける。
なんて威力だ。一撃喰らったら確実に死ぬ。
「俺が囮になる」
「大丈夫なんですか」
「連れてきた俺の責任でもある。だから、やるしかない」
渦巻く黒雲は更に拡大し、周辺に雷が落ちた。 凄まじい轟雷だ。
っとレオルドが動いた。そういえば、このひと武器持っていないような。
(タハァー、こんなことになるなんてな。まったく嫌なクランになったもんだ)
心の声がする。クーンハントへの愚痴か。
レオルドは懐から何か取り出した。剣の柄?
「まっ、しゃあねえか」
レオルドが軽く振るうと刃が出てきた。マジか。セイバー的なあれか!
いや水晶だ。水晶の歪なギザギザとした直剣になる。
『ガアアアアアアァァァァァァァァアッッッツ』
ピエスが腕を振るう。落雷と雷撃がレオルドを狙う。しかし当たらない。
【静者】だから分かる。落雷を直前で避けるのは、少なくとも人類には無理だ。
そういうレリック持ちなら別だが―――レオルドは当たる直前に移動していた。
見極めている。【静者】モードでも無理だ。
まったくどこが落ちこぼれだよ。レオルドは 雷を避けながら角を切っていく。
『ガアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァア』
絶叫するピエス。
「今だ、行けっ、刺せ!」
『ガアアアアァァアアアァァァァアッッッツツ』
幾重もの雷が落ちる中で僕は一直線に駆けた。
ピエスが僕を見る。血走った《《薄紫の瞳》》で僕を睨む。
そして彼の角が僕に向かってきた。真っ白い無数の鋭い刃が襲い掛かってくる。
僕はその角を全て【バニッシュ】で消去した。しかも殴って消去した。
こういうとき、自然と口に出るんだな。
「バニッシュナックルっっ!」
僕のコブシに触れる手前で角が消えていく。
指の甲に【バニッシュ】を乗せて殴る。ただそれだけだが、威力はお達しの通りだ。
今まで僕は掌に収めて使っていた。しかしクラウンとの戦いで学んだ。
手から離すことは出来なくても工夫次第で使い方は広がる。
掌につくった【バニッシュ】を膨らませて拳を透過させて手の甲に移す。
後は殴る。殴る。ひたすら殴る。
そして辿り着いた。ピエス。なんて姿だ。
伸び放題の角はまるで真っ白い髪。薄紫の血走った瞳は人外にみえた。
『ガアアアァテイノウガぁぁぁぁぁ」
「ピエス!!」
アガロさんから貰ったナイフで彼を刺す。
角が邪魔だが構わず深く刺す。
『アアアアァァァァァアアア……テノウガぁ……テイノウガアアァ…………低能が』
ピエスは動かなくなった。角が消えていく。
暗雲は霧散して、ナイフを抜くと同時にピエスは事切れた人形のように倒れた。
「……ふうぅ、なんとかなったなぁ……」
「……なんでこんなことに」
ふと見上げた空は晴天だ。青い空と白い雲。
先程の暗雲が嘘みたいに爽やかだ。
ピエス。
僕が殺した彼に対して特に恨みはない。特に憎しみもない。
正直、嫌だなっていうのはある。でも特に嫌悪感まではない。
この世界はそうじゃないけど、僕は出来れば、ヒトはあまり殺したくはない。
路地裏に来た時点で穏便な話し合いは無いとは思っていた。
たぶんピエスと戦うんだろうなとは思っていた。
でも殺し合いになるとは思っていなかった。
だが相手は殺し合いをしてきた。
だから僕は彼を一度は殺そうとした。
結果的に―――こうなってしまったのはなんともいえない。
さて、僕はジト目をする。
「レオルドさん。なんでこうなったんですか」
「……ピエスがタサン侯爵家との繋がりが持てると言い出した。その為に邪魔な蟲がいるからどうにかしたい。手伝ってくれと俺に言ったんだ」
「その邪魔な蟲は僕ですね」
蟲呼ばわりは苦笑しかない。
「ああ、そうだ。だがな。殺すことに了承はしていない。よく考えなくても、街中の殺人はご法度だ。しかも今のクーンハントはハイドランジアで立場が悪い。それも相手が子供だ。だから殺し合いはさせないように俺は立会人となった」
「でも」
「タハァー、あいつがいきなり切り掛かるとはな」
「……アマルテイアってなんですか」
「答えたくはない質問だが、まぁ巻き込んじまったからなぁ。その前に【魔角片】って知っているか」
「いいえ」
「そうか。まあ、使ってはいけないモノだからな。魔角片はフォーンの角を伸ばすことができる飲用するレガシーだ。フォーンの角はレリックの力を強める性質がある」
「つまり角が伸びれば力も強まるんですか」
「そうだ。しかしリスクもある。角が伸びれば力は強くなるが……体と魂がその力に耐えきれない。だから服用は禁止されている」
「危険なヤクってことですね」
麻薬とか覚せい剤とかそういうものに近いのか。
「言ってしまえばそうだな。アマルテイアはレジェンダリーとしては、実はそう珍しいもんじゃない。もちろん簡単には手に入らないけどな。そしてレジェンダリーということは、分かるよな?」
「無制限に際限なく角が伸びる……ですか」
レオルドは小さく頷く。
「つい最近、ピエスは雇い仔部隊を率いて探索者と一緒にダンジョンに入った。そこにはフォーンにまつわる階層があったと聞く。そのとき見つけたんだろう。そしてそれを黙っていた。よくある話だ」
「……身体と魂がその力に耐えきれないということは、あのまま放っておけば死んでいたんですか」
「確実にな。だが被害も甚大になっていた」
それはそうだ。
しかしなんで、この落ちこぼれの男はそんなに詳しいんだ?
レオルドはスキットルを開けて飲む。おいおい。おい。
「プハッ、なんでこうなっちまったんだろうな」
妙な悲壮感を醸し出す。そんなの決まっている。
「雇い仔部隊の隊長とか権限ない肩書を与えたせいじゃないですか」
「権限はある。部下の雇い仔に命令できる」
「探索者には?」
「出来るわけないだろ。部隊長でも所詮は雇い仔だ」
「じゃあ、結局は意味がない肩書じゃないですか」
「……そうだな」
僕はピエスの死体を見る。
無様で惨めだ。決していい死に様じゃない。
だがこれが雇い仔としての現実かもしれない。
この世界は過酷で死が漂っている。
たまに忘れそうになるがこれがこの世界だ。
それにしても本当にレオルドは何者なんだろう。
どう考えてもクーンハントの落ちこぼれじゃない。
あれだけの動きに不思議な―――レオルドが僕を見る。
「ウォフ。《《俺は何も見なかった》》」
「え?」
「《《だからおまえも何も見なかった》》。それでいいだろう互いの為にな」
「……わかりました」
それで僕は何も言うことがなくなった。頷くとレオルドは何かを投げる。
片手でキャッチする。金貨だ。金貨1枚。1万オーロ。つまり1万円。
「そいつは手間と詫び代だ」
「……」
「すまなかったな」
「…………はい」
僕は 踵を返して歩き出す。
なんだか雇い仔のひとつの結末を見た気分になった。
低能を連呼するクーンハントの雇い仔部隊の部隊長を誇りにした少年。
プライドが高くて他者を見下し、それでも雇い仔でしかなかったピエス。
僕は雇い仔になったことはない。
でもああなったのがひょっとしたら自分だったかも知れない。
嫌な気分にはなった。
溜息を吐く程度に落ち込みながら家に着く。
ふと、家の前に見慣れぬ、高級感溢れる黒塗り金縁の馬車が停車していた。
今度はなんだ?




