再開のゴミ場③・抜骨脳髄修羅取狩手。
ジューシイ=タサン。貴族だ。
さすがに僕も聞いたことがある。タサン侯爵。この国の大貴族。
それ以外は知らない。辺境伯と懇意にしているとは聞いたことがある。
つまりタサン侯爵令嬢ってことか。
その大貴族の娘がなんでこんなところにいるんだ?
見た目は人気絶頂の可憐で穏やかで大人しい守ってあげたい系アイドル。
中身は人狼族の生粋のグラップラー。ギャップがありすぎる。
そんな彼女をレリック【危機判別】で見ると白く赤黒い。
安全で危険で死がある。いいや。安全だけど危険で死がある。
こんなこと初めてだ。やっぱり僕のレリックに異常が起きているのか?
「あの、あのあの、あの、ウォフ様。あたくし。訊きたい事があります!」
「様は付けなくていいです。なんですか」
「あのあの、あの、では、あのウォフ様。この穴はなんです? なんです! あともうちょっとで入れそうです!」
ではってなんだ。あと穴を見てジューシイさんの瞳が星みたいにキラキラ輝いてる。
耳が揺れて尻尾ブンブン振っている。わかりやすい。
もうちょっと? いや全然だぞ。ほんの隙間から紫の光が漏れている。
ああ、犬ってこういうの掘りたがるよなあ。懐かしい。前世の記憶の実家の犬。
ボールとかオモチャとか土を掘ってよく隠していたなあ。
つまりそういうことなのか。いや彼女は犬じゃないが。
僕は変な言い方だなと思いながらも尋ねた。
「……掘りたいんですか?」
「はい! あたくし、こういうの見ると掘りたくなるんです! ウォフ様。掘っていいですか。掘っていいですね。では、掘ります!」
ではってなんだ。
ジューシイさんはいきなり四つん這いになった。え?
「ちょっ」
「あのあの、あの、では、いきます! あたくしの必殺、抜骨脳髄修羅取狩手っっっ!!」
抜骨えっなに? 両手で穴を掘り出した。犬かな? いや狼だった。
自分の今の恰好とか全く考慮していない。欲望に忠実すぎる。まさに犬。いや狼か。
しかも手の動きと狼耳と尻尾の動きが連動している。
それにゴミ山というがそれは屑鉄の山だ。
もちろん革とか皮とか木材とか石材とか諸々あるが、決して柔らかくない。
それに多数の折れた武器も混ざっている。危険な山だ。
ジューシイさんの後ろに回ったら色々いけないので僕は少し離れた斜め横にいる。
それにしてもこの彼女の異様な掘りスピード。
素手で掘る。普通は無理だが、ん。こ、これは―――っ!?
掘っていない。取っている。そう、手でゴミを取って投げている。
凄まじいスビードで―――千切れた革の鎧。折れたボロ鉄の刃。盾の破片。
朽ちた木の盾。千切れたネックレス。錆びだらけの鉄の刃。単なる石。
破けた巻物。千切れた紐。引き裂かれた金属の鎧の残骸。槍のようなもの。弓の弦。鏃だけ。矢羽だけ。焦げた煙草入れ。おっとナイフ! あー刃がボロボロだ。チッ。
顔が壊れた人形。なんでこんなところに? 銅の鏡。割れた鏡の破片。
千切られた鎖。先端が斬られた鞭。切れた首輪。首輪?
使い古した蝋燭。割れた石。割れた鏡。血の付いたピエロ人形……怖い。
よくわからない赤鉄の棒。汚い布。刃が欠けたボロ鉄の斧。
刃が割れた摩耗した銅の斧。刃にヒビが入った石の斧。石の斧?
あっナイフっ! 今度のは……やったあ! ちゃんとしたナイフだ!
「よっしゃあぁぁっ!」
ナイフゲットオォっっ!! しゃあああぁぁっつっ!!
「わん? あの、あのあの、どうかしたんです?」
ジューシイさんが手を止めて不思議そうに僕を見る。
ハッとして恥ずかしくなる僕。
「あっ、いや、別に、続けてください」
「あのあの、では、もう少しです!」
ついナイフを手に入れたのが嬉しくて声に出てしまった。
でもでも、このゴミ場でちゃんとしたナイフを手にしたのは初めてだ。
大きく歪曲した黒い片刃で丸いソードガード。どこか日本刀の鍔に似ていた。
柄は白い石製だ。珍しい。滑々している。鞘は硬い木製かこれ。
うん。いいナイフだ。大事にしよう。大切にしよう。
すぐ折れることがないようにしよう。
それにしてもジューシイさん楽しそうだ。
前世の記憶の中にある実家の犬を思い出す。
畑をこうやって掘ってじっちゃんに怒られていたな。
でも、どうやっているんだろう。
彼女は凄まじい速さでゴミを手にして後ろに投げている。
そのゴミをしっかりと分別……触っても大丈夫なモノ。
あるいは触ってもいい角度で掴んでいる。しかも手は一度も止まっていない。
どこで判断しているんだ。ひょっとしてそういうレリックか。
ジューシイさんの動きが止まり、入れる穴が出来た。
尻尾をぶんぶんぶんぶんっと激しく振りながら僕に駆け寄る。
「あのあの、あの、できました。これで入れます!」
「ありがとうございます」
「あのあの、あの、いいえ、あたくし楽しかったわん!?」
あっ、しまった。つい犬みたいに彼女の頭を撫でてしまった。
「あのあの、あの、わんっ、わんっわんっ、わんっ」
なんか喜んで鳴いてる。本当に犬みたいだなあ。ってヤバイ。
僕は慌てて手を離す。女の子を狼人族だからとはいえ、犬扱いはヤバイだろ。
「わふっ? あのあの、あの、ウォフ様。撫でてくれてありがとうです!」
満面の笑みを僕にみせる。純真な栗色のキラキラとした瞳が僕を見ている。
なんかそういうところも前世の記憶にある実家の犬にそっくりだ。
おっと、いけない。改めて僕は穴を見た。
穴は確かに降りることができそうだ。だが暗い。
「そうだ」
僕はポーチから小さな球を取り出す。途端、ジューシイさんの眼が変わった。
尻尾をぱたぱたっと振って、視線がターゲットロックオンしている。
「あっ、これは違くて」
「あのあの、あの、ボールではないんです? ボールです?」
やはり狙っていたか。犬ってそういうところある。
「違いますよ。これは確かこの辺を」
カチっと音がして、ふわりっと球が浮いて光る。
「あのあの、あの、光りました! これはレガシーですか? 綺麗です!」
今、とびつこうとしたな。危ない危ない。
「まあ、そうですね」
これはリヴさんから貰った謎の光球だ。前に沢山あるからと簡単にくれた。
そういうものなのかと戸惑いながら貰った記憶がある。
こういうとき便利だ。もちろん。レガシーじゃない。
「よし。降りられそうだ」
明かりで地面を確かめて僕は穴を降りた。
ジューシイさんも続いて降りる。えっ?
「ついてくるんですか」
「あのあの、あの、あたくし。この穴の先に興味があります!」
「それは僕もだけど、危険かも知れないんですよ」
「あのあの、あの、わんっ、それはウォフ様も同じです!」
なんで途中で鳴いたんだ?
「僕はいいんです。この先に用があるので、でもジューシイさんはありませんよね」
「あのあの、ありません。でも穴に入りたいんです! 入ります!」
いやもう既に入っている。僕はジューシイさんを見る。
すっごい尻尾ブンブンで狼耳もピンっとしている。
なにより彼女の瞳がキラキラのギラギラしていた。
これは説得は無理だ。説得しても強引に付いてきそう。
「わかりました。僕の言うことをしっかり聞いてください」
「わんっ! あのあの、分かりました! ウォフ様! 言うこと聞きます!」
「あと様付けはしなくていいです。ウォフって呼んでください」
「あのあの、あの、はい。わかりました! では、ウォフ様です!」
ではってなんだ。わかりましたってなにがわかったんだろう。
予想はしていたけど様付けも直らないな。犬ってこういうところある。
仕方ない。不安しかないが僕がなんとかすればいい。
「僕の後にしっかり付いてきてください」
「あのあの、あの、わかりました。しっかりついていきます!」
大丈夫かな。犬って先行しがちなんだよな。
やはり首輪とリード……いや彼女は犬じゃない! 狼だけど犬じゃない。
いやホント犬だよなあ。
光の球で照らす。周囲はゴミだ。こんなにも積もっていたのか。
てっきりこの穴の下にあると思ったが、紫の光の元は穴の下の奥にあるみたいだ。
足元に気をつけながら、しかし不思議と足元のゴミに危険なモノは無かった。
まるで自然に出来たのではなく最初から通れるようになっていたみたいだ。
進むと段々広くなっていき、天井もいつの間にか高くなっていた。
学校の体育館の天井くらいありそうだ。それでも紫の光はまだまだ先だ。
なにが待ち受けているか分からない。
警戒しておこう。それはそれとしてジューシイさんと話をする。
「ところで、ジューシイさんはいくつですか」
「あのあの、13歳です」
「奇遇ですね。僕と同い年です」
「あのあの、あの、同い年なんですか。ビックリです。嬉しいです!」
黙ったまま進むのが正解だけど、こんなに可愛い女の子と一緒。
なのに会話しないなんて選択肢は少なくとも僕にはない。
「僕も嬉しいですよ。でも、どうしてタサン侯爵の令嬢がゴミ場に?」
「あのあの、あの、ゴミ場は前から知っていました。ゴミ場漁りは宝探し。探索者の登竜門です! それで、わんっ、ちょうどハイドランジアに来る用事が一番上の姉の当主代行にありました。それでお願いして連れてきてもらいました。だからここに来れて、とっても嬉しいです!」
「宝探し。確かにそういう要素はありますね」
それと見つかった宝が思わぬ高値で売れたとき、なんともいえない嬉しさがある。
だからまたゴミ場でもっといいモノを見つけよう。そういう気概と楽しさもあった。
「あのあの、あの、宝探し。大好きです! あたくし。実は掘って見つけるの好きで得意なんです!」
それはそうだと思う。現にさっきそうだった。
「ひょっとして探索者志望ですか」
別にゴミ場漁りは登竜門ではない。
まあ探索者と無関係というわけじゃないけど、そういう見方もあるんだな。
「あのあの、あの、あたくし。わんっ! はい! 探索者志望です!」
「なるほどなるほど」
なんで鳴くんだろう。感情の高ぶりか何かかな。
しかし狼人族ってこんなに犬っぽかったかな。
シードル亭のシェフのライルズさん。
シードル亭でウエイトレスのルウキさん。
肉屋の店番のハイネナさん。ダンジョンの門番のユウロさん。
彼等は狼人族だが、もっと人間だ。
獣人族の知り合いも多少はそういうところはあるけど、ここまでじゃない。
うん。これはもうジューシイさんがそうなだけだろう。
感受性豊かなんだな。
そうか。ジューシイさんは同い年で探索者志望―――おや、なんか引っ掛かる。
つい最近、それと似たような話をどこかでしたような気がする。
あれは……確か……考えながら見上げると、天井に大きな一つ目のドクロがあった。
な、なんだあれ。魔物か、それともレガシーとか?
それにしてはでかい。巨人ぐらいあっ、サイクロプスだ。
目からビームのサイクロプスの頭蓋骨だ。間違いない。なんでゴミに?
「あのあの、あの、ウォフ様も探索者志望ですか。探索者になります?」
「はい、一応、今のところなるつもりです」
特に他に何かあるわけじゃない。今は普通に探索者志望だ。
儲かるというのもある。でも大変だったけどダンジョン探索は楽しかった。
「あのあの、あの、わんっ、お揃いです! 嬉しいです!」
彼女を見ていると前世の記憶にある実家の犬を本当に思い出す。
褒めて褒めて、とか見て見て、とか今の彼女みたいにめっちゃ瞳で訴えていた。
「こほん。それにしても」
どこまで続くんだこのゴミの通路。けっこう歩いた気がするぞ。
ん? なんか今、前方で動いたような……?
「あのあの、ガルルルルっっっ、なにかいます!」
ジューシイさんは唸った。彼女の狼耳がピクピクッと動く。
僕もレリック【危機判別】をする。
赤い点がひとつ。こっちに近付いてきている。敵だ。敵!?
僕はさっき手に入れたナイフを抜いた。
ジューシイさんは前傾姿勢をとった。まるで今にも飛び掛からんとするような。
実家の犬が唸った後にこんな感じで警戒していたな。
「…………」
緊張しながら待つとあらわれた。
光球に照らされたのは……黒い人型の魔物だった。
首が長く顔は無い。尻尾が生えている。
「なんだ……」
なんとなくリザードマンに似ている気がする。
のっぺらぼうのリザードマン? あの身体。まるでマネキンのようだ。
なんだろうな。前世の記憶から似たようなのが……フィギュアの……素材?
いや素材というか、素体だ。そうか。素体だっ!
まさかダンジョンの魔物の素体!?
「あのあの、ガルルルルルッッッ、ウォフ様。魔物にしては異様です!」
「あれはダンジョンの魔物の素体だ」
「あのあの、ダンジョンの魔物の素体って、来ます!」
ダンジョンの魔物の素体……素体Aはいきなり走ってきた。
武器は持っていないので素手でくると思った。
だが素体Aは左腕をぐにぐにっと動かすと刃にした。
走りながら振り下ろし、僕は一歩前に出てナイフで受けた。
瞬間、ナイフの刃が溶けた。
「へ?」
呆気にとられると、素体Aは再度、刃を振り下ろ―――ジューシイさんが突撃した。
まるで犬のように素体Aに飛び掛かり、殴って蹴って殴って殴って殴る。更に殴る。
そして跳び下がりに強烈な蹴りを右脚に叩き込むと砕けた。
「わんっ、あのあの、ウォフ様。大丈夫ですかっ?」
「……割と」
僕は溶けた刃のナイフを捨てた。泣きそう。




