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それなり僕のダンジョンマイライフ  作者: 巌本ムン
Season2

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魔女の弟子⑤


魔女はレリックプレートを持って懐かしむように言う。


「うむうむ。頭の中に説明が入るのも変わらないねえ」

「魔女はレリックプレートを触ったことがあるんですね」

「むかしむかしの話だねえ。ところでウォフ少年。コンの名前が気になるかねえ」


魔女はレリックプレートを置く。

僕は予想外の言葉にビクッとする。


「えっ、あっ、まあ、はい」

「ふむふむ。そんなに知りたいのかねえ」


魔女の眼が妖しく光った。

そんなと言われると、そうでもない。


「いやどうしてもっていうわけじゃ」

「うんうん。教えてあげてもいいねえ」


魔女は微笑む。とても魅力的な笑みだ。

僕はドキっとした。別の意味で。


「その代わりがあるんですよね」

「まぁまぁ、話だけでも聞いてくれるかねえ」


魔女とのやりとりは慣れている。

でもあの笑顔は未だに慣れない。まさに魔女の笑みだ。


「わかりました」


魔女は立ち上がると周囲を見回す。

そして棚の上にある紙束から一通の赤い手紙を手にした。


「これはこれは、厄介で面倒くさい手紙でねえ。ウォフ少年はグランドギルドって知っているかねえ」

「探索者ギルドの本部ですよね」

「うんうん。しかもこの手紙は【グランドマスター】その直々の手紙でねえ」

「グランドギルドの一番偉いひとですか」

「そうそう。【グランドマスター】その名をアルハザード=アブラミリン。コンが苦手とするジジイだねえ」

「……アブラミリン……」


なんだろう。合わなさそうな組み合わせだな。

でも確かアブラニシンみりん漬けという料理があったような。


「しかもしかも、普遍人族なのに600年近くも生きているジジイだねえ」

「そんなに長く生きられるんですか!?」


普遍人族の寿命は大体100歳だ。その前に大多数が死ぬけど。


「まあまあ、方法はあるにはあるねえ。タリスマンの神聖卵とか。それはそれとして用件に移ろうかねえ。そのジジイからある場所をコンに調査するように書かれていてねえ。まあもうそこは解決して安全な場所になっているから危険はないはずだねえ」

「それはどこですか」

「それはそれは、ウォフ少年も知っているねえ。例の森だねえ」

「…………ああ、例の森ですか」


例の森。僕が敗北した森だ。

今はもうないはず。あの後どうなったのかは知らない。


「まったくまったくだねえ。誰だか知らないけど、ご親切に辺境屈指のデスダンジョンを解放するなんてねえ」


いい迷惑だよと言わんばかりに魔女は苛立つ。

大きな狐耳がピンッと立っているのがその証拠だ。


やっぱり例の森はダンジョンだったのか。

これは、これはもう名乗らないといけないな。僕は手を挙げた。


「あ、あの魔女。それ僕です」

「んん。んん。ウォフ少年。なにが僕なんだねえ」

「……僕が例の森を解放しました……」

「…………」


魔女は黙った。

僕も黙る。魔女は僕を見て天井を見て、手紙を見て、それから黒いソファに座る。

赤い手紙を僕に差し出すように置いた。

僕をジッと見る。ふいに微笑んだ。なんて素敵な笑みだ。


「うんうん。それならコンの名前を教えなくてもいいねえ。よろしくウォフ少年」


砂時計の砂が全部落ちた。


「はい。よろしくおねがいします」



かくして僕は魔女と一緒に例の森の調査をすることになった。

そしてエリクサーが卵の容器に溜まったのを見て、魔女が淡々と語る。


「さてさて、ウォフ少年。実は世界中にエリクサーの神聖卵があるんだねえ」


言いながら魔女はエリクサーの神聖卵に蓋をして手に持つ。


「そうなんですか」

「うんうん。神聖卵に入っているエリクサーは使えば無くなるんだねえ。しかも世界中にあるとはいえ、神聖卵の数は限られているんだねえ。ゆえに貴重でとても高価。そしてなによりもエリクサーは全て卵の器に入っているんだねえ」


魔女はそう言いながらエリクサーの神聖卵を手で玩ぶ。


「全てなんですか」

「他のもねえ。神聖卵は器なんだよねえ。さて、ここで面白い逸話がある。歴史上で唯一無二のレリック【叡智】を持っていた大賢人ロウタス曰く『全てのエリクシエルの神聖卵には母なる大神聖卵がある。世に数多ある神聖卵は全て子なのだ』とねえ」

「それってつまり、この神聖卵……無限湧きのエリクサーを同じような卵の器に入れていたってことですか」


どのような意図があってそうしたのか。

つまりこの神聖卵は全てのエリクサーの元ってことになるのか。

薄々気付いてはいた。この神聖卵なら大量生産が可能だ。


それで莫大な財産を築くことが出来るだろう。

しかし危険も倍増する。


それとポーションを調合して売ろうとしていた僕が言えることじゃないが。

このエリクサーはそういう使い方をしてはいけない気がする。

だからエリクサーを入れた神聖卵も数えきれるぐらいしかないんだろう。


「さあてさあて、本当にそうなのかはコンには分からないねえ」


魔女はエリクサーの神聖卵をテーブルに置いた。


「…………」

「ねえねえ、ウォフ少年。そのエリクサーの神聖卵はどこで見つけたのかねえ」

「ゴミ場です」

「おやおや、ゴミ場というとあの街のダンジョンのかねえ?」

「はい。青い光を放っていました」

「ふむふむ。なるほどねえ。あのゴミ場も色々あるからねえ」

「確か周辺のダンジョンのゴミも集まっているんですよね」

「うんうん。ウォフ少年。まずダンジョンとは大きく分けると、二つあるのは知っているかねえ」

「はい。最深部のダンジョンと最下層のダンジョンです」

「そうそう。そして最下層のダンジョンにはゴミ場がないねえ。だから最下層のダンジョンのゴミも最深部のゴミ場に集まってくる」

「はい」

「そうやってそうやってねえ、集まったゴミが蓄積して地になり山になって今のゴミ場があるんだねえ。だからあの真下に何があるのか誰も知らない。ひょっとしたら今もまだ何か得体の知れない途轍もないモノが眠っているかも……知れないねえ」

「……脅かさないでくださいよ。僕、再開したらゴミ場に行くんですから」

「いやいや、コンはありえるかも知れないってことを言っているだけだねえ」


それを脅しというのでは?

僕は苦笑して、それから大きく深く息をついた。


「これで肩の荷が降ります」

「だねだね。秘密は話したほうがスッキリとするからねえ」

「はい。これでやっとこのふたつを手放せます」

「ん? ん? どういう意味かねえ」

「はい。師である魔女にお願いがあります」

「ほうほう。なにかねえ。我が愛弟子ウォフ少年ねえ」

「エリクサーの神聖卵とレリックプレートを魔女に献上します」


魔女は笑った。


「なるほどなるほどねえ。うん。断るねえ」

「えっなんで!? 欲しくないんですか。凄いモノですよ」

「まあまあ、確かにそうだけど、それならコンにあげるわけないよねえ」

「それはソンケイするイダイな我が師の魔女だからです」

「おやおや、それは嬉しいねえ。一部が棒読みだったのは気のせいだよねえ」

「ソンナコトアリマセンヨ」

「うんうん。コンは信じているんだねえ。心優しいウォフ少年は決して師を厄介払いに利用しようとかしないよねえ」

「そんなことシマセンヨ。でも僕より魔女が持っていたほうがいい気がするんです」


それは本心だ。第Ⅰ級である魔女のほうがしっかりと保管してくれるはずだ。

悪用もしないだろう。研究には使うと思う。


「なんならレリックプレートは使ってもいいですよ」

「いやいや、コンはもうレリックは充分だからねえ。それにこのレリックプレートにはどんなレリックが入っているか分からないからねえ。ふむ。そうだねえ。このレリックプレートだけは預かろうかねえ」

「本当ですか」

「どんなレリックが入っているか気になるからねえ。調べるツテがあるから頼んでみようかねえ」

「確かに……気になります。おねがいします」

「時間はちょっと掛かるけどいいかねえ」

「はい。じゃあエリクサーのほうは」

「それはそれは、今までと同じようにウォフ少年が大切に持っているんだねえ。それにだねえ。コンには使う機会があまりなくても、ウォフ少年には沢山ありそうだからねえ。こう言うのは誤解させてしまうけれどねえ。コンは必要と損得で考えて全てを見捨てることができる、魔女だからねえ。でもウォフ少年は違うからねえ、我が愛弟子は決して見捨てることができない。だねえ」


魔女はエリクサーの神聖卵を手にして僕にスッと差し出す。


確かに言われると僕は見捨てられない。

それが後に厄介事になろうとも助けを求められたら、たぶん身体が勝手に動く。

僕の最大の欠点であり……僕が僕を認められる部分でもある。


「わかりました。ありがとうございます。魔女」


僕はエリクサーの神聖卵を魔女から受け取った。

ポーチの奥に仕舞う。ふと思う。


「あの魔女は、必要と損得で考えて全てを見捨てることができる、って言いましたけど、それは弟子の僕のことも含まれているんですか?」


魔女はきょとんとした後。


「さあてさあて、どうだろうねえ」


やさしい意地悪な笑みを浮かべた。

やや頬を朱に染めて。


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