滅剣①
釣り。
まだ生活費はあるので食料の為に釣りをしているわけじゃない。
趣味をもとうかと、それで釣りをしていた。
僕は趣味が無いことに気付いた。
こうして生活に余裕が出来て初めて趣味無しだと気付いて、軽くショックを受けた。
そういうわけで趣味の代名詞なら釣りだ。
そんな感じで釣りしていたら、なんか変な酔っぱらいに絡まれた。
「よろしくな。ウォフ」
「……よろしくです」
「で、どうだ? 釣れてんのか」
「いえ、まったく……」
僕は苦笑する。
魚籠代わりの壺には水が入っているだけだ。
「ビヨン製で竿は悪くねえな。餌は?」
「そこらの虫です」
「ああ、なるほどな。ちょっといいか」
「なんです?」
「餌でいいもんがある。使ってみろ」
そう彼が取り出したのは干し肉の切れ端だった。
「肉ですか……」
「魚の餌としてはいいもんだぞ」
「まぁ確かに……」
僕は竿を引いた。
釣り針に付いている餌の虫は無くなっていた。
流されたのか。よくあるので気にしていない。
貰った干し肉の切れ端をつけた。
「そうじゃねえ。それだと落ちる」
「え」
「こうやってな。釣り針の引っ掛け部分に合わせて付けろ」
「こうですか」
「そうだ。そうしないとさっきみたいに落ちるかんな」
グビッと酒瓶をあおって言う。
そうだったのか。餌の付け方が間違っていたのか。
この釣り針は前のがダメになり新しく買ったやつだ。
普段使っているのと同じ付け方だとダメだったのか。
「……ありがとうございます」
「礼を言うほどじゃねえよ。ほらやってみろ」
「は、はい」
釣り竿を振って川に投げ入れる。待つ。
「あっ、いま反応が」
ピクっと竿の僅かな振動が伝わった。
「まだだ。大きく反応してから竿を動かせ」
「は、はい」
大きな反応―――来た!
「今だ! 魚と逆に竿を振れ」
「は、はいっ!」
いきなり引き上げることはしない。
魚の動きと逆に竿を振って、魚を疲れさせる。
「へえ、やるじゃねえか。もうそろそろ引き上げていいかもな」
「は、はい」
魚の勢いが落ちていく。
「今だ!」
その合図で僕は竿を引き上げた。
お、重いが勢いでなんとか釣れた。
かなり大きいがこれは。
「オオサンショウウオじゃないか」
思わず和名を口にする。
ぬるっとしたナマズに手足が付いたような生物。
天然記念物に指定されているオオサンショウウオだ。
でかい。
この世界にも居たのか。ちょっと驚く。
アガロさんは一口飲んで言った。
「陸ナマズだな。魔物だ」
「魔物……?」
オオサンショウウオが魔物?
あと壺になんとか入った。
「いちおう魔物になってんだよ」
「確かに外見は魔物ですけど」
言われても頷ける姿はしている。
実際、前世でも妖怪扱いされた経緯があるらしい。
「まぁ、魔物だけど魔物じゃねえけどな」
「どっちなんです?」
「見た目から魔物にされたんだろ。そういうのはある」
「じゃあ魔物ではないんですね」
「でも魔物図鑑に載ってんだよな」
「魔物じゃないですか」
「かもなぁ」
「……かもなぁって」
結局どっちなんだ。
アガロさんはクイッと飲んで。
「どっちでもいいじゃねえか。それでどうするんだコイツ」
「そうですね」
オオサンショウウオを食べるとかはさすがになあ。
「リリースします」
「あ? なに?」
「逃がします」
「そうか」
アガロさんは特に何も言わなかった。
僕はオオサンショウウオを川にリリースする。
オオサンショウウオは川の中に潜った。
「色々ありがとうございます」
「あ? もうやめんのか」
「はい。釣りは、その趣味を探す為で食料調達じゃないんです」
「趣味?」
アガロさんはきょとんとする。
「僕、趣味が無いんです。だから色々とやってみようと」
「おまえ。いくつだ?」
「13です」
「……生きるのに必死の生活で趣味探しか」
「必死ですけど、それだけだと寂しいじゃないですか」
「…………」
アガロさんは無言で酒を飲む。
「だからひとつぐらい趣味をもとうかなって」
「ふぅっ、変わったヤツだな。でも考えは悪くねえ。余裕っていうのがねえとな。心が荒んじまう」
アガロさんはフッと笑った。
「アガロさんは趣味あるんですか」
「お? オレか? そうだなぁ……趣味つーか、酒だな」
「……酒?」
「酒だな。そいつがオレの趣味だ」
言って飲む。
いいラッパ飲みだった。




