『黒焔の獅子』―レオ―
暖かい陽だまりの中で昼寝をしていた。
野っ原でロールとシラユキと茶会をしていたんだ。
酒はなしだと菓子と茶だけ持ってこのなんにもない野っ原でなんでもない時を過ごしていた。
甘い菓子が苦手な俺にロールは木の実を用意してくれたんだ。
酒が欲しくなるようなほろ苦いこの木の実はなんていったけ?
あんまりに気持ちがいい陽気に俺はうたた寝をしてしまって……
――――違う。
俺はそんな長閑な時間を取り戻すために神と対峙していたはずだ。
体の痺れが抜けて、体が軽い!
思っていた以上に勢いよく体を起こしてしまった。
俺が驚かせてしまったのか、吃驚した顔をしたロールがいる。
「なんでいるんだよ。俺はおまえを逃がしたはずだ」
ロールは場にそぐわない微笑みで
「任せっきりってわけにはいかないよ」
任せてくれよ。
俺はそのための存在なんだ。
守護者としては頼りなさ過ぎるけどさ、戻ってくるなよ。
「あの竜人はアランか?」
金色の翼を背中に生やし、攻撃を受けたであろう場所を金色の鱗に変えて神と戦う者がいる。
剣の太刀筋や、炎の使い方はアランそのままだ。
「アランを助けてくれるよな?」
ロールに言われなくたって俺はアランを助けるよ。
俺だってアランとヴィクトリアは大事に思っているんだ。
神に好き勝手させられるようなどうでもいい相手じゃない。
そもそも、ヴィクトリアはどうしたんだ?
アランが元気ななのはわかるが……どこにいる?
「ヴィクトリアはどうした? おまえの子はアランだけじゃないだろう」
ロールは悪戯を隠した子供のように笑みを浮かべ、俺の後ろに視線を向けた。
「わたくしでしたらここですわ」
月光のような優しい光を纏ったヴィクトリアが俺の後ろで微笑んでいた。
ヴィクトリアから輝く金色の光は心地がいい。
「レオはもう大丈夫ですわ。わたくしの竜の力は癒やしに特化しておりましてよ。もう少しでシラユキの力も回復いたしますわ」
だからロールはにこやかに微笑んでいられるのか。
アランは攻撃に、ヴィクトリアは癒やしに……今までの竜とは違う?
「世界の理の力を持つ竜というよりは、レオとシラユキに似た力を持っていた」
ロールはともかく、この世界の一端を担っているのが竜だ。
世界を構築する存在とはこの双子の竜は少し違うのだろう。
ロールの直系で、今までの兄弟のような竜達とは根本が違うと感じる。
世界が、ロールは神に対して本気で対処しようとしているということか。
それなら俺だって
「ロール。俺はおまえと違って神を受け入れる広い心を持てない」
いつまでも座って休憩ってわけにはいかない。
「知ってる。レオは俺に害をなす奴に容赦がないもの」
白い花びらと雪の結晶が舞う。
シラユキも力を取り戻したのか。
「でもレオもシラユキも俺には甘いってことも知ってる」
シラユキの力がアランに纏わり、アランの防御の礎となり、所々破れていた衣服は元に戻る。
シラユキは動き易さを重視したのか、枷にならないよう衣服の姿を選んだな。
「レオの好きにしたらいいよ。レオが俺のお願いを断れないことも知ってるよ」
ロールのその笑顔はズルいな。
俺だってわかっているよ。
俺はロールが一番大事なんだ。
この世界を守ることが存在理由であってもなくても、俺はロールを大事にしているんだ。
それはシラユキも一緒だ。
ロールの側に居られなかったこの長い時間がどれだけの苦痛だったか。
記憶を封じられて存在していたあっちの世界のことなんかどうでもいいくらい俺にとってロールは、この世界は大事なんだよ。
「アラン!」
俺の呼びかけにアランが顔を向けた。
神が隙とみたのか斬り付けてきた剣をいとも簡単にはじく。
その刃こぼれした頼りない剣をいつまでも持たせてはいられない。
俺はアランの剣となろう。
黒い焔へと姿を変え、アランの持つ剣と成り代わる。
「レオ?」
なにか変か?
アランが扱いやすいように姿を選んだはずなんんだが?
アランの握る力が強くなる。
向かってくる雷をためらうこともなく俺で払う。
それでいい。
「それ、レオじゃないの? 王子様は酷いなあ」
苦笑いをしながらも踏み込んでくる。
上から斬りかかってくる剣をアランは頭の上で受け止め、膝で力を逃がし押し返す。
アランの炎を俺の黒い焔に変え、神に放つ。
雷で相殺され、横に払うように斬りかかるアランから後ろに飛び退く。
逃すかよ。
黒い焔を打ち込み追い打ちをかける。
器用に逃げ回る神にアランは斬りかかっていく。
「あはははッ! レオ。王子様に僕が倒せると思う? 守護者の君たちだって僕には敵わなかった」
神は大きく飛び退き、間合いを開ける。
「僕はさ、この金色の世界が欲しくて、欲しくて欲しくて仕方がないんだ」
神は自身を慈しむように抱きしめ
「神として生まれたにも関わらず、僕には僕の世界がなかった」
あの憎しみの籠もった視線はなんだよ。
アランも一瞬怯む。
「ロールは神様でもないのになんで世界なの?」
しまった!
稲妻がロールとヴィクトリアに向う。
ここからじゃ間に合わない!
金色の光が広がるも、稲妻は二人に向かって走る。
「ねえ、ロール僕は神なんだよ」
稲妻よりも早くロールの傍らに立ち、稲妻を打ち払う。
ロールの頬に手を添え
「君が僕のものでも問題なかったじゃないか」
ロールは神の手を払い退け側を離れる。
「ダメだよ。この世界は僕のモノだ」
逃げようとするヴィクトリアの手を取り引き寄せ
「この力も僕がもらう」
「ヴィーを離せ!」
アランの炎に俺の黒い焔を乗せ、神に放つ。
神は不敵な笑みを浮かべ、焔から身を守るためにヴィクトリアを前に出す。
ヴィクトリアは恐怖を浮かべ顔を伏せる。
金色の光が焔を弾き事なきを得た。
得たけど、無事だったけど、なんで奴は……
絶対に許せない。
「マリアだけじゃなくてヴィーまで……ふざけるなぁぁ!!」
神は冷たい視線をこちらに向け、いらないとばかりにヴィクトリアを放る。
どれだけ怖かったのかヴィクトリアの顔は真っ青だ。
彼女は大きく息を吐き
「わたくしだってやられてばかりじゃありませんわ!」
ヴィクトリアから氷弾が飛ぶも、全てを雷で打ち落とされた。
氷弾に気をとられていた神はアランの接近を許した。
黒い焔が刃となって神を捉えた。
「うわぁぁ」
やった!
白い花びらと雪の結晶が神を拘束するように纏わる。
「うわぁぁぁ……あああ、あはっ」
なんだ? 苦しんでいたんじゃないのか?
なんで笑っているんだよ?
「あはははッ!」
拘束されながら、黒い焔に焼かれながらどうして笑って……
「守護者のレオとシラユキじゃ僕をどうにか出来るわけないだろう」
一瞬のうちに拘束を解き、焔は消された。
「僕が神だということを忘れているんじゃないか?」
神は歪みきった顔をあげ、稲妻をロールに落とし、稲妻は鳥籠となってロールを閉じ込めた。
雷が落ちる間際にシラユキがロールに覆い被さっていた。
鳥籠の中でシラユキが白い花びらと雪の結晶を広げるも、鳥籠はびくりともしない。
ヴィクトリアが駆け寄り鳥籠を揺さぶる。
ヴィクトリアの力でどうにかなるものではないだろう。
「さあ、王子様。僕は神なんだよ。僕を崇め、称えよ。」
――狂気だ。
俺を握るアランも神の狂気に押され、表情を堅くしている。
このままロールを奪われ、俺たちは神に屈するしかないのか?
神から放たれる雷から逃げ回るしか出来ないのか?
封じるだけじゃダメなんだ。
それじゃあこの世界は成長しない。
ロールは、世界はどのくらいこのままだったと思ってるんだ?
アランとヴィクトリアの双子の誕生はこの世界にとってまたとない転機なんだよ。
俺がこの世界に還って来たのだって、双子がいたからだ。
どうしたらいい?
どうしたら神を倒せる?
どうしたら世界を正常に戻せる?
「うわっ……」
アランが飛ばされ、ロールの閉じ込められた鳥籠に背中をぶつける。
ヴィクトリアに支えられるようにアランは立ち上がる。
二人はまだ青い目を曇らせることなく神を見ていた。
神から放たれる雷に逃げるように鳥籠から離れる。
このままじゃジリ貧だ。
どうしたらいい?
「アラン! ヴィクトリア! 『黒焔の獅子』を召喚しろ!」
鳥籠の中から叫ぶロールにアランとヴィクトリアは振り向き
「召喚って、レオはここにいるじゃないか」
アランは手にする俺に視線を移す。
ああ、俺はここにいる。
全てを思い出し、力だってちゃんと元に戻っている。
ロールは何を言っているんだ?
「あはははッ! ロールおかしくなっちゃったの? その貧弱な剣はレオじゃなかったの?」
神が馬鹿にするように笑いながら雷を放つ。
「いいから召喚しろ!」
金色の光が俺たちを守るように雷を弾く。
「世界は俺だ。俺がこの世界の理なんだ」
ロールの呟きは腹の底に響く。
「『黒焔の獅子』を創り替えるためにシラユキに命じたんだ」
双子よりも幼く見えていた姿が幾分か成長したように見える。
「異世界へレオを送るのは俺だって嫌だった。でもやらなきゃいけなかった」
俺が向こうの世界へ送られたのはロールの意思だった?
「アラン、ヴィクトリア。もう一度言う。『黒焔の獅子』を召喚しろ」
二人は顔を見合わせ、アランは俺から手を離し、ヴィクトリアと術を構築する。
シラユキの俺に向ける視線は何かを期待しているように感じる。
なあ、わかってないのは俺だけなのか?
――始まりの時より災いから我らを護りし者 闇に浮かぶは漆黒の焔――
神が術を阻害しようと雷を二人に向ける。
――黒き焔の鬣を靡かせる黒き獅子 深淵の暗闇に灯りを灯せ――
二人を守るように白い花びらと雪の結晶が雷を払う。
――安らぎの闇より目覚めの時は今 白き戒めを解き放つ我は――
黒い焔が俺を呑み込み再構築する。
体が創り変えられていく……?
――金色の加護を持つ者――
黒い焔が金色の光と混じり合う。
――創世の時よりその黒い焔を纏う獅子の名は――
この獅子の姿はなんだ?
二人の声が揃って俺の名を喚んだ。
――――『レオ』――――
俺の自慢の黒い焔の鬣に金色が混じり、黒い被毛は煌めきを持った。
この中にあふれる、湧き上がってくる力はなんだ?
こんなのはじめてだ。
「なんだよそれ……? なあ、どうして僕がレオごときに恐怖を感じるんだよ?」
神が俺に対して恐怖を向けるなんてはじめてじゃないか?
いつだって俺を、俺たちを馬鹿にしていた。
ロールを奪った時だって、ロールを奪い返した時だって、神を封じた時だっていつも俺たちを馬鹿にした目をしていた。
このあふれる力があれば神に勝てる。
気合いを入れるために咆吼をあげ、神に向かって前足を振り払う。
受け止めようとする神を簡単に弾き飛ばした。
ははっ……逃すかよ。
「うぎゃゃぁぁ!」
飛ばされていく神に噛み付き振り回す。
簡単に逃がすわけがない。
俺たちが、ロールが受けた苦しみはこんなものじゃないんだ。
口の中に雷を放たれ、神を離してしまった。
さすがに口の中に雷はキツいって。
神は俺から離れ、ふらつきながらもこちらを睨む。
足元には似合わない地溜まりが出来上がる。
「ふざけるな……レオごときがこの、神に」
神は両手を広げ、稲妻を喚ぶ。
「僕は神なんだよ。この世界に君臨する神だ」
稲妻は俺にまっすぐに向かってくる。
「レオ。嬲り、殺してやる」
そんな稲妻、今の俺は怖くない。
俺の放つ黒い焔に金色が混じり、稲妻を打ち消す。
「この僕に刃向かうロールに絶望を!」
それだけじゃ終わらないとばかりに黒い焔は神に向かっていく。
思っていた以上の力が出たと、関心している場合じゃないな。
神は黒い焔に対抗するように稲妻を放ち、黒い焔の力を削いだ。
「……だから、僕は神なんだ、よ」
随分と息を切らしているじゃないか。
これなら……
再び咆吼をあげ、黒い焔を神に向ける。
今度は稲妻なんかに打ち消されないものを!
稲妻が意味をなさないとわかった神は後ろを向き、走り出す。
それこそ意味がないだろうに。
黒い焔が神を捉え、燃やす。
「僕は神なんだ! 僕は……」
黒い焔の中で叫ぶ神は滑稽だ。
黒い焔は金色の光の珠へと徐々に形を変えていく。
もう、神の姿はどこにもない。
俺は、神を倒したのか?
俺たちは世界を取り戻した……?
俺に混じっていた金色が失せ、いつもの俺の姿に戻った。
鳥籠から自由になったロールは神だった光の珠を手にしている。
そんなもの早く捨ててしまえばいいのに、ロールは大事そうにしているんだ。
何を思ってそんなものを手にしているのか、俺には検討もつかない。
まあ、ロールだしな。
アランとヴィクトリアは複雑そうな顔をしているよ。
神を倒せてホッとしているとはいえないだろう。
アシュリーが神だとか、納得する間も考える時間もなかったはずだ。
怒りも悲ししみも安堵さえ、戸惑いの中にあって当然だと思う。
これからゆっくりと感情を解き明かせばいいんだ。
「レオ……」
シラユキの穏やかな声に俺は強張っていた体が解れていくような感覚を持つ。
「終わったんだよな……?」
もの凄く長かった。
神がいつからこの世界を欲していたかなんて知らない。
今更知りたいとも思わない。
「終わったわ」
シラユキの声も疲れ切って……
「なあ、シラユキの甘ったるい菓子で酒が飲みたいな」
呆けた笑顔でシラユキは
「私の作ったお菓子をレオが食べてくれるの?」
たまには甘いものを食べてみてもいいんじゃないかな。
無理だったらヴィクトリアにでも押しつければいいや。
今までありがとうございました。
この世界はこれから魔術と科学が進化するのか、退化するのかはわかりませんが、人権や経済の発達が目まぐるしいものになると思います。
自然破壊とかで竜が病気になってしまったり、ミニスカートやハーフパンツの流行に双子が頭を抱えたりするかもしれません。
世界の説明をどう物語に落とし込んでいくのか苦労し、自分の未熟さを痛感致しました。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。