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タイガの森の狩り暮らし〜契約夫婦と東欧ごはん〜  作者: 江本マシメサ


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アンドレイの手紙 その一

 仕事も終わり、夫婦は穏やかな午後を過ごしていた。

 ミハイルはオリガの膝枕で微睡み、オリガはミハイルの髪を飽きずに撫でている。


「オーリ、そーいや」

「なんだ?」

「前に見つけたっていう、親父からの手紙、読んだか?」


 オリガの父アンドレイは『シャルロッテへ』と書いた一通の手紙を遺していた。

 シャルロッテはオリガが本当の両親より贈られた名である。


「いや、まだ読んでいない」

「読まないのか?」

「そう、だな」


 歯切れの悪い返事であった。

 どうやら、気が進まないようである。

 ミハイルは起き上がり、オリガの目をまっすぐ見ながら言った。


「どうしたんだ?」

「あれはシャルロッテ宛であって、私宛ではない」

「いや、オーリ宛だろ」


 読んだほうがいいと、ミハイルは強く勧めた。


「オーリ」

「う……ん」


 渋々、といった感じで、オリガは二階に上がって手紙を取りに行った。

 ミハイルはオリガが落ちつくように、蜂蜜ホットミルクを作る。


 十分後。ミハイルはカップを二つ持って居間に戻った。

 オリガは手紙をじっと凝視していた。

 その表情は雨の中に捨てられた子猫のようだった。


「おい、大丈夫か?」

「何がだ?」

「いや、何かっつーか」


 いったいどうしたのか。

 オリガの隣に腰かけ、横顔を覗き込む。


「なぜ、父は、シャルロッテに手紙を……」

「なんか意味があるから、こうして遺したんだろう」


 オリガへの手紙はなかったらしい。シャルロッテへだけ、こうして手紙を遺していたようだ。

 ここで、ミハイルはハッとなる。


「もしかして、嫉妬か?」

「嫉妬? ああ……そうか。私は、シャルロッテが、妬ましかった。父は、私への手紙は遺さず、どうして、シャルロッテにだけと……」

「でも、シャルロッテってオーリのことだろうが」

「そうだが」


 いろいろと、複雑な思いがあるらしい。


「あの、ミーシャが先に読んでくれないだろうか」

「なんでだよ、自分で読めよ」


 天国のアンドレイも、見ず知らずのミハイルが読んだりしたら嫌だろう。

 しかし、オリガは引かない。


「分かった。だったら、俺が読む。オーリは聞け」


 その提案にオリガはコクンと頷いた。

 ミハイルは一度大きな溜息を吐き、手紙を裏返す。そこには、何も書かれていない。

 蝋で固められた封を解く。中には、四枚の便せんが入っていた。


「オーリ、本当にいいんだな?」


 返事の代わりに、オリガはミハイルに身を寄せる。

 ぎゅっと目を閉じ、頬をミハイルの腕に押し付けていた。

 だんだんと、ミハイルまで緊張してくる。息を吸って、吐いて。落ち着いてから便せんを広げた。


「――オリガへ」

「え?」

「なんだよ、これ、オリガ宛じゃんか」


 手紙の冒頭にはこう書かれている。これを開く時は、すべてを知ったあとだろうと。

 そのあとには、オリガが正真正銘異国の王女であることと、アンドレイが連れ去ったこと。それから、謝罪の言葉が書き綴られていた。


「……なるほどな。何も知らないオリガが開封しないように、シャルロッテへと書いたみたいだ」


 二枚目はオリガ個人へ宛てた内容が綴られていた。


「これ、オーリへの手紙だから、オーリが読んだほうがいいんじゃねえか?」

「いい。ミーシャが読んでくれ」

「そうかい。まあ、いいけれど」


 二枚目の手紙には、アンドレイのオリガへの愛。それから、ただの村人ではなく、王女として育ててしまったことへの謝罪などが書かれている。自慢の娘だとも。


 ――ただ、私のことをオーリは恨んでいるかもしれないが……。


 その一文には、複雑そうな表情を浮かべていた。


「オーリ、続きは明日にするか?」


 オリガは首を横に振った。


「大丈夫だ。父が私を誘拐した件については、考えないようにしていたが……もしも、自分の子に同じことされたら、絶対に許せないと思う。しかし、私が王都で暮らしていたら、きっと、民に苦しい生活を強いる王政は続いていただろう」

「そうだな」


 国のために行動を起こしたアンドレイと、子どもを誘拐したアンドレイ。

 それらの問題は、考えないことにしようと、ミハイルは提案する。

 オリガも、頷いた。


「続きは、本当に読んでもいいのか?」

「ああ、頼む。読んでくれ」


 どちらにせよ、自分で手紙を読む気はないようだ。

 ミハイルはオリガの頬を撫でてから、続きを読み上げる。


 三枚目には、驚きの情報が綴られていた。

 帝都にオリガの皇族としての証と、アンドレイの生家である公爵家の財産を遺してきたとある。もしも、帝政が終わって平和な世になっているのならば、受け取ってほしいとあった。


「四枚目は……なんだこりゃ」


 便せんには箇条書きで四つ書かれている。


 ・時計塔の影、九時の方向

 ・宝石商の曲がり角 

 ・女神の涙

 ・噴水の嘆き


「父は、宝探しをさせるつもりなのか?」

「みたいだな」


 ミハイルは隣で寄り添っていたオリガを見てぎょっとする。

 先ほどまで、心細い猫のようにしていたオリガであったが、瞬く間に猛虎の顔になっていた。


 いまだ、ミハイルの腕にしがみ付いたままではあるものの、その様子は獲物を捕らえた虎のように思えてならない。


 ミハイルは獲物気分になりながら、ぼそりと呟く。


「久々に見たな、その顔」

「ん?」

「いや、なんでもない」


 いきなり判明した遺産に、ミハイルとオリガは困惑する。


「なんで、オーリの親父は財産を持ってこなかったんだ?」

「お金は、この地では役に立たないと思ったのかもしれん」

「ああ、確かに」


 針葉樹林タイガの森での暮らしは自給自足である。

 お金があるからと言って、豊かな暮らしはできない。


「オーリはどう思う?」

「……財産には興味はないが――ミーシャの生まれ育った場所に興味はある。ミーシャは?」

「俺は……正直戻りたくねえなあ」


 うっかり母親と出会った日には、大変なことになる。

 田舎に駆け落ちしたので、ありえない話ではあるが。


「それに、平和になったからと言っても、不安なんだよな」


 帝政復古を企む者がいないとも限らない。


「俺達は、針葉樹林タイガの森から出ないほうがいい」

「まあ、そうだな」


 夫婦二人だけで決めて良い問題ではない。

 一度、薬師に相談することにした。


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