表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイガの森の狩り暮らし〜契約夫婦と東欧ごはん〜  作者: 江本マシメサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/85

戦い

 薬師は狼狽する大使に、一度家に戻って診療道具を取りに行ってから向かうので、先に帰っておくように言った。


 シンと、静かになった室内で、ミハイルは薬師の服の袖を掴み、ボソリと呟く。


「俺、女王を、オリガの婆さんを見たことがあるんだ……」


 遠目だったが、すっと伸びた背筋や、金の髪、高貴な佇まいなど、似ている箇所があった。

 祖母と孫である女王とオリガの姿を重ね合わせてしまうのは、おかしな話ではない。


「もしかしたら、若かりし頃の姿を見間違えてしまったのかもしれないですね」


 大使の妻は女王の侍女を務めていたらしい。そして、シャルロッテ王女の乳母に抜擢された。


「奥方は、ずっと精神状態がよくなかったらしいです」


 女王から託された幼い王女を攫われてしまい、生きる目的を失くしてしまったのだ。


「私のせいですね」

「じいさん……」


 ぼんやりとしている場合ではない。薬師は診療をするため、家屋を出て行った。


 残されたミハイルとオリガは、大きすぎる問題に、どうすればいいのかわからなくなっていた。


 ◇◇◇


 ある日、突然ラゥ・ハオがやって来る。


「ミハイル、オリガ、ここを発つヨ」


 この地での滞在は、あと一週間ほど残っていた。なのに、ラゥ・ハオは移動を始めると言い出す。


「どうしたんだ?」

「とある一団が、コチラに、ヤッテ来テイる」


 数は百から二百。正確な数字はわかっていない。


「ミハイルを狙って、来たんダト」


 恐らく、ウヴァーロフ家の者だろうと、ラゥ・ハオは話す。


「噂話デハ、都ニ、ユスーポフ公爵家率いる新政府が成立したラシイ」

「帝政は終わった、というわけか?」

「ウン、ソウみたい」


 長年君臨していた皇帝が崩御した翌日に、ウヴァーロフ家と繋がりが深い皇弟が即位したが、反乱軍の手によって、すぐに手にかけられた。


「残ルハ、どこかで生きているでアロウ、ミハイル大公だけである、ト」

「大公、ね。そんな称号、初めて聞いた」

「向こうが、勝手ニ、呼ンデイルだけダロウネ」


 この前の追っ手は殺しておくべきだったと、ラゥ・ハオが呟く。


「まさか、コンナ所まで、追ッテくるとは、思わなカッタヨ」

「ああ、そう、だな」


 ウヴァーロフ家の最後の足掻きであった。


「デモまあ、こちらも、やられてバカリじゃ、ナイカラ」


 森の中に入ったら、相手を攪乱できる。

 大自然の中では、都の者は敵わない。戦うならば、森の中がいい。ラゥ・ハオはそう思っていたが――。


「すぐに、移動ようと思ったけれど、ウ~ン、やっぱ止メタ! ここを拠点にして、真っ正面から戦オウ」

「は? それ、大丈夫なのか?」

「ウン。なんか、逃げるみたいで、悔しくナッタから。知り合いにも協力をお願いシテミルネ」


 ラゥ・ハオが用意する兵士は百五十。相手と同等か、それ以下か。

 ウヴァーロフ家の兵士達が、正規軍の者であれば、勝ち目はない。


「デモ、これから対策はデキル」


 草原の地理を利用して、さまざまな妨害を行う。


「大丈夫、上手くイクカラ」

「でも、あんたにそこまでしてもらう理由が……」

「あるよ。友達ダカラ」


 そう言って、ラゥ・ハオはミハイルの肩をどんと叩く。


「任セテ!」


 こうして、遊牧民の男達を集結させ、オリガとミハイル、薬師を交えた話し合いが始まった。

 薬師が草原を活かした陣形を提案し、ラゥ・ハオは採用する。

 話はトントン拍子に決まっていった。


 最後に、大使一家にもウヴァーロフ家との戦闘が起こる可能性が伝えられた。

 そこに、全身をすっぽりと覆う外套を纏ったオリガも同行した。


 奥方の容態は、だいぶ落ち着いていた。

 大使と何度も話し合い、オリガの正体を伝えることになったのだ。


 奥方は話を聞きながら、顔色を青くしていたが、大使は大丈夫だろうと、ラゥ・ハオの目配せに頷く。


「ソレデ、最後に、話がアルんだけど」


 オリガは外套を脱いだ。

 その姿を見た、奥方の目が見開かれる。


「ああ、ああ、信じられない……!」


 奥方は立ち上がり、ふらふらとオリガの前にやって来ると、片膝を突いた。

 涙を流しながら、話しかけてくる。


「お会いしとう、ございました、姫様……!」


 一目で、オリガが王家の血を引く姫君であると、わかったようだった。


「生きて、いらっしゃったの、ですね」

「ああ」


 オリガの三つ編みに結ばれたリボンを見て、さらに涙を流す。


「ああ、なんということでしょう……!」


 それは、収容所で没収された奥方のリボンだった。どこぞの貴族が持ちだしていたらしい。それが偶然、青星の村の者へと渡ったものであった。


「リボンは、わたくしが、刺したもので、姫様の、お誕生日の贈り物にと、仕立てたものでございます」


 奇跡が起きて、オリガのもとへと渡っていた。


「こんなことが、あるのでしょうか……」


 オリガは奥方と視線を合わせるべく、床に膝を突く。


「夫が見つけたものなのだが、気に入っていて、ずっと身に着けていた」


 オリガは礼の言葉を伝える。奥方は感極まった様子だった。


 その後、大使の奥方は元気を取り戻す。

 外にも出るようになり、せっせと働き始めた。

 言うか、言わざるべきか。迷ったことであったが、事態は良い方向へと進んで行った。


 その後、遊牧民は総出で戦闘の準備をする。


『パンの先生を狙うなんて、とんでもない奴らだわ』

『絶対に、許さないんだから』


 本来ならば、守られるべき女性達のほうが、やる気に満ちていた。

 木で馬の侵入を妨害する防柵を作り、穴を掘って堀を仕かける。

 集落の周辺は、石垣を築いた。


 どんどん、草原を遊牧民達が戦うために有利な場所へと作り変えていった。

 ミハイルとオリガは、遊牧民達と協力して、パンを焼いたり、ビスケットを作ったりと、日持ちする兵糧食を量産する。


 完成したものは木箱に詰めて、運ばれる。


 お昼過ぎ。

 鷹を肩に乗せたラゥ・ハオがやって来る。


 ニコニコ顔でやって来て、ミハイルの耳元である情報を囁いた。


「――明日の夜ニハ、ヤツラは、ここに到着スルラシイ」

「!」


 表情とは反する、重要な情報である。

 先ほど、報告を受けたらしい。遊牧民の情報網は広い。鳥を通じて、すぐに拡散されるのだ。


 ラゥ・ハオは警戒態勢を取るよう、部下に命じた。


『もうひと頑張りだ。警戒に当たれ!』

『はっ!』


 部下達は散り散りになっていく。


 手には布の巻いた槍を持っているかと思ったが、違った。はらりと広げられたそれは――赤い布地に、金色のトラの横顔が刺された軍旗であった。


「これは?」

「我らガ、猛虎軍の旗ダヨ」


 大使の奥方が中心となって、刺したらしい。

 力強いトラの横顔は、今にも吠えかかりそうだった。まさしく、猛虎なのである。


 話し合いの結果、遊牧民とその他の協力者が集った一団は、猛虎軍と名付けられた。


 最終的に、二百以上の軍勢となった。


「戦場の旗は、お守りナンダヨ。これを、ミハイルとオリガに、託すカラ」


 馬に跨り、戦場の後方で旗を掲げる。これが、ミハイルとオリガの役割だと言われた。


「大丈夫。絶対に勝テルヨ」

「ああ、そうだな」

「私達も、信じている」


 とうとう、決戦は明日の夜となった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ