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タイガの森の狩り暮らし〜契約夫婦と東欧ごはん〜  作者: 江本マシメサ


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村長との邂逅

 葦毛の馬ルゥイに跨り、『仕立屋 愛しきヴェローニカ』に向かった。

 店の周囲には、犬とソリがたくさん並んでいる。珍しく大繁盛でもしているのか。

 ミハイルはルゥイを木の幹に繋ぎ、店内へと入る。


「いらっしゃい」

「どうも」


 今日はロジオンの祖母が店番をしていた。

 ぺこりと会釈をしつつ、店内を進む。

 強風の影響はなかったのか、今日も整理整頓された綺麗な店内だった。

 奥には採寸をするための、開けた場所がある。そこに青星の村の屈強な男衆が腕を組んで険しい表情でいた。


 顔見知りの中年オヤジ――サーヴァがミハイルに気付き、手招きをした。


「おう、ミーシャ!」


 知らない村の男数名もいた。その中の三十代前後の男が立ち上がり、手を差し出してきた。


「初めましてだな。私は青星の村の長、マカール・イサーコヴィチ・エフレモフだ」

「ミハイル・イヴァーノヴィチ・リューリクだ」


 オリガが油断ならないと言っていた村長、マカールは見上げるほどの長身に、がっしりとした身体つきで、四角い顔に吊り上がった眉、ギョロリとした目に、ワシの嘴のような鼻と、大きな口という、強面に分類される迫力のある姿形をしていた。

 まさに、狩猟で生計を立てる森の男といった感じである。


 マカールに痛いほど手を握られ、背中をバンバンと叩かれる。

 どうやら歓迎されているようで、ニコニコしながら話しかけて来た。


「ミハイル・イヴァーノヴィチ、遅くなったが、よくぞ青星の村に来てくれた。奥方に夫を紹介してほしいと何度も言っていたのだが、断られていてな!」


 喋りながら、合間にガハハと笑う。一見して豪快で、懐の深い人物に見えるが、頭は切れ、疑い深い人物であると薬師から聞いていた。村の中で一番の要注意人物とも。


 トラ狩りを推奨していて、無謀な狩猟もしている話も耳にしていた。

 初対面であったが、弱みは見せないようにしなければと考える。

 マカールの視線が、ミハイルの黒い外套に移った。


「おっ、その外套、伝説の白トラじゃないのか!?」


 ミハイルが纏っているのは、オリガのとっておきの白いトラの毛皮で作った外套だ。

 毛並みが素晴らしい上に、温かい。


「やっぱり、そうなんだろう? さっき背中を叩いた時は気付かなかったが、ちょっと触らせてくれ」


 遠慮なく伸ばされた腕にミハイルは身構え、つい叫んでしまった。


「触るな!」


 オリガからもらった大切な外套なので、誰にも触れさせたくなかったのだ。

 シンと、店内は静まり返る。

 ニコニコしていたマカールの表情は、一瞬にして険しいものになった。

 ミハイルは内心で失敗したと思う。

 雰囲気も悪くなり、村の男達も口を噤んでこちらを見ている。

 謝らなければ。そう思い、顔を見上げると、ジロリと睨まれる。

 額に汗が滲み出て、気まずい空気が濃くなった。


「あの……」


 謝罪の言葉を探すが、見つからない。どうしようか迷っていたら――。


「村長、こいつ、いつも生意気で!」


 マカールの肩をバン! と叩いてやって来たのは、いつもミハイルに絡む中年オヤジ、サーヴァだった。


「良い品だから触らせてくれって言っても、子猫みたいにミャーミャー言って嫌がって」


 オリガに贈ってもらった大切な品で普段から誰にも触らせないと説明すると、マカールは納得したようだった。


「……なるほど。それはすまない」

「いや、俺も、悪かった」


 一応、ミハイルも謝っておく。

 村長は困ったことがあったら相談してくれと言い、店から去って行った。

 その様子を見て、サーヴァはにやけ顔でつぶやいた。


「ありゃ、機嫌は直らなかったみたいだな」


 ミハイルは助け船を出してくれたサーヴァにお礼を言った。


「なんだよミーシャ。今日はしおらしいじゃないか」

「いや、だってあの人、融通利かない感じだったし」

「まあな。あいつはキレさせたらダメな男だ。何をするかわからない」


 オリガは信頼していないと注意を促し、薬師は弱みを見せるなと言っていた。

 要注意人物であることは確かだった。


「しかし、ミーシャ、お前は悪くないよ、たぶん」

「たぶんって、どういうことなんだ?」


 肩を組まれ、耳元で驚きの情報が囁かれる。


「マカールの奴、オリガに随分と熱を上げていて、何度も父親のアンドレイに娘と結婚させるようにと、頼み込んでいたらしい」


 しかし、オリガの父アンドレイは決して頷くことはなかった。


「もしかしたら、アンドレイは娘が年頃になったら、別の場所に行くつもりだったのかもしれん」


 ここで意外な事実が発覚する。サーヴァはさらに声を潜めて囁いた。


「これも憶測だが、オリガの親父は軍人だったんじゃないかと思っている」

「!」


 二十五年前、突然やって来たアンドレイと赤ちゃんだったオリガ、それから老夫婦の面倒を見たのはサーヴァだった。

 家の手配をして、村の事情を説明し、狩猟のあれこれについても説明した。


「ひと目でワケアリだとわかる御一行様だったよ」


 さらに、アンドレイは村人の輪へ、積極的に馴染もうとしなかった。

 そのおかげで、ミハイルに会う前のオリガも、独りで暮らすことを当たり前としていた。


「話は逸れたが、今回絡んできたのはオリガの夫であるお前への嫉妬も含まれていた。だから、気にするなよ」

「わかった」

「だが、奴に隙を見せるな」

「肝に銘じておく」


 素直に頷くミハイルの頭を、サーヴァはぐしゃぐしゃと撫でた。


 ここで、昨日の嵐のような風の話題になる。そこで、ミハイルはハッとなった。


「それはそうと、今日は頼みたいことがあって」

「おう」


 店にいた男衆は、昨日の風で被害に遭った村人達を助けるために、店に来ていたのだ。


「これが『キタキツネの会』の主な活動だ」

「……前に誘った時は、酒盛りをして、女の話で盛り上がる会だと言っていなかったか?」

「本当の活動内容を言ったら、誰も入りたがらないだろう?」

「どうしてそうなる!」


 青星の村の男衆は、『キタキツネの会』というギルド――自治団体を作り、今日みたいな自然災害があった時など、困った際に手を貸していた。


「知っていたら、入っていたのに」

「いや~、誘い方を間違ったな~」


 マカールは『キタキツネの会』の一員ではなく、自主的に村人達に手を貸そうと、店にやって来ていたらしい。途中でミハイルに会い、機嫌を悪くさせて帰ってしまったが。

 サーヴァよりもう一度入らないかと誘われ、ミハイルは頷く。


「村にはもう一つギルドがあって」


 村長のマカール率いる、『輝ける黄金のトラを射止める会』である。


「名前の通り、トラ狩りを目的とする会なんだが」


 村人間にある暗黙の決まりを破り、トラが出現しそうな場所ならばどこでも現れる、礼儀がなっていない集団であった。


 『輝ける黄金のトラを射止める会』の組合員とうっかり森で出会い、諍いの種になったことは一度や二度ではない。


「『輝ける黄金のトラを射止める会』は村の若者を中心に構成されている。もし、誘われても断ったほうがいい」

「いや、目の敵にされたから、誘われることはありえねえだろ」

「わからないからな」


 一応、注意するようにと釘を刺された。


 やっとのことで本題へと移る。

 ミハイルは『キタキツネの会』の男衆に家の惨状を説明した。

 すると、今からでも家に来てくれると言う。


 ミハイルは深々と頭を下げた。


 一時間後、帰宅を果たし、すぐに家に刺さった倒木を抜く作業に取りかかった。

 ミハイルの寝室のすぐ外には、大きな白樺の木があった。

 以前オリガが話していたことを思い出す。春になるとリスが木を登ってやって来て、窓枠に飛び移り、家の中を覗いていたらしい。

 リスを見ることを楽しみにしていたが、それも叶わなかった。

 これが、自然の中に身を委ねて暮らすということなのだろう。そう思うしかない。


 敷地内にあった白樺の木は風に煽られ、折れてしまった。


 部屋に侵入している白樺の幹に縄を括りつけ、地上に垂らす。

 ミハイルを含む五名の男達が、一気に引いた。

 すると、あっけなく倒木は地面に落ちた。


 地上に残っていた木も、斧で伐採してもらった。

 ここの白樺は水分が多く、利用価値は少ないと言う。


「春だったら、樹液が採れたが、今はちょっと早かったな」


 樹皮はしっかり乾燥させたら、暖炉の火の種になる。

 材質がやわらかいので、家具にも向かないらしい。

 ミハイルはなるほどなと思いながら、男衆の話を聞いていた。

 使い勝手が悪いので、その辺に投げておけと言われた。

 しかし、本当に利用価値がないものか。

 じっと見つめていると、ふと、幹の一部が黒ずんでいることに気付いた。樹木の病気だろうか。サーヴァに尋ねてみる。


「なあ、白樺の木の一部が黒ずんでいるんだが、あれは?」

「ん? あれは――珍しいな。チャーガがあるぞ」

「チャーガ?」

「漢方薬になるキノコだ」


 白樺の宝石ともいわれるチャーガ。白樺の木に寄生し、十年以上かけて成長する。さらに、幻のキノコと呼ばれ、高値で取引されていた。


「よかったな。商人に取引を持ちかけたら、いい品と交換してもらえるだろう」


 効能は抗酸化作用に加え、老化抑制効果、高血圧安定などなど。


 もしも漢方薬として使いたいのならば、薬師のもとへ持って行くといいという助言を受けた。


 こうして、ミハイルは思いがけないお宝を入手した。


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