168 またされ貴族と聖書の一節
カーカナでのプリンター運用指導
「ターレーお姉様、どうかしましたか?」
そう聞いてくるカーレーに私は、聞き返します。
「ええ、なんで私達がカーカナに居るのでしょうね?」
カーレーがサーレーの方を向く。
「何でだろうね?」
「中央、王族からの命令だから仕方ない事だと思います」
サーレーの答えが劇の台詞にしか聞こえないのは、気のせいでは、ない筈です。
そのまま視線を同行しているダースー殿に向ける。
「ダースー殿は、どう思われますか?」
ダースー殿は、視線を逸らしたまま回答してくる。
「刻印柱の運用指導は、リースー王子が自ら行うと自薦していたのですが、ルースー王子が反対され、譲歩案としてソーバトに話が行ったのです」
イーラー叔父様から聞いたとおりの話で、そこに嘘は、無いのは、確かの様ですが言っておく事があります。
「今後、私を通さずに妹達とやりとりしたら、私の居ない場所での接触出来ないようにしますからね」
長い沈黙の後、ダースー殿が何か言おうとした瞬間、サーレーが止める。
「反論は、無駄にダメージを増やすだけです」
「解った。気をつけよう」
ダースー殿がそういって話は、終わった。
とにかく私達は、いま、カーカナ領主の城に居います。
理由は、先程ダースー殿が言われた様に刻印柱の運用指導の為です。
事前に中央から通達があった筈なのですが、包の中刻(午前10時)に来てから、一刻は、既に過ぎ、先程、金の刻(16時)を知らせる鐘が鳴っても呼び出しがありません。
「これって、完全に嫌がらせだよね」
そう呟くカーレーを諌めます。
「そういう事は、口にしては、いけません」
「俺の事は、気にしなくても良いぞ。俺もいい加減腹を立ててるからな」
不機嫌そうなダースー殿の言葉に私が訂正します。
「そうでは、ありません。曖昧な根拠を口にする事で思考がそちらに向かうのが駄目なのです」
「嫌がらせなのは、間違いないですよ」
そう口にしたので視線を向けるとサーレーが説明してきます。
「コショカに調べさせましたけど、今回の事で教会派の人間が反感を持っているみたいです」
それを聞いてカーレーが眉を顰める。
「ここまで具体的な行動をとるほどだったのかなー」
「お前等だけで納得していないで説明しろ」
不満そうな顔をするダースー殿に私が説明します。
「事前にこちらから運用指導要項を送らせて頂いたのですが、カーカナ向けには、聖書の印刷を含めていました。ですが、サーレー達の国でもあったのですが、聖書の写生は、修行の一環とする場合もある為、教会派が反発する可能性があったのです」
「いまいち意味が解らないが、教えを広める為の聖書は、多い方が良いんだろ? だったら、印刷で大量に作った方が教会派にとっては、有利だろう?」
ダースー殿の指摘にカーレーが手を横に振る。
「宗教関係のそういった慣例ってどんなに不合理でも大切にされるもんだよ。それにね、聖書、それも偉い人が書いたそれって高く売れるんだよ。大量生産されてその価値が落ちると困る人が教会派には、多かったんじゃない?」
頭をかくダースー殿。
「教義っていうよりそっちがメインだな。それで妨害工作も兼ねてこんな下らない真似をしくさっているわけだ。ちょっと脅すか」
そういってダースー殿が立ち上がると、扉のところで待機していたカーカナの騎士に告げる。
「白の神が組し積み木は、崩れやもしれません」
カーカナの騎士は、その言葉を待っていた様に告げる。
「桜の神の指は、組まれる事が無かったのでしょう」
それを聞いてダースー殿は、頷く。
「白の神の書に汝の言葉が刻まれるでしょう」
そんなやり取りをみてカーレーが不思議そうにする。
「何であんな貴族めいたやりとりをやってるの?」
「お互いに直接的な言質をとられたくないんでしょ」
サーレーの言うとおりなのですけど、これが普通の貴族の会話なのです。
近頃、カーレー達とのストレートな会話が多くなっていた為、私も気をつけないといけませんね。
「結局、これ以上は、待てないって言って、縁が無かったんじゃねえのって邪険にされたから、その言葉を覚えているぞって脅してるだけでしょ?」
カーレーの意訳に側近達が苦笑する中、カーカナの騎士が動揺も見せていないのでダースー殿が失笑すると、表情が変わった。
「中央を甘く見るな。今回の件は、王族公認の派遣だ。その一行を無礼な態度で門前払いをしてタダで済むとは、思うなよ。当然、お前もだ」
ダースー殿の豹変にカーカナの騎士が顔を引きつらせる。
「ま、まだ成人もしてない者が親族の権力で何でも通ると思っているのか?」
ダースー殿が突き刺すような視線を向ける。
「理解していない様だな。もう一度言うぞ、これは、王族の決定で動いている事だ。それをその臣下でしかない者達が拒むことが許されるとでも思っているのか!」
「馬鹿を言うな、たかが書類の作り方の一つや二つの事で王族が何かを罰する訳がなかろうが!」
カーカナの騎士の言葉にカーレーが立ち上がる。
「ダースー殿、もう良いと思います。カーカナは、そういう領地だと報告するそれだけで十分な筈です」
ダースー殿も応じる。
「そうだな。国王にその旨を報告する。お前の事を含めてな」
「ま、待て! 本当に国王へ報告されるのか?」
信じられないって顔をするカーカナの騎士に対してダースー殿が断言する。
「刻印柱の全権は、国王が管理されている。その命で動いているのだから報告するのが当然だろう」
そういって背を向けるダースー殿、私達も帰る準備を始める中、カーカナの騎士の一人が慌てて報告に向かった。
私達の帰りの準備が終わる前に扉が開き、カーカナの次期領主候補、トーミー=カーカナ殿が入って来られ、私達に頭を下げられた。
「申し訳ございません。連絡不徹底で領主である父の所まで話が来て居りませんでした」
「中央からの通達が届いていないで通じると?」
ダースー殿の言葉にトーミー殿が首を横に振る。
「解って居ります。今回の事は、領主一族の失態です。後日、領主自らが中央に釈明に参ります」
本当に想定外の事だったのだろう。
だとしたら、今回の工作をしたのは、かなり上の人間になる。
厄介な事になりそうです。
「釈明は、結構。但し、こうして無駄にした時間は、カーカナが得るべき知識を失わせた事を理解して貰いたい」
「重々に」
トーミー殿がそういって、早々に場を設えられた。
「それでは、刻印柱の運用指導を始めたいと思います」
そうカーレーが笑顔で口にするが、カーカナ側の反応は、様々だ。
失態を取り戻そうと注目するトーミー殿を中心とした領主派。
それとは、逆に完全に不快そうな顔つきをするのが、現領主の兄上の長男、キーミー=カーカナ殿。
「何故、初年の学院しか済ませていない者に教えを請わねば成らぬのだ!」
「キーミー、発言を控えよ!」
トーミー殿が抑えようとするが、逆に反発するようにキーミー殿が声高に告げる。
「だいたい中央は、何を考えておられるのだ。この様な成人していない者達を遣すなど、カーカナを侮辱しているとしか思えんぞ!」
カーレーは、微笑んだまま告げる。
「一つ、言わせて貰えましたら、あちきがこうして指導役をやっているのは、偏に時間が無いからです」
その一言にトーミー殿の表情が歪む。
しかし、実際にそうなのです。
本当でしたら、私がメインにじっくりと指導する予定でしたが、愚かな工作の為、時間が無く、変更せざる得ない状態になっているのです。
「別段、我々は、頼んだことでは、ない」
強気の態度を崩さないキーミー殿がダースー殿に睨まれ、少し怯む中、カーレーが続ける。
「これ以上、時間を減らせませんので進めます。刻印柱は、文字や絵を描く魔法具です。今までのとは、違い、マホコンに使って居た情報刻印機で入力した長文を書き出せます。ただ、これだけでしたら、普通に書くのと一緒なのですが、刻印柱の一番の利点は、同じ文章を何度も書き出せる事です。会議や領民への通達等の同様な書面を大量に必要な場合に最もその効果を発揮します」
「先程、改めてお渡しした指導要項にもその運用例が書かれていますので参照してください」
私が補足するとトーミー殿は、真剣に目を通す中、キーミー殿は、開こうともしません。
「他にも申請書類等において、項目等を書き込んだ紙を用意する事で、効率をあげられます」
カーレーは、淡々と説明を続け、私がそれを補足していく形で指導が続きますが、その中でもキーミー殿の態度は、変わりませんでした。
一通りの説明が終わった所でカーレーが頭を下げる。
「ご清聴ありがとうございました。今回の事が、白の神の導きにて、金の神の恵み足らんことを」
「実に解りやすい物でありました。カーカナでも早急に運用内容を検討していきます」
トーミー殿のその社交辞令とも言える言葉をきっかけにそれは、始まった。
「問題は、そこだ! 指導要項にあげられた聖書の写生を魔法具にやらせるとは、なんと不信心な事だ! そのような事が許されると思っているのか!」
キーミー殿がそう声を荒げると教会派と思われる貴族達が次々と同調していく。
不信心という言葉に、領主派も下手に口を出せないで居る中、カーレーは、私以外に気付かれない様にサーレーを見た。
サーレーは、紙で顔を隠しながら、合図を送って、カーレーに目標を伝えていた。
「えーと確認したいのですが、聖書の写生をする事は、信仰心を確かめる為に必要な事なのですか?」
カーレーは、そう尋ねたのは、キーミー殿の隣に居た最年長の貴族でした。
「当然であろう、布教の為に真摯に聖書を写生する事こそ、信者として当然の事では、ないか」
自信満々の応えに対してカーレーが聖書を取り出して、その一ページを開く。
「そうですか、ですが、その聖書の一節に『本当の信心とは、形に出来る物では、ない。真に教えを伝えたいのであれば自らの言葉で伝えるべきである』ってありますが、この解釈をお教え下さいますか?」
教会派の貴族達が驚き、自らが携帯している聖書を確認し、その一節がある事に驚く。
「これは、だな……」
必死な表情で色々とうわ言の様に言うが答えが出せない貴族を横目にカーレーが自分で答えを出す。
「あちきは、思うのです。信者を増やすには、多くの者に神の教えを伝えなければいけない。その為には、多くの聖書が必要で、仕方なく写生をして居られたのだと。こうして聖書を魔法具で作れるようになれば、その時間で、聖書を見てまだまだ未熟な信者達に自らの言葉で正しい信心を伝える事が出来るのでは、無いかと」
「そうだ、そう言いたかったのだ。多くの者を救う為、敢えてそうしていたのだ。そなたが言うようにその手間が無くなれば自らの言葉で正しき信心を伝えられるだろう」
最年長の貴族がそう口にしてしまっては、キーミー殿の抗弁も意味が無くなり、悔しげな顔をする中、トーミー殿が笑みを浮かべる。
「より高い信仰を見せてもらいたいものだ」
こうして、私達の指導は、少し予定とは、違いましたが終わった筈でした。
聖書の一説は、完全に創作です。
だいたい、金の神って言えばあの神様ですからね。
言葉より実戦って言いそうです。
次回は、今回の裏事情って感じです




