第12話 開戦
東征軍と森の民との事前交渉は決裂し、開戦してから一週間ほどが経過していた。
宿営地の天幕の中、東征軍の主だった面々が集まっている。
軍団長の御堂、副団長の佐倉、神狩の御雷と霧嶋、甲軍長の千蔵、武者の隊長格が数人。
天幕の中は重苦しい雰囲気に包まれていた。
東征軍と森の民ではそもそもの数が違う。地形的な問題で多少の困難はあっても、結局は数の優位で押し切れると、当初はそう考えられていたのだが、蓋を開けてみれば現在は東征軍が劣勢だった。
「侮っていたつもりもありませんが、こうまで勝手が違うとは……」
佐倉の言葉はこの場にいる全員の内心を代弁していた。
御堂が苦虫を噛み潰したように顔をゆがめる。
「シシリクか! あの若造、本当に戦をする気が無いとはな!」
苦々しく吐き捨てる。京を進発してから負け知らずの東征軍が、ろくに戦を知らない森の民にいいようにあしらわれている。御堂にとっては屈辱以外の何物でもなかった。
事前交渉の席上、森の民の代表となったシシリクは言ったのだ。
「俺達は戦をするするつもりはない」
と。
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霧嶋が帰還したのが十日ほど前の事である。
実は熊の狂神に襲われた時、霧嶋の機転で生き残った甲軍兵が、森の民との接触を避けながら下の村を監視していた。東征軍側では霧嶋の無事と森の民の戦力が集結しつつあることは把握しており、この時までにカムイの森攻略のための宿営地が森の外縁近くに設営されていた。
約半月、下の村に滞在していた霧嶋は、その間に収集した情報を全て報告していた。
シシリクやコジカ、サンシエといった森の民の中心となる人物達、集まった戦力の数や下の村の構造などだ。
森の民の戦力が約二百と聞き、御堂は「そんなものだろう」と頷いた。
森の民の総数が全ての村を合わせても千に満たないだろうという話は以前に出ていた。半分は女性だろうから残りは五百。老人や子供など年齢的な要素を加味すれば三百。それぞれの村にもある程度の人数は残すだろうから、普通に見積もれば最大でも二百が動員可能な人数の上限だと予測されていた。
対して東征軍は二千人規模の軍団だ。戦力差は十倍にもなる。それはまともな判断力を持つ指導者なら、戦わずに負けを認めるしかない数字だった。
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交渉は東征軍側が御堂と佐倉、護衛役として御雷と千蔵。
森の民側はシシリクとサンシエ、護衛役としてコジカと鋼。
現れた鋼に東征軍側がざわついたのは言うまでも無い。松前で屍身中を解放した鋼は東征軍にとって怨敵であるし、鋼が森の民に組するのであれば戦力として侮れない。
東征軍側で主に交渉にあたるのは、当然ながら佐倉ということになる。
これまでの交渉であれば建国神話から解放戦争への流れで話を始めるところだが、シシリクがその矛盾点を突いてきたという報告は受けている。佐倉はもっと単純に話を進めることにした。つまり京の支配下に入るなら良し、抵抗するなら戦になる。大義名分云々をまるごと省いているから、ほとんど脅迫しているようなものだ。
佐倉の切り出しにシシリクがうっすらと笑みを浮かべる。森の民側はシシリクが交渉にあたるようだった。
「キリシマに聞いているようだな。つまらない話を二度も聞かずに済んで助かる。ところで、これはキリシマもはっきりしたことを言わなかったんだが、京がカムイの森を支配下に置くというのは、具体的にはどういうことなんだ? そちらの誰かが森主になるということなのか?」
「まあ、そういうことになるな。我々は支配地を藩としているから、藩主という名称に変わるが」
「そちらの呼び方はどうでもいい。森主が変わるだけで良いなら、そちらの申し出を受ける事もできる」
意外とあっさり決まってしまいそうで、かえって佐倉は慌てていた。
「それは森の民の総意なのか?」
「ここで俺がする判断はカムイの判断だと考えてくれて構わない。俺の考えがカムイの意に沿っていることは確認済みだ」
「ならば……」
「待て、俺は森主が変わるだけで良いなら、と言ったぞ」
勢い込んだ佐倉の言を遮り、シシリクは言った。交渉の席で相手の言葉を遮るのは大変無作法な振る舞いだが、そもそもこういう交渉事が初めてであろうシシリクにそれを指摘する者はいなかった。
「変わるのは森主だけ。つまり、それ以外が変わらないならば、だ。森と、森に棲む獣や獣神、そして俺達がこれまで通りに暮らせること。これが条件だ。これが呑めるか? 神狩の末裔に」
シシリクが「京」を「神狩の末裔」と言い換えてきた意図は明白だった。これは東征軍内でも事前に議論があった部分だ。
「残念だが、我々は獣神を神と認めていない」
「なら別の名前を付ければいい。そちらの呼び方がなんであろうとそれはどうでもいい」
「……京の支配下に入るのであれば、君達が獣神を神として扱うことも認められない」
「俺はこれまで通りに、と言ったはずだが」
「君は我々を神狩の末裔と呼んだな。あくまで獣神を神として扱うなら、我々は神狩の末裔として獣神を狩ることになるぞ」
「わからんな。どうしてそう拘る? どう呼ぼうとそれでなにが変わるわけでもないだろうに」
「変わるから……拘るんだがな」
溜め息交じりに佐倉。「おい」と御堂が注意を促す。佐倉が口にしたのは今のところ京の一部でしか発言が許されていない内容だった。
「どうもその点での妥協はできんようだな」
御堂が身を乗り出す。
「最初に佐倉が言ったな。支配下に入るなら良し、抵抗するなら戦になると。もう一度、それを踏まえて考えてみてはどうだ?」
御堂としては交渉に不慣れなシシリクに助け船を出すつもりの発言だった。しかしシシリクの返答は頑なだった。
「一番大事な部分だ。考えれば変わるというものではない」
取りつく島も無いとはこの事だろう。大きく息を吐いて御堂は乗り出していた身を戻す。
「それでどうするんだ? そちらの戦える人数は二百というところなのだろう? こちらは二千だ。この戦力差で戦ができると思っているのか?」
「戦をしたいのはそちらだろう? 俺達は戦をするつもりはない」
これには御堂や佐倉だけでなく、護衛として後ろに控えていた御雷と千蔵も呆気に取られた。霧嶋からの報告ではシシリクという少年は年に似ず論理的に物事を考えているとの事だったが、これはどうしたことだろう。交渉の席にあって、支配下に入るか抵抗して戦になるかという選択を迫られながら、支配下には入らぬし戦もしないと言う。
「支配下に入るか戦をするか、か。ならこちらはこう言おう。カムイの森は放っておいて他へ行け。さもなくば痛い目を見ることになるぞ」
こうして、極めて短時間で交渉は決裂、東征軍は森の民との戦を行うことになった。
だが、シシリクが言った通り、それは戦とは呼べない展開となったのだった。




