第10話 霧嶋と森の民2
戦における敵陣営として村を観察していると、圧倒的に兵種が偏っているとわかる。
狩猟と採集を生業とする森の民らしく、誰もが弓を持ち、扱いもさまになっている。生きるために弓を使い続けてきたのだから腕前もそうとうだろうと思われる。遠間での矢の射掛け合いになったら東征軍でも苦戦するかもしれない。
それに反して近間で戦えそうなのは巨大な剣を背負った男、コジカ一人だけだ。
刀が主流になっている昇陽では剣をあまり見かけないのだが、コジカのそれが規格外だというのは嫌でもわかる。大きくて分厚いそれは剣の形をした何か別の物なのではないだろうかとさえ思えるほどだ。しかしコジカが真実それを使いこなせるのだとしたら、発揮される破壊力は恐るべきものだろう。
そして間違いなく、彼があの巨大な剣を使いこなせるのだと霧嶋は確信していた。伊達や酔狂で持てる物ではないし、それが実際に使いこまれているのだと見て取れる。
そのコジカは、村の中では年長の部類に入るだろう。二十代半ばというところのコジカよりも年上に見える男はちらほらと見かける程度だ。
その点を問うと、いつもはひょうひょうとしている男が表情を沈ませ、
「俺がまだカナくらいの歳のときにいろいろあってな。俺より上の歳の男がごっそりといなくなっちまったんだ」
と言った。その話題は森の民にとって好ましくないらしく、いつもは気安く話のできるコジカがそれきり後を続けることは無かった。
その時に気まずくなった雰囲気を変えようと、シシリクとカナの兄妹について尋ねてみた。
「これは私の気のせいかもしれないけれど、どうもカナは兄のシシリクよりもサンシエに懐いているように見えるのだけど」
と。カナの様子を見ていると、シシリクを尊敬しているし慕っているのは確かなのだが、気づけば一緒にいるのはサンシエなのだ。「あの二人はとても仲良しなのね」と付け足すと、コジカは「そりゃそうだ」と頷いた。
「あの二人はいずれ契りを交わすことになってるからな。カナがまだ小さいから無理だが、体の準備ができたら一緒になるだろう」
「契りって……結婚するということ? あんなに小さいうちから結婚相手が決まっているの?」
問い返した霧嶋は、いわゆる政略結婚を連想していた。一方は森主の血族であるカナ。もう一方は森の中でも有数の呪い士サンシエ。有力者同士の結び付きでさらに権力を得ようとしているのかと。
そんな内容をやんわりとした表現で言うと、コジカに呆れられた。
「京じゃあそんなふうに相手を決めるのか? そんなのはいつの間にか当人同士の間で決まってるもんだろうに」
もちろん京でもそれが普通だ。ただし農民や町人などならば、だ。
霧嶋はもう十八才になる。このまま東征軍に身を置いていれば、確実に行き遅れるだろう。しかしいくら年増になったとしても、結婚相手に困ることはありえない。霧嶋の持つ破神は神狩の能力としては貴重だから、彼女との子を成したいという男は掃いて捨てるほどいるはずだし、いずれそういう男と娶されるはずだ。
結局のところ霧嶋自身ではなく、破神の力を伝える血脈が重要なのだが。結婚相手を選ぶ自由は霧嶋には無かった。
羨ましい、と霧嶋は思ってしまった。それが顔に出てしまったのか、
「なんならお前、ここで相手を探してみたらどうだ? 残念ながら俺はもう無理だがね」
既婚者であるコジカに余裕たっぷりに言われてしまった。
*********************************
「京はどうして戦を始めたんだ?」
ある時、シシリクがそう尋ねてきた。
若くして村長となり、今もこの村に集まって来た数多くの男達(その中にはコジカのようにシシリクより年上の者もいる)をまとめる立場にあるシシリク。当初霧嶋は森主カムイの血縁であるという出自がシシリクを村長たらしめているのはないかと疑っていた。しかし村の中での彼の振る舞いを見ていると、けしてカムイの威光を借りるようなことはなく、かえってカムイを嫌っているようなふしさえあった。きっかけは確かにカムイの血族であるということかもしれないが、村長であり続けられるのは彼の実力だと思えた。
シシリクの質問に対して、京に伝わる建国神話や解放戦争を引き合いに出し、京の昇陽統一における名分を話すと、シシリクは首を捻ったものだ。
「それはおかしくないか? お前達は『大陸の掠奪者から救ってくれたのは神だが、自分達の土地を神にくれてやるわけにはいかん』と言って解放戦争とやらをしたのだろう? だったら俺達がこう言ったらどうするんだ? 『神から解放してくれたのは京だが、自分達の土地を京にくれてやるわけにはいかん』と」
これに返せる言葉を霧嶋は持たなかった。これまで落としてきた国々では京の建国神話や解放戦争の伝承を否定して「だから土地はやらん」と抵抗することはあっても、シシリクのようにひとまず肯定したうえでその矛盾を突いて反論してくるようなことはなかった。
シシリクとはこういう鋭い事を言ってくるような少年なのだ。物事を理論的に考える素養がある。
松前などでは森の民を未開の森に住む野蛮人のように見る向きもあった。
この村で暮らすうちに、それがとんでもない誤解であると霧嶋にはわかった。




