第21話「第211層、先に決めない」
帰還経路は、途中で駅になった。
線路はない。
ホームだけが、暗い空間へ何十本も突き出している。
それぞれの先に扉。
青。
赤。
白。
数字のない発車標が、行き先の代わりに世界線を流していた。
こういう帰還中継層は何度か使った。
迷宮から出る者を、接続可能な世界へ振り分ける場所。
捕食の地図。
【第211層】
【帰還中継領域】
私の前に一本、線が出る。
【帰還先:PANDEMONIUM】
【所要:18秒】
簡単。
隣を見る。
第203層で救出した人。
線がない。
地図を開き直す。
【同行者:帰還先未確定】
「出ない」
「何が?」
「あなたの帰る場所」
相手は少し黙った。
「やっぱり?」
◇
最初の扉が来た。
白。
私の線。
扉が開く。
向こうに、見慣れた廊下が見える。
ぱんでむ。
十八秒どころか、一歩だった。
地図。
【推奨:帰還】
私は動かない。
扉が閉まる。
消えた。
「行かないの」
「一人なら行く」
「私、ここに置いてっても平気だけど」
「そうか」
「……行かないんだ」
「帰る場所が決まってない」
「私の?」
「そう」
次の扉が滑ってくる。
赤。
地図が反応する。
【同行者適合率:61.4%】
向こうは雨だった。
石造りの町。
知らない人間が傘を差して歩いている。
「知ってる?」
「知らない」
閉じる。
次。
適合率、72.8。
砂の町。
「知らない」
次。
84.1。
森。
「知らない」
数字だけなら上がっている。
私は記録帳を開く。
候補一。
候補二。
候補三。
書きかけて、やめる。
◇
三十七本目。
適合率、99.2%。
小さな港町だった。
夕方。
木造の桟橋。
黄色い屋根。
鐘楼。
地図。
【言語適合:100%】
【生態適合:100%】
【文化適合:98.7%】
【長期生存予測:良好】
「ここなら生きられる」
相手が扉の前へ行く。
向こうから潮の匂いが来る。
足を止めた。
「違う」
「何が」
「知らない」
扉が閉じ始める。
地図。
【高適合帰還先を放棄】
【再探索効率:低】
私は扉を押さえない。
閉じた。
「ごめん」
「なぜ謝る」
「いい場所だったから」
「そうだな」
「なのに、違うって言った」
「聞いた」
それだけ。
◇
六十四本目。
地図の表示が変わった。
【帰還候補探索上限】
【以後、適合率低下】
ホームの照明が一列消える。
遠くから順番に、扉も減っていた。
この層は永遠には開いていない。
残り。
十二分。
私なら、全部の扉を固定できる。
層そのものも止められる。
ただし。
地図。
【中継領域強制固定】
【帰還先判定機能:停止】
止めれば、探せなくなる。
壊しても同じ。
敵ではない。
攻略すれば困る。
「時間がある」
「どのくらい?」
「十二分」
「短いじゃん」
「十分ある」
相手が笑った。
「強い人の時間感覚、分かんないな」
私は次の扉を見る。
◇
七十一。
七十二。
七十三。
知らない。
違う。
知らない。
七十四本目。
扉が開いた。
何もない。
白い平原。
遠くに黒い山。
家もない。
人もいない。
適合率。
43.8%。
低い。
私は次を見る。
隣が動かない。
「どうした」
返事がない。
扉の向こう。
風。
草が揺れる。
それだけ。
相手がポケットから金属片を出した。
第203層で、床を叩いていたもの。
曲がった薄い板。
ずっと持っていた。
風が吹く。
金属片の端が震えた。
小さく鳴る。
かん。
相手の指が止まった。
「この音」
もう一度。
かん。
「知ってる」
地図。
【適合率:43.8%】
【長期生存予測:低】
【居住痕跡:検出なし】
私は地図を閉じる。
「何を知ってる」
「風」
「風?」
「この鳴り方」
相手は金属片を握る。
「たぶん、前にも聞いてた」
残り、四分十一秒。
扉は閉じ始めている。
私は手を伸ばせば止められる。
止めない。
「行く?」
相手が私を見る。
長い。
十秒。
二十秒。
地図なら、とっくに答えを出している。
43.8%。
非推奨。
私は待つ。
「行く」
「分かった」
◇
扉の向こうへ一緒に出る。
風が強い。
足元の草が膝まである。
地図が警告する。
【帰還先不一致の可能性:高】
相手は歩く。
十歩。
二十歩。
止まる。
しゃがむ。
草の中から石を拾った。
灰色。
何の変哲もない。
裏返す。
底に、青い塗料が残っていた。
相手の手から、金属片が落ちた。
草へ沈む。
「……これ」
石を両手で持つ。
「知ってる?」
「うん」
それ以上は聞かない。
遠く。
黒い山だと思っていたものの裾に、直線が見えた。
崩れた壁。
その奥にも。
もう一つ。
草に埋まった町。
地図が更新される。
【旧居住圏検出】
【世界線照合中】
数字が動く。
43.8。
61.2。
88.9。
99.7。
相手は見ていない。
走っていた。
◇
町は滅びていた。
帰る家が残っているとは限らない。
人が残っているとも限らない。
それでも。
相手は、崩れた門の前で立ち止まった。
門柱に青い塗料。
石と同じ色。
手で触れる。
「ここだ」
私は地図を見る。
【帰還先:確定】
遅い。
そう思った。
でも。
地図が間違っていたわけではない。
私が持っていなかった情報を、あの人が持っていた。
記憶ですらない。
音。
風。
石の色。
数字にする前のもの。
「摩天」
呼ばれる。
「ありがとう」
「私は待っただけだ」
「それが助かった」
私は少し考える。
「そうか」
◇
ぱんでむへ戻る。
今度は一人。
記録帳。
「第211層」
「帰還候補:74以上」
「最高適合候補:99.2%」
「採用:43.8%」
その数字を二本線で消す。
「最終照合:99.7%」
また消す。
少し考える。
書く。
「帰る場所は、私が先に決めるものではない」
その下。
「地図にない情報を持っている者がいる」
閉じる。
十八秒で帰れる扉を、今日はずいぶん遠回りした。
悪くなかった。




