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第7話 SS7 陸別の衝撃、泥に咲く一輪の華

1

 1日目LEG1。

 ラリー北海道のハイライトのひとつ、陸別サーキット。広大な敷地の高低差を活かしたアップダウンと、擂り鉢状の地形に張り巡らされたテクニカルなコーナー群。ここは、観客席からコースの大部分が見渡せる「スタジアム・ラリー」の舞台であり、ここは、ドライバーの『格』が残酷なまでに露呈する場所だ。


 コース下のサービスエリアでは、この日だけの「リモートサービス」が展開されていた。

 TGRワークスのブースは、まさにプロフェッショナルの極致だ。静寂に近い整然とした空気の中、寸分の狂いもなく動くメカニックたち。

「タイヤ内圧、コンマ一下げて。路面温度の上昇が予想より早いわ」

 ドライバーの冴木凛が冷徹に指示を飛ばす。彼女の純白のヤリスは、激しい走行の後だというのに傷ひとつなく、まるでショールームの展示車のような気高さを保ったまま、次のステージを待っていた。


 対照的に、桜華女子大のテントは戦場そのものだった。

「鉄平さん、左リアのダンパーから異音がしますわ!」

 麗華が鋭く指摘し、佐藤鉄平と北旺大自動車部の面々が泥まみれで車体の下に滑り込む。

「わかってる! 麗華さん、あと三分で出すからな! 陽葵ちゃん、動揺すんな、水飲んでろ!」

 リモートサービスという限られた設備と時間。泥臭い執念と、なりふり構わぬ情熱だけが、パステルピンクのヤリスを「競技車両」として繋ぎ止めていた。


2

 いよいよSSスペシャル・ステージの開始。

 先にコースへ解き放たれたのは、TGRの冴木凛だった。

 凛のドライビングは、まさに「精密機械」による最適解のトレースだ。タイヤの空転を最小限に抑え、路面の摩擦係数を脳内計算しながら、紙一重の精度で最短ラインをなぞっていく。陸別の激しいギャップですら、彼女のマシンの姿勢を乱すことはない。

 場内モニターに刻まれたのは、他を圧倒するクラスベストタイム。

「……当然ね。これが、この道を支配する『正しい』走りよ」

 凛はヘルメット越しに、後方で待機するピンクの影を一瞥した。あんなお遊びの延長線上に、自分の領域はない。そう確信していた。


3

 そして、陽葵の番が来た。

 排気熱が陽炎となって視界を揺らすスタートライン。車内には、エンジンの咆哮を突き抜けて、麗華の落ち着いた声が響く。


「陽葵さん。……深夜の陸別、覚えていますわね?」

 麗華の白い指先がペースノートの端を弾く。その音が、陽葵の暴走しそうな心拍を一定のリズムに整えていく。

「……はい。私、もう怖くありません。……麗華さんと一緒に、たどり着きます!」


 ――スタート!

 合図とともに、陽葵はアクセルを底まで蹴り飛ばした。凛の「美しさ」とは正反対の、野性的な叫びを上げてヤリスが飛び出す。


「120 Kinks, Crest Jump! Keep middle!」(120m緩やかなコーナの連続、丘、ジャンプ! 中央をキープ!)

 麗華の声は、もはや指示ではなく、陽葵の神経と直結した信号だった。観客席のCエリアが視界の端で激しく流れる。陽葵は超高速域での姿勢変化を厭わず、クレストでのジャンプ衝撃を逆手に取るように、着地と同時にステアリングを最小限の予備動作で叩き込んだ。

 

「なっ……何、あの子!?」

 サービスで中継モニターを見ていた凛のコ・ドライバーが悲鳴を上げた。

 陽葵は、本来ならブレーキを踏むべき高速コーナーの入り口で、あえて車体を真横に向けたのだ。陸別の起伏を跳躍台にし、ジャンプしながらコーナーへ飛び込む。衝撃を強引にドリフトの慣性に変換し、四輪から火花を散らすような勢いで赤土を掻きむしる。


(――横に逃がしすぎるな。縦に残せ。前に掻け!)

 深夜の特訓で紗季から叩き込まれた、文字通り『命がけ』の感覚。道が曲がるなら、最短で貫く。その静かな確信がタイムを削り取っていく。


4

 ゴールラインを駆け抜けた瞬間、場内モニターにタイムが表示された。

 一拍の静寂の後、観客席から怒涛の歓声が沸き上がる。


『1位:成瀬 陽葵(桜華女子大) - 1.8秒差』


 沈黙したのは、ワークスのテントだった。

 泥だらけで戻ってきたピンクのヤリスから、陽葵が震える手でヘルメットを脱ぐ。砂埃に汚れ、汗に濡れたその顔は、今までにない達成感に輝いていた。


「……勝ちましたわよ、陽葵さん!」

 麗華の声が珍しく高揚していた。力強い動作で陽葵の手を握る。

「麗華さん……私、見えたんです。道が、次にどう動けって、誘ってるみたいで」


 その光景を離れた場所から見ていた紗季が、満面の笑みでサムアップを贈る。

「……フン、言うたやろ。文学もラリーも、最後は『魂』の叫びなんや」


 しかし、タイム差はわずか。

 屈辱に唇を噛む冴木凛の視線には、もはや陽葵を侮る色は微塵もなかった。そこにあるのは、獲物を狩る捕食者の冷たさだ。

「……次のSS。覚悟しておきなさい。……本当のラリーの『深淵』を見せてあげるわ」


 空の色が、ゆっくりと変わり始めていた。

 激闘の舞台は、ハイスピード林道――ヤムワッカ。LEG1の最終決戦へと移っていく。


※続きが気になりましたら、ブックマークや下の「☆☆☆☆☆」から評価をいただけると、陽葵ひまりたちの挑戦を応援する大きな力になります!

桜華女子大自動車部の物語を、ぜひ最後まで見守ってください。

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