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XNUMX  作者: 一太
43/43

xnumx(81)~(82)

(81)頭皮からは子供のような匂いがした。


ー ノアール・ホテル、俺がバンバに会いドラゴン達に拉致され、沢口明菜がマツシタと逢引きを重ねていた場所 ー

 

「でも外観は全く違って綺麗なリゾート・ホテルだったじゃないか?ノアールは・・なんと言うか無機質でモノリスみたいな・・」俺は沢口明菜の言葉をにわかには信じられなかった。

「モノリス?」

「いや、いい」

「うん・・でも入ると全然違ったの・・・カズはノアールに行った事ある?泊まったって意味だけど」

「いや、宿泊はしていない。でもちゃんと中に入って部屋に滞在したよ、そうだな・・・90分ぐらいは」監禁されていた時間も含めればもっとだが。

「じゃあ分かるかも知れないけど、あそこって全体的に暗くて廊下とかの敷物も真っ赤で独特じゃない?テッちゃんがいつも予約してくれてたから仕方なく行ってたけど、アタシ的には本当は好きな空間じゃなかった。まるで誰かの内臓にでも入り込んだような雰囲気で」

 分かるような気がする。

「チェックインしてわかったんだけど、リゾート・オハラも真っ白い外観とは裏腹に、中はまんまノアールだった。内臓みたいな廊下・・外の見えない黒くて静かなエレベーター・・平日昼間のラブホぐらい中を歩いてても誰にも会わないし・・部屋は高いところを取ったから結構広かったし、ベッドも大きかったんだけど、そのベッドもノアールと全く同じタイプだった。・・・それでアタシ段々怖くなってきちゃって・・・どうしても色々思い出すし・・テッちゃんの事とか・・」

「・・そうか。系列店という可能性もあるかも知れないな」

「わかんない、でもあそこにはいたくないの」

 確かにそうかも知れない。本当にそこまで似ているかどうかは別として、フラッシュバックを起こすようなホテルなら。

 俺達はそれぞれのドーナツを食べながらしばらく沈黙を共有した。コースターズのSearchinがやや気だるく店内に流れていた。

「わかった」

「何が?」

「実は俺も泊まる所がなくてね・・いや、実際にはあるんだけど居づらいんだ、そっちと同じぐらい・・と言ったら言い過ぎか。とにかく新しい宿を探そうと思ってて」

「そうなの?実家に泊まれないって、家族仲悪いの?」

「良くも悪くもない。ただしばらく家を離れていたら、そこの空気や人達に俺がフィットしなくなってしまったんだ」

「ふぅーん?」

「波長っていうのかな・・・落ち着かない場所ってあるだろう?またはしっくりこない集まりとか。そこにいる人と個別に会ってる時は平気なのに、集合すると居心地が悪くなる感じとか・・・キミが始めてノアールに入った時に感じていた違和感がそうだよ。・・逆にここのミスドは俺にとっては昔と変わらず居心地が良いんだけどね」

「そっか。・・・あ、キミじゃなくて明菜ね!つぎ言ったらマジ罰ゲームだから!」

「はいはい。じゃあ食べ終わったら宿探しに行こう」

「えっ、もうすぐ八時だよ、今から泊まれるところ何てあるの?年末だし部屋空いてないでしょ?」

「ああ、難しいかもしれない。でも一軒だけ当てがあるんだ、行ってみる価値はある」

 俺達は同時に立ち上がり、空になった食器の乗ったトレイを戻して、ディオン&ザ・ベルモンツのRunaround Sueに背中を押されながら店を出た。


 ちょうど道路脇に停まっていたタクシーに乗り込むと老齢の運転手は歳の差のある俺達を見て一瞬勘繰るような表情をしたが、俺はその視線を断ち切るように行き先を告げた。そして煙草臭い車内で沢口明菜の質問責めが始まる前に簡単に経緯を説明する事にした。

「昼間、駅から約十年ぶりの実家に向かう途中に昔から知っている町の人たちを何人か見かけたんだけど、その中にウリ坊おばさんがいてね」

「何それ!」と横に座る沢口明菜は当然のリアクションをした。

「ウリ坊って分かるかな?生後四か月以内のイノシシの事なんだけど、そのイノシシの幼獣をまるで自分の子供のように扱っている・・何て言うか、地元の名物おばさんみたいな人がいるんだ」

「へー」

「その人ともすれ違ったんだけど、昔と変わらずおばさんはウリ坊をベビーカーに乗せて散歩をしていてね」

「マジ?!パンチ効いてるね」

「ああ、でも田舎っていうのは恐ろしいもので外の遺物は全力で排除しようとするけど、中の遺物には余り気に留めない傾向があるんだ。もちろん実害がないという前提のもとだけど、地域の人々がひとたび認識してしまえば結構風変りな物でも、それはまるで昔からあった物のように風景に溶け込んでしまうんだよ」

「へえ、そういうものなんだ」

「ああ。だからウリ坊おばさんは俺が物心つく前から存在していたから正直、気にした事もなかった。でも東京に出てきてしばらく経った頃にNHKのニュースでウリ坊おばさんが大々的に特集されていたのを見てね」

「おおっ!おばさんブレイクじゃん」

「ははは、確かにそうなんだ。でも地元を離れて久々に画面を通しておばさんを見た時はすごい違和感だった。ウリ坊を抱きかかえて白髪のお下げを垂らして日焼けしたインディアンみたいな顔つきで・・なんでこんな変わった人を町の人達は誰も気に留めなかったんだろうってね」

「確かに。・・えっ?でも何でおばさんはテレビに出たの?いくら何でも地上波のニュースで特集されるってよっぽどじゃない?」

「そうなんだ。実はウリ坊おばさんは民宿をやっていてね、田舎だし駅から離れていて近くに観光地もない場所だから、俺の知るかぎり民宿なんていっても客なんて全く来ていなかったんだけど、まず旅行雑誌で(変わり種の体験型旅館)みたいな記事に(子供の猪と遊べる民宿!)として小さく載ったらしいんだよ、そしたらインターネットで猪の子供かわいい!とか、抱っこできるの?!とか騒がれて人気になってね、それでNHKもウリ坊と触れ合える珍しい民宿として取り上げたってわけ」

「なるほど。・・あっ!じゃあアタシ達は今そこに向かってるんだ」

「そう」

「でも、そんなに人気なら部屋なんて空いてないんじゃない?」

「いや、そうとも限らない。というか・・おばさんは元々相当変わった人なんだ。ウリ坊なしでもね。愛想も悪くて近所付き合いもほとんどなかったし、俺の知る限りはずっと独身で、通り過ぎても挨拶すらまともに返して貰った記憶がない。親から継いだ大きな家を民宿にして一人で切り盛りしているんだけど、その民宿は近所の人々に(私だって地域貢献をしているんだ)とアピールする為の、いわば形式的な物だと言っていい。ウリ坊だってきっと(私は家族のいない孤独な人間じゃないんだ)とアピールする為の物なんだよ。そうは思いたくはないけど、動物を飼っている人間が全員良い人間だなんて幻想だろう?まともな飼育をしていない劣悪な環境の動物保護施設なんていくらでもあるからね。ウリ坊おばさんが接客なんて出来る人間性じゃないって事は地元の人間達はみんな分かっていた。実際、NHKのニュースで女性アナウンサーが話を振ってもまともな返答をしていなかったし、おばさんに抱っこされているウリ坊に触ろうとした時には、威嚇したのはおばさんの方だった。その放送事故みたいな映像も逆に話題にはなったんだけど、けしてサービスの良い民宿とは言えないし、噂では布団以外は何もない上に素泊まり客しか取ってなかったらしいからね。ニュースが放送されてからもう十数年経っているし、間違いなくブームは下火になっていると思う。じゃなきゃ帰省客の掻き入れ時の今日、あんな時間にゆっくり散歩はしてないだろう。」

「なるほど・・・」と沢口明菜はシートに身を埋めて言った。

 その時どうやら会話を聞いていたらしいドライバーが「あの宿はさ、先代が隣町に住んでいて山火事で家を失った代わりに貰った家なんだよ」と割って入ってきた。俺はそれを無視できなかった・・・隣町で火事?そんな話親からも聞いた事がない。

「そうなんですか・・えっと火事なんてあったんですかね?」

「あったらしいよ、人は死んでねぇけど山の上の方は結構燃えたらしいんだ」

「原因とかは分かりますか?」

「野焼きか、山の火入れじゃねぇかなぁ?何十年も前だからよく分かんねぇけど」

「・・そうですか」

「とりあえず、今あんちゃんの言ってた事は正しいよ、十年ぐらい前まではその宿に行く客を沢山乗せたけど、今は年に二組も乗せねぇから」

「やっぱり」俺は沢口明菜の方を向いた。彼女は、うんと肯いた。俺が「もうすぐ着くよ」と言うと彼女は突然、俺の肩に頭を乗せて耳元でこう言った。

「運転手に聞かれたくないから、このまま聞いてね」

「・・ああ」

 沢口明菜の頭皮からは子供のような匂いがした。けれどそれとは別に芸能人らしい高級な香水の匂いもした。この香りは出版社のレセプション・パーティーに呼ばれた時に、どこかの社長が連れてきた若い奥さんが付けていたような気がする。しかし俺にはそのブランドを特定する事が出来なかった。

「どうしてもわかんない事があるの、こっちに来てからずっと。」そう沢口明菜は小声で言った。

「・・何が?」

「アタシ達ってさ、なんでこの町に来たんだっけ?どういう目的だったんだっけ?」

「えっと、それは・・セーラを探して・・それから・・マツシタを・・・あれ?」

「うん、カズは地元に帰ってるセーラちゃんと会うつもりだったよね?それは分かってる。セーラちゃんが見つからないようならアタシも探すのを手伝うし。でも、もっと違う目的があったよね?・・なんかテッちゃんが関係していた気がするんだけど・・何がしたかったんだっけ?・・テッちゃんはもう心臓発作で亡くなってるし・・お葬式もあった・・それで一応区切りは付いてる気もするんだけど・・それならアタシ、なんでこんな田舎まで来たんだろう?」

「確かに・・そう言われると・・」

 俺も今更セーラに会ったからと言ってなんの意味があるのだろう?フラれた人間を追い回して地元まで帰って来ただけなら、立派なストーカーじゃないか。

「すっごく変な気分なの」と沢口明菜は続けた。

「上手く言えないんだけど、確かすごく強い気持ちを持って新幹線に乗った気がするんだけど、東京から離れれば離れるほど、最初の気持ちが薄れていってる気がするんだ・・今もタクシーで駅からどんどん遠ざかって、もっと田舎の方に向かっていて・・・アタシ何だかもう、なんの為にここへ来たのか思い出せなくなってきてる」

 俺は沢口明菜のその言葉に、ハッとした。彼女に言われなければその違和感にさえ気づかなかった。・・・理由・・目的・・そういえば俺も、大嫌いな地元にわざわざ戻ってきたのは一体なんの為だったか・・・それを考えようとするとまるで頭にモヤがかかったようになってしまう・・マツシタに何か頼まれていたのか?・・サイゴウ投手にも何か言われていたような・・・ああ、俺は一体何をしに帰って来たんだ??

「はい、着いたよ。続きは中でやってくれ」と運転手に冷たく到着を告げられた。



(82)オナラだってするかもね


「キミはここで待っていてくれ、運転手さんメーターそのままで。」

 俺は沢口明菜を車内に残して民宿の敷地に入った。

 特に看板があるわけでもないので、県外から来た人間はこの大きな平屋が宿である事にはまず気が付かないだろう。外の左側からは裏手に回れるようになっている。そこからイノシシやらを飼っている飼育場へと繋がっているのかも知れない。・・はたして現在のウリ坊は、俺が子供の頃に見たやつから数えて何代目なのだろうか?・・俺は気を取り直して仕事の時のような声で「失礼しまーす」と言いながら玄関の引き戸を開けた。

 中は暗く黴臭く、ほとんど全てが木製で経年による著しい劣化が見られた。俺は少し不安になった・・もしかしたらもう民宿業はやっていないのかも知れない。返答がないのでもう一度「すいませーん、どなたかいらっしゃいますかー?」と、おばさんしかいない事は分かっているのに、敢えてそう声をかけた。だが俺の呼びかけは今回も空しく柱や壁の木目に吸い込まれてすぐに静寂が訪れた。・・・もう就寝してるとか?そう思った瞬間に、遠くから奇妙な駆け足の音が聞こえた。タッタッタッタ・・・真っ暗な廊下から小さな何者かが走ってくる、俺は一瞬たじろいだが、よく見るとそれは例のウリ坊だった。

 ウリ坊は土間に立っている俺の目の前まで来てピタっと立ち止まった。まるで(上がり框にいる私の方が立場が上なんですよ)と言わんがばかりに正面から俺を真っ黒い瞳で見据えている。・・・久々にちゃんと見るウリ坊だが、やはり昔見たウリ坊と違いが全く分からない。でもそいつはとっくに成獣になって亡くなっただろうし、一体何匹飼っているんだろう?・・・それはそうと、裏庭で飼っているわけじゃないのか・・民宿として衛生面はどうなんだ?

 流石にイノシシに宿泊予定を相談するわけにもいかず、俺は頭を掻いた。するとやっと奥から店主が現れた。

 おばさんはウリ坊を抱きかかえながら「なに?」と言った。

「えーっと、こちらは民宿だとお聞きしたんですが?」と、俺は県外の人間のフリをした。

「そうだよ」

「良かった。急で申し訳ないんですが、今から泊まれる部屋というのはありますかね?出来れば二部屋・・」と言って、俺はなんだかアポなしの旅番組をするタレントのような気分になった。

 おばさんはしばらく黙ってからそっけなく「ないよ」と言った。

 しかし玄関には来客用の靴もないし、廊下から奥を見る限り、灯りのついている部屋もない。

 俺は試しに「そうですか・・ちなみにこちらの客室は何部屋あるんですか?」と聞いた。

 するとおばさんは「四部屋」とぶっきらぼうに答えた。やはり見えている以上に奥行きがあるわけでもないのだ。人の気配も全くしないし満室であるはずがない。多分この人は、しばらく使われていない部屋のルームメイキングが面倒くさいだけなのだろう。・・まぁ夜九時近いのだから当然と言えば当然か・・・。

「数日宿泊したいんです、倍の金額を出すので何とかなりませんかねぇ・・」と俺は交渉した。

 するとおばさんはまたしばらく黙ってから「明日」と言った。

「えっ?」と俺が驚くと

「明日、三倍、一部屋」とおばさんは古いロボットのように答えた。

「明日なら空くんですか?三倍で一部屋?それはいくらなんでも・・・」と俺がしぶると

「ちょうど明日一番大きな部屋が空くんだ、何日泊ってもいい。何も出ないけどね」と言っておばさんはニヤっと笑った。挨拶も出来ないのに交渉はしてくるのか・・・。

 俺は「三倍で一部屋かぁ・・」とはっきり聞こえる大きさの独り言を言った。おばさんはそれに対して「いやならいいよ、うちは人気の宿でいつも満室なんだから」と応えてウリ坊と一緒に踵を返した。

 すると俺の背後から「それでいいよ」と元気な声がした。沢口明菜だった。

 振り向いて「おい」と言うと、おばさんは俺の隣に並んだ沢口明菜に向かって「明日、11時以降、二日分前金」と言ってから廊下の奥に消えて行った。ウリ坊は暗闇の中からキューンと鳴いていた。


 俺たちはタクシーに戻り、帰路につきながら今後について相談した。

「とりあえず一泊は駅前のホテルで我慢する。明日荷物を持ってここに来るね」と沢口明菜が言った。

「おいおい、俺はまだ相部屋について承諾してないよ」

「大丈夫だって、一番大きい部屋って言ってたじゃん、アタシは気にしないよ。オナラだってするかもね」

「そういう問題じゃない。それに一番大きな部屋がどれほどの物かも分からないだろう?」

「いいの!ノアールみたいな所じゃなきゃ。部屋代はアタシが払うし、カズが嫌なら実家に泊ればいいでしょ?アタシは明日こっちに来るからね」

 沢口明菜は腕を胸の前で組んで、子供が時々そうする(断固拒否)のポーズを取った。それをバックミラー越しに見て運転手はククッっと笑った。

「まいったな・・・」

 実際実家にも居辛いが沢口明菜と同じ部屋に宿泊するのも同じぐらい・・いや、気苦労はそれ以上かも知れない。しかしどちらかと言えば駅に近い実家より、民宿の方が捜索には何かと便利か・・・捜索?‥俺は一体何を調べたいんだっけ・・・。

「ねぇ」と沢口明菜が顔を覗き込んできた。

「迷惑かけてるのは分かってる・・でも、あのホテルには長く居たくないの・・もう、これ以上無理は言わないから・・」

 彼女に同情はしていたが、俺は簡単には答えを出せず、黙る事で保留にした。

「・・とりあえずアタシは明日の朝チェックアウトしておばさんの言ってた11時ごろにはこっちに着くようにするね。・・カズがイヤだったら来なくてもいいよ・・・でもさ、アタシは知らない土地に来てるんだよ?心細いしさ・・少しだけワガママ聞いてくれてもよくない?」

 タクシーは俺の実家の前に着いた。俺はタクシー代を払おうとしたが、沢口明菜が「アタシがホテルの前で払う。いっぺんに払った方が運転手さんも助かるでしょ?」と言った。すると、運転手も「そりゃそうだ」と余計な付け足しをした。俺はメーターを見て、ここから駅前まで向かってもお釣りが出る金額を運転手に渡した。そして沢口明菜に「お金は必ずしも迷惑と等価交換できるものではないんだよ」と言った。それから「行き道に話した(ここに来た目的)については、明日ゆっくり話そう。では11時に民宿で」と言ってタクシーのドアを閉めた。動き出した車の窓から見えた沢口明菜の顔は申し訳なさそうに、力なくはにかんでいた。


 家に入るといつもの部屋から顔を出して母親が「あら、あんた?早かったのね」と言った。

 俺が「兄貴は?」と訊くと「お兄ちゃん、いつもいつ帰って来るか分からないのよ」と言った。

 良かった。向こうには気づかれてないとはいえ、スナックにいた兄貴の姿を見た後では、何だか顔を合わせるのが気恥ずかしかった。今日はさっさと寝てしまおう。

 母親は「私さっきお風呂から出たばっかりだからまだ湯舟残ってるわよ」と、昼間よりは幾分帰省中の息子を気にしてくれている様子を見せた。

「じゃあ入らせて貰うよ。あ、でも明日の朝には出て行くからお構いなく」

「あらそう」

「まだJ市にはいるから東京に戻る前には一度寄るよ」

「そう。忙しかったら別にいいわよ」

 きっと本当に別にいいんだろうな。俺はそのまま廊下から「ところで母さんは兄貴が毎晩どこに行ってるかは知ってるの?」と訊いてみた。

「知らない」

「興味ない?」

「うーん、そうねぇー、よく働いて家にお給料も入れてくれるし、もう大人だしねぇー・・一生結婚しないのかと思うと心配だけど」

 昔から兄貴の浮いた話は聞かなかったからな・・・。

「結婚するかどうかは分からないけど、兄貴好きな人はいるみたいだよ」

「あら、そう!ちょっと安心ね。あんたの方が先にいきそうだけど」

「俺は結婚しないよ」

「あら、いないの誰か?あんた昔から結構モテたじゃない?」

「そんな事ないよ」

「そう?お兄ちゃんよりはモテたでしょう?」

「まぁ・・それはそうだけど・・」

 母親というのは息子を過大評価するものだ。

「あ、そういえば母さん、猫の姿が見えないんだけど?」

「猫?」

「昼間コタツから飛び出してきたじゃない」

「猫が?コタツの中から?何それ気持ち悪い。私が動物嫌いなの知ってるでしょ?」

「・・えっ、飼ってるんだろ?・・銀ちゃんって・・」

「銀ちゃん?何よそれ、蒲田行進曲?」

 ・・どういう事だ?・・痴呆が始まるにはまだ早い気がするが・・・。

 俺は首を傾げながら風呂場に向かった。

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