第153話 一旦落着
「一件落着でいいの?」
場所を変え、購買でそれぞれ飲み物を買っていると増倉が誰となくそう聞いた。
この時間、部活のない者は帰宅しているし、部活動も昼休憩前なので俺たち以外人はいなかった。
「う~ん。一旦落着って感じか?」
「お、上手い」
樫田がそう答えると、大槻が笑う。
他のみんなは話し合いで疲れたのか少しローテンションだが、大槻だけはどこか元気であった。
「そうね。春大会もあるし、一先ずって感じかしら」
「山路に関しては決着」
椎名と夏村がそれぞれ意見を述べる。
確かに一件落着と腰を下ろしている暇はない。
「まぁそんな感じだよね…………でも、予想外だったなぁ」
「? 何かしら……?」
増倉の言葉にみんなの視線が椎名に集まる。
本人はなんのことか分かっておらず、不思議そうな顔をしていた。
そりゃ、なぁ。
「あのビンタは予想外だったって話だよ」
代表して樫田が説明する。
うんうんと俺らは頷く。ナイスアドリブだったな。
「あ、あれは、その、気持ちに当てられたというか、その」
珍しく顔を赤くしながらたじろぐ椎名。
やべー。ちょっと面白いかも。
「それを言ったら栞が啖呵切ったのも、杉野が山路と揉め出したのもヒヤッとしたわ」
「あー、あれね」
増倉が俺の方をちらっと見る。
バカ、そんなことしたら――。
「やっぱ、あれは作戦だったんだな」
そう言って樫田がブラックコーヒーを飲む。
今度は、みんなの視線が俺に集まる。
ヤバい。バレてーら。
「どういうことかしら?」
さっきまで動揺していた椎名でさえ、冷静に俺を睨む。
あれ? 風向きが悪い?
俺は増倉を見るがそっぽ向いて目が合わない。あー、これは俺が言わないといけないやつですね。
「――実はな」
昨日のことを説明し出す。
――――――――――――――
「話って何?」
部活終わり駐輪場で、増倉が警戒しながら俺に聞いた。
そう睨むなよ。そう思いながら俺はお願いする。
「明日の話し合いで一つ頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
「ああ、山路の感情を引き出してほしい」
「はぁ?」
増倉は、訳の分からないという顔をした。
ごめんって、説明不足だったわ。
「俺さ。山路の本当の動機。たぶん分かったんだ」
「本当!?」
興奮気味に増倉が俺に近づく。
俺は慌てて補足する。
「あ、いやその教える気はないんだ。たぶん増倉は知らない方がいいと思う」
「なにそれ」
「たぶん、その方が話し合い、上手くいくと思う」
「ふーん。でも何で私? 香奈は何て言っているの?」
「いや、このことは椎名には言ってない」
そう言うと、増倉は驚く。
どうやら椎名が提案したことだと思っていたようだ。
「俺の独断だ。これは増倉にしか頼めないんだ」
「ふーん。前に協力しようって誘った時は香奈を理由に断ったじゃん」
「ああ、だからこれは協力じゃない。俺の一方的なお願いだ。頼む」
俺は頭を下げる。
数秒の沈黙。増倉がゆっくりと口を開いた。
「顔上げて。分かったから」
「ありがとう」
「杉野って結構人たらしだよね」
「どういう意味だよ?」
「別にー。で? 具体的にはどうしたらいいの?」
「分からん」
「はぁ!?」
さっきよりも鋭く睨まれる。ごめんって。
けど、分からんものは分からんのよ。
「他のみんながどう出るか分からないし、ぶっつけ本番で頼む」
「なら、みんな協力した方がいいんじゃないの?」
「それはダメだ」
増倉の質問を俺はすぐに否定する。
確かに、みんなで仕掛けたほうが望んだ状況に持って行くことはできるだろう。
「その予定調和は山路が感付くだろうから。それに……みんな迷っている。山路が辞めることを阻止すべきかどうか。明確なのは俺と増倉だけだ」
「なるほどね。そういうこと……」
増倉は俺の言葉に深く考えだした。
さすが、今の説明である程度理解したようだ。
「引き出す感情は何でもいいの?」
「大丈夫だ。たぶん山路は本音を言わずに話し合いを終えるつもりだ。だから感情的にさせてほしい」
「そしたら、後は任せていいの?」
増倉が不安そうに聞いてきた。
俺は軽く自分の胸を叩きながら答える。
「ああ、俺が必ず何とかする」
「分かった。信じるから」
増倉は笑顔で頷いた。
――――――――――――――
「てな感じで…………あ、あの椎名、さん? 何か?」
「いいえ、何もないわよ」
ぞっとするような笑顔で答える椎名。
な、なんだ!? 何で椎名怒ってんだ!? そしてみんなも「杉野は……まったく」みたいな反応してんだ!?
「まぁ、結果的にそのおかげでつつがなく話し合いを終えたんだ。良かった良かったで、いいんじゃないか?」
樫田が場をまとめるようにそう言った。
みんなの視線が俺から離れた。
助かる! ありがとう! 俺は樫田に感謝の視線を送る。
「そういえば樫田。話し合いが始めるとき、嘘はなしって言ってたけどアレは何だったの?」
増倉が思い出したかのように、樫田に聞いた。
樫田は飲んでいたコーヒー缶をゴミ箱に捨てる。
「あー、あれな。要は山路に対して釘を刺したんだよ。俺は山路が轟先輩のこと好きだったのは知ってたからな。空言言うなら俺がばらすぞっていう脅しだよ」
実際、あの一言があったからこそ山路は変に取り繕うのを止めたのだろう。
増倉は「なるほど」と納得する。今度は夏村が質問した。
「樫田と大槻はいつから気づいてたの?」
「……一年の時から、としか言えないな」
「俺も右に同じく」
「ごめん、野暮だった」
二人の答えに、夏村は謝った。
確かに、今となっては知っても仕方ないことだろう。
「二人は前から知っていたから分かるけど、杉野はどうして分かったのかしら?」
椎名の質問に、再び視線が俺に集まる。
え、それは野暮じゃないの?
「あの時、演劇部のみんなって言ってた。まさか先輩たち?」
「あ、いや、先輩たちじゃない」
やべ、素で即答しちゃった。
増倉と大槻が、気づいたのか顔を大きく変える。
「え、じゃあ、まさか……」
「おいおい」
「……はい。後輩たちに相談して、気づきました」
そう言うと、樫田以外のみんなが驚く(樫田は困ったように微笑んでいた)。
いや! 俺も言うか迷ったんだよ! でもさ!
「まぁ、言っちゃダメとは決まってなかったし……」
「いやダメでしょ! 先輩的に!」
「まさか、後輩に相談しているとは思わなかったわ」
「樫田、知ってた?」
「なんとなくだろうな、とは思ってた」
俺の発言に、それぞれのリアクションを見せる。
騒がしくなってきたところで、山路がやってきた。
「……何この状況―?」
「お、山路聞いてくれよ、こいつさ」
「僕今、傷心中なんだけどー」
やってきたばかりの山路に話し出す大槻。
「そのおかげで解決したならよかったのかしら?」
「いやいや、無しでしょ! 考えられない!」
「あら、何がいけないのかしら」
意見が対立して揉めだす椎名と増倉。
「結局こうなる」
「いいじゃん。日常が戻ってきたってことで」
呆れる夏村と悟ったように見守る樫田。
ああ、俺は思わずくすりと笑った。
だって、さっきまでの話し合いが嘘のように当たり前の俺たちがここには在ったから。




