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EX20 彼は哀れな道化か否か

 僕――山路徹郎にとって、それ初恋だった。

 始めは楽しい、愉快な先輩だなって程度だった。

 でもいつの間にか目で追って、影を探して、好きになっていた。

 それがいつからか分からないぐらい、僕は最初から轟先輩が好きだったんだと思う。


 ああ、僕も分かっているよ。轟先輩には木崎先輩(カレシ)がいる。

 だからこの気持ちと向き合うことはしなかった。

 逃げた。

 精神的にも物理的にも、逃げた。

 先輩たちと出来るだけ関わらないようにした。

 バイトがあるってことで部活をサボり始めた。


 言い訳して、

       誤魔化して、

             騙して、

                 隠して、

                     偽った。


 一年生の頃は、それで過ごせた。

 二年生になってからも、大丈夫だろうと思った。

 このまま何事もなく、ただ終わるのだと考えた。


「たぶん、欲が出たのはゴールデンウィークの時だね」


 大槻が夏村に告白したって聞いたときかな。僕の中で閉じ込めたはずの感情が熱を持ち始めたんだ。

 諦めたはずなのに、手放したはずなのに、心の奥の奥で思ったんだ。


 いいなぁ。自分も真っ直ぐに告白出来たら――。


 そんなありもしない想像をしてしまった。

 その後、公園で大槻とみんなのディベートを見て、みんなの本音と本気を感じて、僕の中で疑問が生まれた。


「不純な僕がここに居ていいのだろうか」

「これから先ここに居ていいのだろうか」


 轟先輩たちが引退した時、みんなと肩を並べるだけの本気を僕は持っているのだろうか。

 欲が出たのと同時に、僕の中で孤独な疑問が生まれた。

 だから、試すことにした。

 オーディションはそれにもってこいだった。


 春大会で主役になって轟先輩と正面から劇をしたい欲が半分。

 ここが自分の居場所だって存在証明するための気持ちが半分。

 そして、どちらも得られないんだったら辞めようという決意。

 そんな気持ちで、僕は臨んだ。


「まぁ、結果はみんなの知っての通りだね」


 当然と言えば、当然の結果。

 自分の気持ちから逃げて、部活をサボった僕が杉野に勝てる道理はなかった。

 分かってた。分かっていた。

 なら、せめてみんなには知られずに、終わりたかった。

 叶わない恋心を持っていた哀れな道化じゃなくて、仲間として、友達として終わりたかった。


「僕はね。自分の心を偽るために部活をサボってみんなに迷惑をかける。そんなやつだ…………でも、みんなの、演劇部の仲間として去りたかった」




 ――――――――――――――



 一通り話し終えると、教室は静寂に包まれた。

 みんな複雑そうな顔をしている。

 何も言わずにいる。ひょっとしたら、気持ちや考えを整理しているのかもしれない。

 僕は自分が倒した杉野に手を差し伸べる。

 杉野は少し驚いた表情になったが、すぐに手をつないでくれた。

 引っ張ると、杉野が立ち上がった。

 そして、手をつないだまま杉野は言う。


「なぁ山路。どうしても辞めるのか……?」


「うん。僕はみんなと肩を並べられない。それが分かったから」


「そんなことはない!」


 必死に否定してくれる杉野。僕はゆっくりと手を放す。

 悲しそうな顔で僕を見てくる。

 ありがとう。

 口の中だけで感謝を述べる。

 僕は樫田の方へ体を向ける。彼もまた複雑そうにこちらを見ていた。

 思えば、樫田はずっと察してくれてそれを黙っていてくれた。

 一年の頃からずっと迷惑かけっぱなしだ。

 ごめん、もう少しだけ。


「さぁ樫田。僕は全部話したよ。これ以上は――」


 終わりにしようとしたその時、目の前に椎名が現れた。

 まるで立ち塞がるように僕の前に立つ。


「? 椎名?」


 名前を呼ぶが、彼女は少し下を向き黙っていた。

 困惑していると次の瞬間、左頬に衝撃が走った。



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