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第148話 彼を前に一途な彼女は問う

「はい。私からいい?」


 意外なことに、一番に動いたのは夏村だった。

 樫田は他のみんなを見渡して対抗がいないことを確認すると頷いた。


「ああ、頼む夏村」


 誰かが息を呑んだ。

 夏村が山路を真っ直ぐ見ながら、ゆっくりと話し出す。


「他の人の話を聞いたら私の言えることがなくなるだろうから、一番初めに話させてもらう」


「それは覚悟の話かい?」


「そう。山路が知りたがっていたみんなの覚悟の話」


 唯一口を出すことが出来る山路が聞くと、夏村は即答する。

 何をどう切り出すのか、みんなが成り行きを警戒しながら見守った。


「私は……いや、私だけ未だに覚悟を持っていない。私はまだこの演劇部での青春を明確に持っていない」


「……」


「だから、始めに問わせて。山路にとっての青春って何?」


 夏村の言葉に山路の表情が強張った。

 それはずっと聞けていなかった核心だ。確かに話をするならそこからだろう。


「そうだね。僕にとっての青春を話していなかったね」


「樫田も大槻も何も言わなかった」


「そっか……」


 一瞬、山路が二人を見た。

 樫田と大槻は何を思っているのか、表情を変えずに堂々としていた。

 山路は夏村に視線を戻すと、どこか遠い目になった。


「僕さ、不真面目なりに演劇部が好きだったんだ。けど二年生になって、みんながそれぞれ目指したい理想を追求し始めて思ったんだ。ああ、置いてけぼりだって」


「置いてけぼり?」


「要するに変化を受け入れられないってこと。さっきも言ったけど、僕は度胸も熱量もないから」


 どこか早口で説明する山路。

 誰一人納得いっていない中、山路は続ける。


「僕の青春は、不真面目ながらここをいることだった。時折ここにきてみんなと話して、部活して、笑って、端役の一人であること……でも、これからはそれじゃあ、ここに居られない。椎名にしろ増倉にしろ、誰かが部長になった時、その集団に僕の居場所はない」


「なんで……? 何でそんなことが言えるの?」


 夏村が悲痛な声を上げる。

 他のみんなも色んな感情を抱きながら、山路を見る。


「覚悟を知ったから……まぁ、嘘なく言うなら、もう少し懸命に部活しろよって何様みたいなことを思ったりもしたけど、僕にはない熱量を前に決めたことだよ。ここが僕の居場所であるうちに幕を引きたくてね」


 山路の言葉に俺は胸の内が辛くなった。

 それは俺たちが全国を目指す上で、通らないといけない問題だった。

 熱量の差を前に、去る者が現れるかもしれないこと。

 それが今なのだろう。


「確かに私たちは変わったし、これから変わってく。求めるものがあって、成し遂げたいことがあって……でもそれは一緒に居る人があってのこと」


「……」


「山路。そこが居場所かどうかは幕が上がっているうちに決めることじゃない」


 夏村は真っ直ぐに山路を見ながら抗議した。

 対して山路は、落ち着き払いながら尋ねる。


「なら、いつ決まるんだい?」


「幕が閉じた時。その幕を境界線として、人は自分の居場所を決める」


「随分と詩的だね」


「山路なら分かるはず。あなたは不真面目だけど不誠実じゃない」


「どうだか」


 山路は肯定も否定もせずに、はぐらかした。

 それを夏村は悲しそうに受け取る。

 二人の話し合いがここまでかと思った時、夏村が口を開いた。


「山路。もう一つ聞いていい?」


「どうぞ」


「端役の一人であることを望んだなら、春大会どうして主役をやろうとしたの?」


 夏村の質問に、山路は言葉を詰まらせた。

 けど、すぐに笑顔になって答える。


「証明したかったから、かな。ここが僕の居場所だって」


「……そう、なんだ」


 夏村はどこか寂しさのある顔で呟くと、少し下を向いた。

 数秒後、意を決したように再度山路を真っ直ぐ見た。


「山路。私は覚悟なんてない。でもここに居る。ここでみんなと劇をする。それはここが好きだから。みんなといるのが楽しいから。この先、どんな変化があっても私はここに残る。そしてそこにはあなたもいてほしい」


 山路は一瞬目を大きく見開いた。

 愚直なほどのその言葉は、彼にどう響いたのだろうか。


「……ありがとう。でもごめん」


「そう……分かった」


 山路の感謝と謝罪を、夏村はすんなりと受け取った。

 自分の引き際を理解するかのようだった。

 それ以上何かを追求することなく、夏村は樫田へと視線を送った。


「もういいのか?」


「うん。時間を無駄にはできない」


「分かった……次に話し合い人はいるか?」


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