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第145話 覚悟なき表現者

 公園で後輩三人と別れて、俺は帰路に就く。

 スマホで連絡を入れるとすぐに返事がきた。

 というか通話がかかってきたので、俺は住宅地を歩きながらスマホを耳に当てた。


「もしもし」


『よお、杉野。びっくりしたぞ』


「樫田でも驚くことがあるんだな」


 冗談交じりにそう言うと、樫田は笑った。


『おいおい、随分余裕が出てきたじゃねーか。大槻と話してそこまで良いこと聞いたのか?』


「いや、大槻とじゃないよ」


『ほう、なるほど』


 何に納得したのか、電話越しの樫田は上機嫌そうだった。

 まぁ、おそらく上機嫌なのはさっき俺が送った連絡が理由だろう。

 樫田が本題へと入る。


『で、二年で集まる日程を決めたいって、覚悟が出来たってことでいいのか?』


「覚悟っていうか、話の突破口? は掴んだよ」


『それまた』


 どういうリアクション? 嬉しいの? ダメなの?

 見えない樫田の表情を考えながら話を進める。


「で、それの確認もしたくてな」


『突破口のか? 何だ?』


「―――――?」


『……』


 俺の問いに、樫田は黙った。

 それを肯定として受け入れる。どこか寂しさを覚えた。


「合っているんだな」


『……まさか、そこに辿り着くとはな』


 樫田の声音が低くなる。

 少しの静寂の後、樫田はゆっくりと答える。


『その通りだ……言いぐさからして、まだ全部は分かってないようだな』


「ああ、けど予想はだいたいついたよ」


『そうか』


「樫田、これって――」


『まぁ、詳しいことは山路に聞いてくれ』


 樫田が俺の言葉を遮った。

 これ以上は話さないということなんだろう。


「……そうだな。じゃあ、集まるタイミングなんだけど」


『ああ。明日ってわけにはいかないだろうし、土曜日でどうだ?』


「いいのか?」


『嫌だよ』


 即答する樫田。

 貴重な長時間稽古できる土曜日を潰したくはないのだろう。それでも土曜日を提案してくるってことは。


『けど、早く決着しないと、お前ら本気で稽古に取り込めないだろ?』


「……手抜いているつもりはないんだけどな」


『分かっているよ、それでも今の雰囲気が良くないことも分かるだろ』


 ああ、嫌というほどな。

 どこか上っ面のような雰囲気は、誰もが感じているのだろう。


『じゃあ、今日中には轟先輩たちに許可取って、二年のグループに連絡流すから』


「よろしく頼むわ」


『杉野』


「ん?」


『お互い、頑張ろうな』


 少しだけ胸のあたりが暖かくなった

 なぜだかその言葉に勇気をもらった気がした。

 樫田はそれだけ言うと、通話を切った。

 俺はスマホをポケットに戻す。


「ふぅ……」


 曇天とした空を見ながら、思いふける。

 樫田の反応的に俺の仮説は正しいことが分かった。


 でも、それって――。

 ……いや止めよう。どうせ話せばわかることだ。

 それよりも今俺が決めないといけないのは、俺自身のことだ。


 覚悟。青春。強い意志。


 色んな言い方で、色んな意味を持ったそれを、俺は未だ決めていない。

 いつかいつかと思っていた日は、気づいたら今だった。

 決断しないといけない。

 きっとあと一歩で決まるのに。

 何かに後ろ髪を引かれて、ここにずっといる。

 怯者(きょうしゃ)のモラトリアム。

 でも、それももう終わる。

 世界が、社会が、環境が、時間が、流れゆく日々がそれを許さない。

 山路が辞めるにしろ、辞めないにしろ。

 ここはきっともう無くなる。


「ああちくしょう。やっぱ覚悟なんてできねぇよ」


 そんな言葉が口から洩れた。

 あれだけアドバイスをもらって、あれだけ確認をしても、俺は答えなんて出せないでいた。

 椎菜や増倉みたいな覚悟は、俺には持てないのかもしれない。

 でもさ。それでも俺は山路に辞めてほしくないんだ。

 だからこれは、演技なのかもしれない。

 弱虫な俺が、堂々と立ち居振る舞うための虚勢。

 相も変わらず覚悟はないが、それでも精一杯立ち向かおうか。


 俺の持つ心の叫びを表現するんだ。


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