第143話 後輩たちの想い
「ちょっとな。それより田島たちは何してんだ?」
「秘密の特訓です! そうだ! 先輩も来てください!」
そう言って田島は俺の手を取り、公園の中へと進んでいく。
ベンチのところには金子が座っており、池本がその前に立っていた。
おそらく、池本が演技をして金子が観ていたのだろう。
俺たちが近づくと、二人は軽く会釈する。
なので、軽く挨拶する。
「よお、悪いな。秘密の特訓中に」
「? お疲れ様です。杉野先輩」
「? お疲れ様っす」
おい、今二人とも不思議そうな顔をしたぞ田島。秘密の特訓じゃなかったのかよ。
俺の視線を気にせず、田島はベンチに俺を座らせようとした。
金子が立ち上がろうとするのを制して、横並びの形で腰を下ろした。
田島が笑顔で再度聞いてきた。
「で、どうしてここに来たんですかぁ?」
「まぁ、色々あって考え事しててな。ここなら一人になれるかなって」
「お邪魔でしょうか?」
「いや大丈夫だよ。そっちこそ何していたんだ?」
心配そうにこちらを見てきた池本に笑顔で質問した。
すると、どこか恥ずかしそうにしながら池本が答える。
「実は、その、二人に私の演技を観てもらっていたんです」
「秘密の特訓ですよぉ!」
田島がなぜか胸を張りながら続いた。
二人は、「あー」と何かを納得したような顔になった。
「そっか。なら俺の方が邪魔しちゃったかな?」
「そんなことないです! はい!」
「えー、でも成長して先輩たち驚かせるんだって春佳ちゃん言ってたじゃん」
「ちょっと真弓ちゃん、それは言わない約束じゃない!」
池本が顔を真っ赤にして田島の口をふさごうとする。
田島は笑いながら逃げ回る。
そんな二人を目で追っていると金子が話しかけてきた。
「先輩。お忙しいなら自分たちのこと気にしなくて大丈夫っすよ?」
「いや、忙しくはないんだ。ただ考え事があっただけでな」
「そうっすか……最近の先輩たちはどこか忙しそうっす」
その言葉に胸の内が痛くなった。
責められている気がして金子の方を向くと、慌てて言い直してきた。
「違うっすよ!? 不満があるとかじゃなくて、その、気になっただけっす!」
「あ、いや、怒ってないぞ」
どうやら勘違いされてしまったようだ。
金子の声に、二人がこちらにやってきた。
「どしたの金子、そんなに慌てちゃって」
「?」
「あ、いや、その」
金子が複雑そうな顔で俺の方を見てくる。
田島と池本に何というか迷っているのだろう」
ここは先輩として、俺が自分から自然に言うべきだな。
「いや、金子が最近の先輩たちは忙しいって言うんだが、そんなに俺たち忙しそうに見えるか?」
「…………」
「…………」
すごいナチュラルに聞いたつもりだったのだが、二人して俺の質問に黙った。
田島は真剣な表情になり、池本はどこか気まずそうに目をそらした。
あれ? なんか地雷踏んだ?
遠くでカラスが鳴くのが聞こえるぐらいの静寂の後、田島が口を開いた。
「正直、すごい忙しそうに見えます」
「真弓ちゃん……」
池本が弱弱しく制止するが、田島は気にせず真っ直ぐに俺を見てきた。
ああ、そういうことか。
その瞳の奥に宿る感情が俺へと伝わってきた。
「オーディションが終わってから、先輩たちに何かあったことぐらい私達にも分かります」
「……」
「きっと大変な事なんだろうなって触れずにいましたけど、正直ちょっと不満があります」
田島の言葉に、池本と金子は深刻な顔になる。
俺は真っ直ぐに田島と向き合い、その言葉を受け止める。
「私たちだって演劇部員なんです。そろそろ私たちを信用してもいいじゃないですか?」
胸にずしりと重く響いたそれは堪らなった。
池本と金子も、何かを訴えるように俺を見てきた。
それは真摯に答えないといけない想いなんだと分かりながら、俺は迷った。
みんなに確認もせずに話していいものだろうか。
返しが浮かばずにいると、今度は池本が聞いてきた。
「杉野先輩。私たちはそんなに信用ないですか?」
「あ、いや、そうじゃないんだ。ただ今回のことはあんまり大っぴらに出来ないっていうか……」
「でも、演劇部の問題なんですよね?」
「……そう、だな」
「なら、私は話してほしいです。仲間に入れてほしいです!」
池本の瞳は吸い込まれそうなぐらい透明だった。
実直なその姿は、今の迷っている俺がくだらないと思えるほど清々しかった。
少しだけ話したくなった。けど、寸前のところで飲み込む。
後輩に相談していいのか俺?
疑問が、不安が、自尊心が、俺の口を閉ざして仕方なかった。
沈黙が続くほど、池本の顔が悲しみに染まっていく。
「杉野先輩!」
その様子を見た田島が俺の名前を呼ぶ。
分かっている! 分かっているんだよ!
そう叫びたくなるのを我慢していると、池本が苦しそうに話す。
「……オーディションのとき、いろいろご迷惑をおかけしたこと私は知っています」
「っ!」
俺は田島に視線をやる。彼女は何ら悪びれる様子もなく堂々としていた。
話したことに後悔はないのだろう。
視線を池本に戻す。瞳に涙を浮かべながら話を続ける。
「諦めかけていた私に救ってくださったのは先輩たちなのは分かっています……でも、頼りないかもしれませんが、私ももう演劇部の一員で役者です! だから、演劇部の問題は私たちもの問題でもあります!」
震えた声で力強く池本は言った。
その叫びに、俺の中で何かが切れる。
何が後輩だ。何が先輩だ。池本の言う通りだ。立派な役者の一人じゃないか。迷惑かけた俺たち二年よりも、よっぽど正しい部員じゃないか。
ふと、いつだがの言葉を思い出す。
「……なぁ、田島」
「はい?」
「いつだか、お前に言われたな」
「それって……」
「頼む、三人とも力を貸してほしい」
そう言って、俺は頭を下げた。