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第140話 確認三人目と四人目 強い意志

 演技が全力だったかどうか。

 一見するとこれを判断するのは難しいように思う。けど、体育会系の部活にはよくあることかもしれないが、顧問の先生が全力を出せと言うことがあるだろう。

 つまり外から見たとき、手を抜いているのは意外とバレる。

 もちろん隠すのが上手い奴もいるが、それは結果で出てしまう。

 そしてそれは演技でも同じはずである。

 普通なら手を抜いていることはすぐにバレるのだが。


「バレないように手を抜く。しかも初回の演技で。これってすごくね?」


「ああ、すごいな」


 俺の投げかけに、樫田は同意した。

 そして困ったように笑いながら肩をすくめた。


「つっても、俺たちが勘違いしているってケースもあるけどな」


「……たぶん、それはない」


「どうして?」


「田島の目がつまんそうだったから」


 断言した。俺はあの時の目の奥がそう感じてならなかった。

 樫田は少し意外そうな顔をしたが、すぐに真剣な表情になる。


「なら、先輩としてどうにかしないとだな」


「ああ」


「とはいえ、山路のこともあるし…………そういえば、確認の方はどうなった?」


 突然、思い出したかのように樫田は聞いてきた。

 今度は俺が肩をすくめた。


「とりあえず、増倉と椎名には聞いたわ」


「おお仕事が早い」


「たまたま、な……けど意外と誰かと二人で話す時間とかなくてな」


「ちなみに俺はどっちでもいい派で」


「おう…………っておい!」


 思わずノリツッコミをしてしまった。

 樫田は何とも言えない顔で呆れる。

 いやいや、さらっと言うなよ。

 俺がそう視線で訴える。


「こないだも言ったけどさ。俺にとっては劇を成功させることが大切なんだよ」


「……まぁ、分かったよ」


 別に薄情だとは思わない。ただこいつは、こういうやつだと思ってしまう俺がいた。

 きっと樫田の中ではもうある程度答えが出ているのだろう。


「あとは、大槻と夏村か。大槻は何とかなるだろうけど夏村の方は二人で話すタイミングあるか?」


「それがないから困っている」


「うーん。そうだなぁ」


 良い案はないだろうか。

 樫田はおもむろにスマホを取り出して、どこかへ連絡し出す。


「誰に連絡してんだよ?」


「まぁまぁ、気にすんな……っと、よし」


 それだけ言うとスマホをしまって、俺の方を向く。

 どうやら教える気はないようだ。


「話し戻すけど、田島のことで動けることは現状ないだろうな」


「どうして?」


「手を抜く理由が分からないからな。もしかしたらって可能性が多すぎる」


「例えば?」


「そうだな……池本に気を遣っているとか」


 ない、とは言い切れなかった。

 オーディション前、色々あったしな。それに田島の性格にはまだ読めないところもある。

 いきなり本気を出して池本に衝撃を与えないようにしたとも考えられる。


「ある、かもしれないがそれだけで……」


「あとはそうだな……俺たちが舐められているとか」


「舐められている?」


「要するにだ、オーディション前の動きとか昨日の喧嘩とかで、この先輩たち頼りないなって思われているんじゃないかって感じだな」


「…………」


 これまた、ありそうな話ではあった。

 まだ田島との接点は少ないが、そんな俺でも分かるぐらい田島は演劇に慣れている。

 そんな彼女は俺たちに対して、この程度でいいやって思ってしまったのかもしれない。


「まぁ、憶測の域を出ないけどな」


 樫田はまとめるように、そう呟く。

 確かにそうだ。今言ったのは樫田の憶測でしかない。

 けど、だからといって何もしないでいていいのだろうか。

 そんな俺の考えを読み解くように、樫田は聞く。


「納得していない顔だな」


「そりゃ、出来るわけないだろ」


「じゃあ、実際問題何か良い案あるか?」


「……それは」


 俺は言葉を詰まらせる。現状、田島に対して何かできるかと問われると難しいところだった。

 直接問いただす? いや、きっとはぐらかされるだろう。

 それに気づいているのが俺と樫田だけなら、問題を大きくするべきではないのかもしれない。


「けど現状は、ってだけだ」


 悩んでいると、樫田がゆっくりと口を開いた。

 樫田は真剣な表情で俺を見ていた。


「今日は初演技だったからな。今後を見て、尻上がりな役者だったならいいが…………ただ、もし本番で手を抜くような役者なら俺は容赦しない」


 その言葉にはシビアな想いがこもっていた。

 演出家として、先輩としての樫田の在り方なのだろう。

 俺はその意志を汲むことにした。


「分かった。現状は様子見ってことだな?」


「そういうこと……ん、ちょっとすまん」


 樫田は笑顔で頷きながら、ポケットからスマホを取り出した。

 さっきから、誰と連絡とってんだ?


「お、着いたみたいだな」


「着いた?」


 樫田が駐輪場の入口の方に顔をやった。俺もつられて振り向く。

 するとそこには夏村が立っていた。


「なんで?」


「俺が呼んだから」


 樫田は当たり前だろと言わんばかりだった。

 いや、だから何で呼んだんだよ。

 俺のツッコミをスルーして、近づいてくる夏村に話しかける樫田。


「悪いな、急に」


「別に、話って何?」


 俺を見ながら夏村が聞いてきた。

 え、俺? と思っていると樫田が説明し出す。


「ほら、山路のことでタイミングがないって言ってただろ。だから呼んだ」


「ああ、なるほど」


 いや、なるほどか……? まぁ確かにタイミングなかっただろうけどさ。

 夏村は言葉を待っているようだったので、俺は率直に伝える。


「山路のことで確認したいことがあるんだ」


「確認……? 何?」


「夏村は山路が辞めることを阻止したいんだよな?」


 俺の言葉に夏村は何かを考えだしたかのように黙った。

 そして俺、樫田の順に視線を送り、再び俺へと視線を戻す。


「それは覚悟の話? それとも意志の話?」


 聞き返された。

 俺は一瞬迷ったが、すぐに答える。


「……夏村の意志の話だ」


 たぶん、合っているだろう。

 俺の答えを聞いて夏村は表情を暗くした。


「なら、私はないのかもしれない」


「え?」


「もちろん、辞めてほしくはない。けど山路の意志を曲げられるほどの強い意志は私にはない」


 意外な回答に、俺は何も言えなかった。

 てっきり反対するものだとばかり思っていた。

 俺が呆然としていると、横から樫田が夏村へ聞く。


「なら覚悟は?」


「それも、ないのかもしれない」


 夏村は自虐的に笑った。

 珍しく弱弱しいその笑顔に、俺は胸が痛んだ。

 樫田は何も言わなかった。ただその表情は少し寂しそうだった。

 自虐的な微笑みのまま、夏村は俺を見てきた。


「杉野はどう? 覚悟はできた?」


「……いや、まだ」


「そう。何を確認したかったのか分からないけど杉野。辞めてほしくない気持ちはみんなある。けど行動に移せるだけの強い意志があるのはきっと……」


 そこで夏村の言葉は止まった。

 認めたくないのか、言葉にしたくないのか、それ以上言わなかった。

 沈黙の中、電車の走る音が駐輪場に響いた。


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