第137話 確認一人目 謝罪と感謝
昨日の夜に引き続き、今日も雨だった。
陰鬱とした気分になるのは、雨の日だからかあるいは部活が上手くいっていないからか。
そんなことを思いながら部活の時間がやってきた。
放課後になり、俺はいつもの教室へと向かう。
「おはようございます」
『おはようございます』
扉を開けて挨拶すると、元気な返事が返ってきた。
少しだけ気分が良くなる。いや、これはある種のスイッチなのかもしれない。
そんなことを考えていると、夏村が近づいてきた。
「杉野、おはよ」
「おう。どうした?」
「樫田から聞いた? サポート役」
「ああ、聞いた聞いた。俺あんま手伝えないかもだけど」
「分かっている。それでもよく見といて」
「りょうかい」
夏村は言うことだけ言うと、去っていった。
どうやらサポート役のことを確認したかったらしい。
俺はカバンを教室後ろのロッカーへと置きに行く。
大槻と山路がそこにはいた。
「よう、杉野」
「おはよー、夏村と話すなんて珍しいねー」
「おう。サポート役のことでな」
俺がそう言うと二人は「あー」と納得する。
二人は少しだけ周りを警戒しながら、話す。
「まぁ、昨日のアレがなきゃ、な」
「だねー。杉野も大変だー」
「……まぁな」
二人の言いたいことも分かるが、ここは適当に相槌を打っておく。
あまり深く掘り下げる話でもないだろう。
二人もそれを理解したのか、それ以上は何も言わなかった。
みんなが徐々に揃い、今日も部活が始まる。
――――――――――――――
ここにきて、一つ困ったことがあった。
あ、いや最近の部活で言うなら困ったことしかないのだが、そうではなく、昨日ラーメン屋で津田先輩からもらったアドバイス。
全員の意見の確認。
これをするタイミングがないことに今気づいた。
どうする? 一人一人に話を聞くにもそんな機会も時間もないぞ。
おまけにサポート役として一年生も見ないといけない。
どうしたものか。
考えている間に、準備運動の時間が終わる。
「はーい! じゃあ十分間の休憩後、稽古に入ります!」
轟先輩が元気よく休憩の指示を出す。
俺は気分を変えるため、頭の中を切り替えるため一人、飲み物を買いに購買横の自販機に向かった。
急いては事を仕損じるってアドバイスももらったけど、ゆっくり過ぎるのもダメだよなぁ。
そう思いながら、自販機に小銭を入れボタンを押す。
「杉野」
てか、どう聞くよ俺。馬鹿正直に「山路が辞めることに反対ですか?」って聞くのか?
そりゃみんな反対に決まってんだろ。
津田先輩にもっと詳細聞いておくんだったなぁ。
「杉野!」
「っ!」
突然、後ろから名前を呼ばれた。
驚いて振り返るとそこには増倉が立っていた。
「増倉か、びっくりさせんなよ」
「いや、さっきから呼んでたんだけど……」
「え、マジ?」
「マジ」
真剣な表情で頷く増倉。
どうやら、考え事をしていて気づかなかったらしい。
「悪い悪い、気づかんかったわ」
「考え事……?」
「まぁな。そっちは? ああ、飲み物買いに来たのか」
「違う。杉野に用があってきたの」
「俺に?」
何の話だろうかと、少し身構えてしまう。
すると増倉は、直角に頭を下げた。
「昨日のこと、ごめんなさい」
「……」
その謝罪を俺はただ見ていることしかできなかった。
数秒後、増倉は姿勢を戻して真っ直ぐに俺を見た。
「許されないのは分かってる。でも、謝らないのも違うから」
「そう、だな……」
「それとありがとね」
「何の礼だよ」
少し笑いながら俺が聞くと、増倉は笑顔で答える。
「あのとき、本音を叫べたのは杉野のお陰だから」
「そーかい」
俺はなんて言うのが正解か分からず、適当に同意した。
あの叫びが結果としてよかったのかどうか、判断がつかなかったからだ。
樫田のように落としどころまで考えているなら、もう解決していたかもしれない。
そう思うと、少しだけ後ろめたさのようなものまで感じてしまう。
「じゃ、それだけだから」
「あ! 増倉!」
去ろうとする増倉を呼び止める。
振り返り、不思議そうな顔で俺を見てきた。
俺は今しかないと、質問する。
「山路のこと…………辞めることを阻止したいのは、変わってないよな?」
「当たり前じゃん」
力強く断言する増倉。
数秒もすると、それが何? と言わんばかりの視線に変わる。
「あ、いや、なんつーか、確認したかっただけだ」
「なにそれ……まぁいいや、私行くから」
「……おう」
今度こそ、増倉は去っていった。
残った俺は買った炭酸ジュースを飲む。
しゅわしゅわの痛みが心地よく喉を通る。
もう五分もしないで部活が再開するだろう。
「よし」
自分に発破をかける。
そのまま増倉の後を追うように教室へと向かいだす。
とりあえず一人聞けたわけだし、先輩たちのアドバイス通り真面目に部活しますか。