第129話 少しの余白、少しの気づき
どうにかしないといけないという気持ちが消えたわけではない。
ただ、轟先輩に示された道は俺の心に少しの余白を作った。
山路が辞めるのは春大会が終わってから。
まだ時間があることを考えると、俺が今できることが部活を真剣に取り組むことなのは的を射た発言なのかもしれない。
俺達の関係は部活を通じてできている。なら答えは部活の中にあるのだろう。
轟先輩の言葉を俺はそう解釈することにした。
そして放課後になり、いよいよ部活の時間になった。
俺はいつもの教室へ向かった。
「お」
「よ、杉野」
偶然、階段のところで大槻と会った。
軽く挨拶をして、一緒に階段を上る。
「……轟先輩と話したか?」
「ああ、けど動機については聞けなかった」
「そっか……」
大槻はそれ以上聞かなかった。ひょっとしたら薄々分かっていたのかもしれない。
轟先輩が言わないことを理解していたなら、俺と合わせた目的は別にある。
それはきっと――。
「ありがとうな、大槻。おかげで少し肩の力が抜けた」
「俺は何もしてないぞ」
「それでも、助かったよ」
俺の言葉に満足したのか、大槻は笑顔になった。
たぶん、合っていたのだろう。
俺も口元がにやけながら第二校舎の二階へと上がる。そのまま奥の教室に辿り着くと俺は扉を開けた。
「「おはようございます」」
『おはようございます』
俺と大槻が挨拶をすると、既に来ていた部員たちから返事をもらう。
いないのは……増倉と津田先輩、それに山路か。
まぁ、まだ始まるまで十分ぐらいはある。
荷物を教室後ろのロッカーに置きに向かう。
ジャージに着替えるためにカバンから取り出していると、樫田がやってきた。
「よう、樫田。おはよう」
「おう、おはよ……どうやら杞憂だったみたいだな」
「? 何のことだよ?」
「どうせ轟先輩と話したんだろ?」
俺が驚いて大槻へと視線をやった。
大槻は俺と目が合うと慌てて首を横に振る。
どうやら、喋ったわけではなさそうだ。
樫田に視線を戻して俺は聞いた。
「何で知ってんだよ」
「そりゃ、分かるわ。どうせ昨日あの後二人で話したんだろ? それが推測できれば、自然と轟先輩に辿り着くだろうと思ってな」
いや、分かんねーだろ普通。何言ってんだこいつ。
ああそういえば、樫田も津田先輩みたいなところあったな。裏方ってみんなそうなん?
俺がそんなことを思っていると、大槻が樫田に尋ねる。
「良かったのか、樫田?」
「別に俺に止める権限なんてないしな。それに、杉野の様子から察するになんかヒント貰ったんだろ?」
樫田が俺の顔をじっと見ていたのは、それを確かめるためか。
なんだか、見透かされている気分だな。
「そこまでお見通しかよ」
「お前さんは分かりやすいからな……さ、早く着替えてこい」
「ああ」
俺と大槻は、ジャージを持って着替えに向かった。
――――――――――――――
さて、今日から本格的に稽古が始まるわけだが、実際に何をするかという話になる。
同じ演劇部でも高校によって違いはあるものの我が桑橋高校では、演出家による舞台説明から始まる。舞台に置く大道具、小道具。どこで音響照明が入るかの共有。導線のチェック。全体の大まかな流れなどなどを一通り話す。
そこから先、役者の仕事はトライアンドエラーの繰り返し。
演技、演技、演技。
ダメ出しを受けて修正して、またダメ出しを受ける。
終わりがないのが終わり。
そんなわけで、まずは樫田が黒板に一通りのことを書き、説明をする。
「平面図はこんな感じだな。で、導線が――」
対してみんなはそれぞれノートや台本に書き込んでいく。
俺も必要な情報を台本へとメモしていく。
かれこれ三十分は過ぎただろう。
「……こんなところかな。後はやりながら変更点は随時出てくると思ってくれ」
『はい』
「じゃあ、五分休憩時間にする。その後は実際に仮舞台作って演技練習に入ってく。解散」
説明を終えた樫田は五分休憩を指示した。
ふう、と誰かが一呼吸する音が聞こえた。
そちらに視線を送ると、田島と池本が台本と睨みあっていた。
俺は一年前を思い出して、微笑ましくなった。
――頑張れ、後輩たち。
そう口の中で言うと俺は飲み物を取りに、カバンのあるロッカーへと向かった。
「やあ、杉野。お疲れ様―」
カバンからペットボトルと取り出していると、横から山路が声をかけてきた。
ギリギリ手を伸ばして届かないぐらいの少し距離の間状態で俺は話す。
「おう。お疲れ様」
「…………」
? 俺の返事が何か変だったのか山路は固まった。
どうしたんだ? 俺がそう視線を送ると山路は笑顔で答える。
「いやー、こないだの今日だからさ、正直杉野はもっと動揺していると思ってさー」
「動揺はしてるぞ。ただ昨日に色々とあってな」
「ふーん。そっかー」
実際昨日までの俺だったら、色んなことが頭に入ってこなかっただろう。
けどみんなにアドバイスをもらって、今できることが何か少しだけ分かったから。
「……」
「……」
「なぁ、山路」
「ん?」
少しの沈黙の後、俺は山路に話しかけた。
山路が不思議そうな顔でこっちを向く。
「演劇部、楽しいか?」
「……うん。楽しいよ」
「なら、よかった」
何でそんなことを聞いたのか、俺自身も分からなかった。
でも、笑顔で答えてくれた山路を見て安心を覚えた。
ああ、そうか、そうなんだ。
言葉にできるほど具体的じゃないが、俺の中で確信に至る。
山路はきっと――。
「さぁ、そろそろ休憩が終わりだー。行こっか杉野―」
「ああ、そうだな」
考えがまとめる前に、現実へと引き戻された。
俺はペットボトルをカバンに戻して、みんなの方へと向かった。