第127話 少しの思案と独り言
椎名が去った後、みんなの元に戻るでもなく俺はしばらくその場に残った。
流れる人波を眺めながら、頭の中ではさっきまでのことを必死に整理していた。
真っ先に浮かんだのは樫田が言ったあの言葉。
「本気で部活、か」
耳の痛い話だった。それは椎名や増倉も同じだったのだろう。
別に手を抜いていたわけじゃない。
ただ、努力するなら目指すものがあるならもっと踏み込めと、躊躇ったり諦めたりするなと、そういう強さの話なんだ。
「分かってんだけどな」
体が、心が、精神がそれに適応しない。
俺の腐りきった日和見主義が平穏を望んで仕方ない。
だって、しょうがないだろ。
こんなに楽しい今は初めてなんだから。
中学時代に比べたら全てが楽しくて、全てが愛おしい。
「…………」
でも、それだけの日常はもう終わりなんだ。
部活の主軸となって、方向性を決めないといけない。
山路は当然のことのようにその判断を迫った。
その強さに誰も立ち竦んだ。
いや、樫田だけはもう決めているんだろうな。
俺が今必要なものは分かっている。
覚悟だ。
でも実際問題どうする?
山路を辞めさせないで且つ全国を目指す。この二つを両立させるために俺はどうしたらいい?
考えを巡らせているとポケットのスマホが震えるのを感じた。
手に持ち画面を見ると大槻の名前が表示されていた。
俺は少し迷いながら、その電話に出ることにした。
「もしもし」
『お、出た。もしもし。そっちどうなった?』
「椎名なら帰ったよ……」
大槻が率直に聞いてきたので、俺は状況を説明した。
そういえば、向こうはどうなったのだろうか。
『そっか……こっちもお前らが戻ってこないなら解散しようって流れになっているけ
ど、大丈夫そうか?』
「ああ、大丈夫だ」
『分かった』
電話越しの大槻の声が遠くなる。他のみんなと話しているのだろう。
しばらくすると大槻が尋ねてきた。
『杉野は今どこにいんの?』
「ん? ああ、駅へと向かう途中の道だけど」
『オーケー、そこで待っててくれ』
「え?」
聞き返したが、すでに電話は切れていた。
何事かと思いながらも待っていると、三分もせずにショッピングモールの方から大槻がやってきた。
向こうも、俺に気づくと駆け足で近づいてきた。
「おう、いたいた」
「大槻、どうした? まだ何かあるのか?」
「ん、まぁな」
俺が驚きながら何の用か聞くと、大槻は曖昧な返事をした。
何を考えているのか、あたりを見渡してから大槻は俺を見た。
「まぁなんだ。ちょっと歩きながら話していいか?」
「別にいいけど……」
そう言って歩き出す大槻の横を俺は付いて行く。
大槻が前を向きながら話しかけてくる。
「椎名のやつ、大丈夫そうか?」
「どうだろ。たぶん大丈夫だと思う」
「そっか……」
少し雑な返しをしてしまっただろうか。
たださっきのことを他の人に言いたくなかった。
線路沿いの細い道を歩いていると、大槻が自販機の前で止まった。
「ちょっと飲み物買っていいか?」
「ああ」
大槻が小銭を入れ、缶ジュースを買う。
次の瞬間、意外なことに大槻がその缶を俺に渡してきた。
「ほら、奢り」
「いいのか?」
「いいから。炭酸好きだろ?」
「ありがとう」
俺は大槻から缶を受け取り、手に冷たさを覚える。
満足そうに笑い、そのまま二本目を買う大槻。
「さっきの話し合い、どうだった?」
「どうって」
缶を取り出しながら大槻が尋ねてきた。
何とも言えない俺は、答えに困った。
「俺は急だなって思った」
大槻は缶を開けながらそんなことを言った。
どうやらここで話すらしい。
俺も缶を開け、炭酸ジュースを飲む。
そんな俺の横で大槻が話を進める。
「いやさ、樫田の言っている事も分かるんだよ。実際山路の言いたいことだっただろうし、答えを出さなきゃいけないもんだろうしさ……けど、人間ってそんな簡単じゃないじゃん?」
「……そうだな」
大槻の言うことも分かる。
それが出来れば苦労しないっていうのは甘えかもしれないが、実際にその一歩が踏み出せないこともある。
人はすぐには変わらない。
――でも、それでも進まないとならない。
「迷っているのか?」
表情に出ていたのか、大槻が聞いてきた。
俺は小さく頷く。
「ああ」
「そっか…………なぁ杉野。こっから先は独り言だ」
「?」
大槻が明後日の方向を見ながら前置きをした。
何のことかと大槻に視線を送ると、ゆっくりと話し出す。
「俺は山路に辞めてほしくない。例えそれが正しい過程を踏まなくても。だからこれは独り言だ…………山路の辞める動機は轟先輩が知っている」
「! それって……」
「ただの独り言だ」
大槻はそう言って缶を自販機横のごみ箱に捨てた。
そして真剣な表情で俺を見る。
「俺は俺で出来ることをする。だから杉野。お前はお前の出来ることをしろ」
「大槻……」
「色々言われたり聞いたりして頭ん中混乱しているかもしれないけど、たぶん人間一人が出来ることってそんなに多くないって」
ポンっと俺の肩を軽く叩く大槻。不思議と触られた場所から力が抜けていく。
少しだけ霧が晴れたような気分になった。
「ありがとう」
俺がそう言うと、大槻はニヤッと笑った。
ああそうだ。俺の出来ることは限られている。
椎菜や増倉のような覚悟もないし、樫田のように全てを知っているわけじゃない。
でも、俺にだって想いはある。
出来ることはある。
なら、やるかやらないかの二択だ。




