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第126話 六様の覚悟2

「私は、まだ覚悟なんてできない」


 夏村は少し下を向いて呟いた。

 それは受け入れる椎名とも抗う増倉とも違う意見だった。


「けど、私も山路が辞めることには反対」


「俺も夏村と同じだわ。覚悟については語れない。だけど辞めることについては反対だ」


 大槻が夏村の意見に同調した。

 それを聞いて、樫田が頷く。


「そうか。まぁそれもまた一つだろう」


「樫田は? 覚悟を持っているの?」


「ああ、もちろんあるぞ」


 樫田は夏村の質問を肯定した。

 みんなが注目すると、樫田はゆっくりと答えた。


「ただ、俺はこの部の演出家だ。私情を挟まない」


「……それが答え?」


「そうだ。俺は部のことを、劇のことを一番に考える。それが俺の役割だ」


「…………そう」


 夏村は無表情で、そう呟いた。

 流れるような会話に俺はついていけていなかった。

 それは俺以外も同じだったのか、椎名が樫田に尋ねる。


「私情を挟まないとはどういうことかしら?」


「そんな難しい意味じゃない……そうだな。極端に言うならこうだ。どっちでもいいって」


「なにそれ」


 増倉が少しイラついた様子で樫田を見た。

 樫田は動じずに補足をする。


「俺は山路も尊重するし、お前らも尊重する。だからどう転んでもそれを受け入れる」


「樫田自身の意志はないわけ?」


「増倉、もちろん俺にだって山路に辞めてほしくない気持ちはある。けどな。俺達はもう演劇部の主軸なんだよ。劇を成功に導く義務がある」


 その言葉にさっきまで突っかかっていた増倉も黙る。

 ああそうだ。樫田の言う通り俺たちは演劇部の主軸としての義務がある。

 山路ばかりを気にかけて春大会を疎かにすることはあってはならない。

 樫田はもう結論を出している。

 覚悟を持っていないのは俺たちの方だ。

 それを樫田も見透かしている。


「結局、明確に覚悟を持っているのは俺を除くと椎名と増倉だけか……ここまで話してどうだ? 山路を説得させることは出来そうか?」


「……色々分かったことはあるけど、まだ足りない。肝心の動機については不明だし」


 増倉が不満そうに答える。

 確かに動機については、樫田と大槻が一切を教えてくれないから不明だ。


「樫田は言える範囲のことは言ったと思うぞ。これ以上は」


「分かってる」


 大槻が樫田を擁護すると、増倉は食い気味に言った。

 ここにきて議論が停滞しているのを感じた。

 言える範囲のことを樫田が言ったなら、この話し合いは終盤に差し掛かっている。


 現状の雰囲気は良くない。

 それぞれが、戸惑い、迷い、揺らいでいる。

 けど俺に何が言える? 何が提案できる?

 未だに覚悟一つできない俺に……。

 俺が悩んでいると、樫田が話を先に進める。


「長々話したが、今日のところはこの辺か」


「そうね……」


「ちょ、ちょっと! まだ何も結論を出してないじゃない!」


 椎名は同意したが、増倉は納得いっていない様子だ。

 しかし、樫田と椎名はもう終わったという感じだった。


「結論はそれぞれが出すことだからな、今日はあくまで情報共有だろう」


「樫田の言う通りよ、そして……少なくとも私は覚悟を示したわ」


 そう言うと立ち上がる椎名。

 俺が驚いて椎名の名前が口から出る。


「椎名……?」


 彼女は一瞬だけ俺を見る。しかし何も言わずにゆっくりとテーブルから離れていく

 のだった。

 俺は椎名の背中を見ながら、追いかけようかこのままここに残るべきか迷った。

 どうする!? 椎名の後を追うべきか? それともここに残ってみんなと話すべきなのか? どうするだ俺!?


「杉野」


 振り返ると増倉と目が合う。

 複雑な表情をしながら、彼女は俺に短く言った。


「お願い」


「! 分かった……悪いみんな」


 俺はそれだけ言うと、みんなの返事を待たずして椎名の後を急いで追いかけた。

 フードコートを出て、左右を見る。

 既に彼女の姿はなかった。


 おそらく駅に向かったのだろうと思い、急いで向かう。

 階段を降りてショッピングモールを出る。

 駅の改札へと向かう途中に見覚えのあるポニーテールが見えた。

 椎名だ。

 俺は急いで走り、彼女のもとへと向かう。


「椎名」


「杉野……! どうして……!?」


 俺が名前を呼ぶと肩をビクッと震わせ、彼女は驚いた。

 立ち止まり、大きく目を見開いてこちらを見てきた。


「いいのかよ、このままで」


「……」


「まだ話し合えることとか、まだあるんじゃないのか?」


「……私はもう、覚悟を示したわ」


 さっきと同じような言葉を椎名は口にした。

 俺はなんとか椎名を戻そうと言葉を紡ぐ。


「けど……前に椎名も言ってたじゃないか、みんなで全国に行けたらいいなって」


「ええ、言ったわ」


「なら」


「杉野、私だって……いいえ何でもないわ」


 何かを言おうとして止める椎名。

 思わず聞き返す。


「なんだよ?」


「何でもないわ。それより杉野はいいの? みんなと話さないで?」


「良くねーよ。けどそこには椎名もいないとだろ」


「! そう。優しいのね……」


 俺の言葉をどう受け取ったのか、椎名はそう呟いた。

 しかし足は動かず、戻る気はないようだった。

 椎名は俺を真っ直ぐに見て、真剣な表情になった。


「杉野。覚悟を決めなさい」


「!」


「私とも栞とも違う答えでもいいわ。でも覚悟を持ちなさい」


 その言葉に、俺は背筋に嫌な痺れを感じた。

 的を射たことを言われたからだろう。


「俺、は」


「大丈夫。今は何も言わなくてもいいわ」


 椎名に俺がどう映ったのか、そんな優しい言葉をかけられた。

 苦しさか甘えか、俺の言葉は止まった。

 それを見た椎名は、力なく微笑んだ。


「……じゃあ、また明日、部活でね」


「……」


 俺は返事すら出来ず、椎名は静かにその場を去った。



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