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第125話 六様の覚悟1

 樫田が議論を進めると、椎名が内容について確認する。


「もう一つと言うと、山路が言っていた演劇部の青春についてかしら?」


「ああ。俺としては一番重要なことだと思っている」


「どうして?」


 聞いたのは夏村だった。

 一番重要って言える根拠を知りたかったのだろう。


「これは山路を辞めさせないための議論だと思っている。そしてその突破口となる議題が『演劇部の青春』ってことだ」


「それは、さっき杉野も言っていたけど辞める動機が、山路にとっての演劇部の青春が無くなったから?」


 今度は増倉が尋ねる。

 ということは、議題はそれが何かについてだと思ったが違った。


「ああ、そうだ……内容については次集まる時にでも山路に聞いてくれ。俺たちが今話さないといけないのは、ここにいるみんながそれぞれ思う演劇部の青春について、だ」


「それぞれの思う?」


「……極端に嚙み砕いて言うとだな、演劇部の今後についてだ」


 樫田の言葉に、空気が少し変わった。

 俺はとっさに椎名を見た。彼女の表情は固い信念が宿っていた。

 つまり、こっから先の話は山路の問題についてだけじゃない。

 演劇部としての問題になるということだ。

 ひりつく空気の中で樫田は淡々と聞いてくる。


「さっき椎名と増倉、そして杉野にはそれぞれ俺視点で山路の言葉の意味を言ったがどうだ? もし山路に問われたとき自分の覚悟を示せるか? 自分の信念を貫けるか?」


 その問いかけに俺は両肩に重い何かが乗った様な重圧を感じた。

 誰も答えず沈黙が流れる。

 無言の中、俺は背中に痺れを感じながら考える。

 本気を試すのが置き土産なら、青春を問うのは何か。

 山路は辞める姿勢を見せることで本気を示した。

 だからこれは全身全霊を賭けた問いなのだ。

 覚悟を持った一か八か。対して俺は山路が納得するだけの答えを持っているだろうか。

 その問いに、本気で全国を目指すと胸張って言えるのか。

 言わなきゃならないという気持ちと、山路が辞めることに対する不安が喉元を絞める。

 言葉が出ないでいると、彼女が呟く。


「……私は、それでも全国を目指すわ」


 その一言は俺の体に染み込み、響き渡った。

 絞めつけられていた感情を溶かし、俺は彼女の名前を呼ぶ。


「椎名……」


「確かに樫田の……いいえ山路の言うことにも一理ある。私は未だに本気じゃないのかもしれないわ。でもね、それでも私は進むわ。私には辿り着きたい青春があるから」


「それで山路が辞めてもいいっていうの?」


 増倉がすぐに質問した。

 二人は真っ直ぐに見合う。椎名も即答する。


「ええ。それが山路の選択なら致し方ないわ」


「そんなのって!」


 何かを言おうとして増倉は止まった。

 ここがフードコートだからか、あるいは真っ直ぐに見てくる椎名に何かを感じたのか。

 増倉は椎菜を睨みながら、言い直す。


「……そんなのってないと思う。誰かを失っていい青春なんてないよ」


「私だって好んでそうするわけじゃないわ。ただ山路が見せた覚悟に対して、私も覚悟を示すだけの話よ」


「それが覚悟? 違う。さっき樫田が言っていたように、本気でみんなを巻き込んで全国目指していないだけでしょ」


「なら栞。あなたの覚悟はどうなの? 山路や私の覚悟を否定するだけの覚悟があるのかしら」


 今度は椎名が増倉に質問した。

 みんなの視線が集まると、増倉は落ち着いた声で言う。


「あるよ。私には私の、私なりの演劇部の青春がある。覚悟を持っている」


 吸い込まれそうな瞳に惹きつけられた。

 誰もがその詳細を待ったが、増倉の口から続いた言葉は違った。


「……でもそれは他の誰かの覚悟を否定するためにあるんじゃない」


 その言葉に、俺は驚いた。

 山路の覚悟に真正面から対立しようとしている椎名とは真逆のように感じたからだ。

 増倉は自分を貫いてなお、山路の覚悟も汲もうというのか。


「何を言っているか、分かっているの?」


「うん。山路の覚悟は尊重する。だけど辞めさせない」


「詭弁だわ」


「そうかな? 最善だと思うけど」


 苦い顔をする椎名とは対照的に、増倉は微笑んだ。

 不意に増倉が俺の方を向いた。

 その笑顔に、なぜか警戒心が強まる。


「杉野はどう思う?」


「え?」


「私と香奈。どっちの意見に賛成?」


 一瞬で喉が乾燥した。

 かすかに口から通過していく声は、弱弱しかった。


「俺は――」


 全国を目指す者として、俺はここで椎名の味方をするべきなのだろう。

 だがそれは山路が辞めることを認めることになる。

 対して増倉の意見を認めれば、と考えてしまう。

 視線だけを椎名に送る。彼女は不安そうな表情で俺を見ていた。


 ああ、ちくしょう。そんな目で見ないでくれ。

 日和見主義の俺が出ちまう。

 都合のいい言葉が喉を通ろうとする。

 さっき樫田に問われたばかりじゃないか。自分の覚悟を示せるか、信念を貫けるかって。

 俺はテーブルの中心を見ながら、必死に想いを絞り出す。


「――山路に辞めてほしくない。けど全国も目指す」


 口から出た声は、そんな言葉だった。

 集まっていた視線が冷めていくのを感じた。


「……どうやって?」


「……」


 増倉が優しく聞いてくるが、俺は答えられない。

 我ながら、駄々をこねているのは分かっていた。

 でも、俺の性分が訴えてくるんだ。

 どちらも手放せないって。

 みんなが呆れる空気の中で、ただ一人彼だけは違った。


「いいじゃねーか。それが杉野の覚悟なんだろ?」


 俺が驚き顔を上げると樫田は真剣な表情をしていた。

 すぐに増倉が樫田を見て、反論する。


「何がいいの? 方法も手段もないのに」


「それでも、自分の意見を言えるのが杉野の強みだ。それに山路は意見について、そろえなくてもいいって言っていただろ? 杉野は杉野なりの覚悟を持てばいい」


「それは、そうだけど……」


 増倉はそう言いつつも、それ以上はないも言わなかった。

 なぜ助けてくれたのか、視線を送ると樫田は笑う。


「俺は俺の立場から物言っただけだよ……さ、三人は意見を言ったが、夏村と大槻はどうだ?」


 樫田は何事もなかったかのように、話を進めた。



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