第124話 置き土産
「杉野、どういうこと?」
「ええっと、椎名が言うように山路は、演劇部の青春をみんなが話し合おうって言った夏村に対してそれぞれが決断する時って答えたじゃん? で、その後に意見をそろえなくてもいいとも言ってた。だから、山路は山路なりの答えを持っているじゃないかって思ったわけ」
俺は必死に説明するが、どうも拙くなってしまった。
増倉や夏村は難しい顔になった。上手く伝わっていないようだ。
どう説明したものか考えていると、椎名が助け舟を出してくれた。
「……つまり山路は自分なりの答えを既に持っている? だからみんなで話し合うんじゃなくて、それぞれが決断する時って言っていた……?」
「待って。じゃあその答えって何?」
「それこそが、山路の辞める動機?」
椎名の言葉に増倉と夏村がそれぞれ疑問を口にする。
その様子に大槻と樫田は顔を見合わせる。
まだ整理できていないが俺は二人に聞いた。
「樫田、大槻。山路にとっての演劇部の青春って何だ?」
「……」
「……」
二人は答えなかった。だが、それで十分だった。
山路の辞める動機はそこにある。
そう思ったのは、俺だけではなかったようで椎名が樫田を見る。
「ねぇ、樫田。それがさっき言っていた私的な感情ということ?」
「……」
「なぁ、樫田……」
黙っている樫田を大槻が心配そうに見る。
みんなの視線が集まると、樫田は参ったようにため息をついた。
「はぁ……ああそうだ。山路が辞める理由は、山路にとっての演劇部の青春が失われるからだ」
「それが何かは、言えないのかしら?」
「ああ、言えないな……ただ」
樫田はそこで一度言葉を止めた。
複雑な表情に決意を宿しながら、ゆっくり口を開いた。
「俺の口から言えないというだけだ。きっと、山路は簡単に教えるだろうな」
「どういうこと?」
「俺は野暮じゃないってだけの話だよ」
樫田の答えに俺たちは顔を見合わせる。
意味がよく分からなかった。しかし樫田から感じるただならぬ雰囲気に俺たちはそれ以上深く聞けなかった。
静まり返った後に、夏村が提案する。
「一度情報の整理をしたい」
「そうね、それがいい。樫田お願い」
増倉は同意すると、樫田に頼んだ。
数秒考えてから樫田はここまでのことをまとめる。
「……山路が辞める動機については言えない。よってこれは今答えが確かめられないので考えるべきことではない。じゃあ、今考えるべきことは何か?」
「それぞれの覚悟と演劇部の青春について、かしら」
「そうだな。ここまではみんないいか?」
頷く。その二つについて今議論すべきことなのだろう。
みんなが話についてきているか確認しながら、樫田は話を進める。
「覚悟を何故試したのか?」
「みんなの本気を問うため」
「そうだな。じゃあ、本気を問うてどうしたかったと思う?」
樫田の質問にみんな考えだす。
どうしたかった……確かに俺はまだ山路の行動理由に辿り着いていない。
伝えたかった意味を樫田に教えてもらっただけだ。
悩む中、女子三人が各々の意見を出す。
「私達にちゃんと本気で部活してほしい、とか?」
「辞めるって言っておきながら? 辞める前にみんなの気持ちを確かめたかったんじゃないかしら」
「最後にみんなと本気で話したかった?」
女子の意見は、どれも分かるようでしっくりこなかった。
俺は今まであったことを必死に振り返る。
なぜ山路は本気を試し、そしてどうなりたかったのか。
…………。
「杉野はどうだ? 何か意見はあるか?」
樫田の言葉に、全員の視線が俺に集まった。
俺は思っていることをゆっくり率直に紡いでいく。
「本気で部活しているか問うってさ、すげーことだと思うんだ。そういう真剣な事ってなあなあに、暗黙の了解で済ますじゃん? でも山路はそれを正面切って問うてきた。それはきっと俺たちにどうなってほしかったとかじゃない。山路がそうしたかったんだよ」
「そうしたかった?」
椎名が聞き返した。
俺は頷き、結論を言う。
「ああ、きっとこれは山路の《《置き土産》》だ」
自分が言いながら少し不思議に思う。
覚悟を試すのが置き土産? ああでも、今一番俺たちに足りないものだ。
そう考えながら、俺の想いを言葉にしていく。
「山路は……最後に、演劇部の一員としてみんなと向き合って、ぶつかって、部活のために自分が残せるものを残そうとしたんだと思う」
公園で大槻が言っていたこと、さっき樫田に問われたこと、そして俺が知っている山路を考えた時に出た結論はそんなことだった。
俺が意見を言い終わると、増倉が樫田に聞く。
「これの答えって、樫田は知っているの?」
「明確には知らない。山路から直接聞いてわけじゃないし、ただ俺も杉野と同じ意見だ。とはいえそこまで性善説を信じていないが」
「……私には分からないわ」
どこか悲しそうな顔をする椎名。
それは増倉と夏村も同じだったのか、似た表情をしていた。
確かに辞めるのに部活のことを考えるというのは変なのかもしれない。
あるいは、樫田の言う通り俺が山路の善性を信じすぎているのだろうか。
女子たちが理解に苦しんでいると大槻が口を開いた。
「真意は山路にしか分からないんだろ? なら次集まる時に聞けばいい」
「そうだな。大槻の言う通りだ……じゃあ、次はもう一つについて話すか」




