第120話 珍しい言い争い
『そう。そういう状況になったのね』
スマホ越しに聞こえる椎名の声は決して明るくはなかった。
少し緊張を覚えながら、今日あったことを椎名に伝えたのだった。
俺は静かに返事を待った。
『栞に会うのは聞いていたけど、まさか佐恵と大槻と合流するとはね』
ぶつぶつと何かを言う椎名。
大槻と増倉の視線が痛い。
夏村は少し離れた場所で樫田に連絡していた。俺も離れればよかったかな。
『いいわ。私も話したいことがあったし今からそっちに向かうわ』
「ああ、分かった」
『とりあえず、駅に着いたら連絡するから』
「りょうかい」
それだけ会話をすると、通話が切れた。
大槻と増倉が不安そうな表情でこっちを見てくる。
「椎名、来るって」
俺の言葉に二人、特に増倉の方はほっと一息ついた安堵した。
大槻も安心したのか笑顔になった。
「よかった。これで揃うな」
「まだ樫田が分からないだろ」
「あいつは来るだろ」
「そうね。私もそう思う」
そう言って俺たちは電話をしている夏村の方を見る。
ぎりぎり聞こえないぐらいの距離のため、内容は分からないが思ったより時間がかかっているな。
てか、よく見ると夏村の顔が不機嫌そうにも見えた。
「なんか揉めてる?」
「……そうも見えるな」
「珍しいね、佐恵の不機嫌な顔」
「そうだな。てか、樫田への連絡役夏村で良かったのか?」
「そりゃ、あれだろ。言い出しっぺだから率先して動いたんだろ」
「樫田は誰が連絡しても来そうなイメージあるもんね」
「あ、終わったみたいだな」
俺たち三人が話していると、夏村がこっちに向かってきた。
あれ? やっぱり何か不機嫌そう……。
夏村は仏頂面のまま、ベンチに座る。
「樫田、来るって」
「お、おう。椎名も大丈夫だって」
「そう」
「…………」
「…………」
よく分からないが夏村は不機嫌な様子だった。
いったい何を話したんだ?
大槻と増倉の顔を見ると、空気悪いから何とかしろとアイコンタクトが送られてきた。
何で俺がと思いながらも切り出す。
「あ、えー。椎名と樫田が来るなら場所移動しないか? ここじゃゆっくり話せないだろ。一旦駅に戻ってさ」
「そう。ならそうする」
夏村は立ち上がり、すたすたと行ってしまった。
俺たち三人は顔を見合わせる。
「どゆこと?」
「知るかよ、樫田が地雷踏んだんじゃね?」
「何の地雷よ」
「んなこと、俺が知るかよ。なぁ杉野」
「そうだけど…………とにかく追うぞ」
一切振り返らずに歩いていく夏村の後を付いて行くのだった。
――――――――――――――
駅に着くと夏村がスマホを確認する。
「樫田、改札前にいるって」
「そ、そうか。早いな」
まだ少し不機嫌さの残る眼光を浴びながら俺は答える。
大槻と増倉は上手いこと俺を盾にしている。ちくしょう。
「…………そうね」
何か言いたげな表情をしながらも夏村は何も言わずに歩いていく。
数分もしないで駅へと着く。
切符を買う券売機の横に樫田は立っていた。
夏村を先頭に俺達は近づく。
樫田は俺たちに気づくと笑顔になった。
「なんだ四人で、魔王でも倒しに行くのか?」
「そう見える?」
少し低いトーンで夏村が返すと場が凍った。
何に怒っているのか分からないが、夏村のこういう一面は珍しかった。
俺たち三人が何をしたんだ? と視線をぶつけると樫田はただただ困った顔をしていた。
さっきの電話で何があったのやら。
「あー、夏村ちょっといいか?」
樫田が恐る恐る話しかけた。
そして左手で少し離れた場所を指さす。
どうやら夏村と二人きりで話したいらしい。
「ええ、聞いてあげる」
「みんな悪い。ちょっとここで待っていてくれ」
「お、おう」
俺たちは一連の流れを唖然としながら見ていた。
二人が離れた場所で何やら言い争いをしている。
大槻がそんな二人を眺めながら呟く。
「どういう状況?」
「分からないわ。けど、あの二人が喧嘩するなんて珍しい」
「確かに」
劇について意見が割れることがあっても、それ以外のことで二人が揉めているのは初めて見た。
なんだか不思議な光景だった。
「……あの二人って、あんなに……」
「どうした? 大槻」
「あ、いや。何でもない」
大槻が二人から目をそらした。
苦虫を嚙み潰したような横顔に俺は察してしまう。
増倉も俺と同じようなことを考えたのだろう。大槻を心配する。
「大槻、大丈夫?」
「……すまん。女々しいな」
大槻は下を向いて小さい声で答える。
俺は何も言えなくなってしまった。
こういう時、励ますだけの経験も知識も俺にはなかった。
「女々しくないよ。それでいいんだよ大槻」
増倉が二人を見ながら、優しく言う。
言葉の意味が分からなかった大槻は聞き返す。
「それでいい?」
「うん。そうやって少しずつ折り合いをつけていけばいいよ。 失恋ってさ、そんな簡単に割り切れるものじゃないから。時には毒づいていいんだよ」
「……あんがと」
増倉の言葉に大槻は短く感謝を述べた。
そして再び樫田と夏村の方を見る。
その横顔は複雑な感情を見せながら、決して二人から目を離すことはなかった。
俺と増倉も遠くで言い争う二人を黙って見るのだった。