第118話 言葉の意味、彼女の意志
「いや、は?」
増倉の言葉をうまく脳が処理しなかった。
そんな俺を見て、増倉が慌てて言い直す。
「理由の一つかなって話! 別に杉野の所為とは思ってないよ!」
「ああ、そういう……」
「でも山路は何で主役を狙ったんだろうね」
「何でって、そりゃ役者なら当然やりたいだろ」
「杉野……」
増倉が呆れた顔をした。
こいつ分かってないなと言わんばかりに。
「いい? 山路だよ? バイト優先でサボったり演技に対しても真剣じゃなかったりしたじゃん」
「まぁ、そうだけど……」
増倉の言っていることも分かる。
一年生の時の山路は、決して真面目ではなかった。
そのことを考えると、何故主役を狙ったのか謎であった。
「なるほどねー。それで最近真面目に部活やってたんだ…………だとしても、何で山路は男子のみんなに宣戦布告したんだろうね?」
「え?」
「だって、主役を狙うだけなら宣戦布告する必要なくない?」
確かにそうだ。ましてや山路の性格を考えると、こういうことを喧伝するタイプでもない。
自分を鼓舞するため? みんなをけん制するため? いや違うな。
そうじゃない気がする。なら、何故だ?
考えても答えは出なかった。
「分かんない?」
「ああ、さっぱりだ」
「じゃあ見方を変えよう」
「どういうことだ?」
「過程がわかならないなら結果。山路が最後に言った『演劇部の青春』って何だと思う?」
一向に出ない答えに時間をかけても仕方ない。なら別のところを考えよう。
要は思考の切り口を変えるということか。
……演劇部の青春について。
椎菜とも少し話したが結局分からず仕舞いだったんだよなぁ。
「単純に、全国を目指すこと?」
「それは香奈と杉野の青春でしょ。演劇部の青春って言わないと思う」
「でもよ、あの時山路は椎名に全国行くことについて質問してたぞ」
「……確かに」
少なくても演劇部の青春が何であれ、全国を目指すことも関係しているのだろう。
だとしても、俺達には山路の考えが分かんなかった。
「……」
「……」
会話が止まった。
俺も増倉も暗い表情でいる。
少しの沈黙の後、増倉が呟く。
「山路にも、不満とかあったのかな」
「不満?」
「……私さ。大槻や山路はテキトーにしているから、部活に対して不満なんてないんだと思っていたんだ。来たい時に来て、サボりたいときにサボる。それでも楽しいから良いかなって。けど、ゴールデンウィークの大槻の一件で知った。みんな劇部に対して不満があって、それを殺しているだけだって」
「増倉……」
「それでもみんなで劇をするのは楽しいって、あの時の朗読劇で実感したの……だからね杉野。私が部長になってみんなで楽しくいられる部活を作るの。誰も不満を持たない楽しい部活」
穏やかな笑顔で増倉はこちらを見てきた。
それは立派な意思表示だった。
日和見主義な俺が持っていない。自分を貫く力。
羨ましさと尊敬を覚えながらも俺はそれを肯定できなかった。
「すまない。俺は椎名が部長に――」
「うん。分かっているよ。でもね杉野にも知っておいてほしかったんだ。私がどうして部長になりたいか、そしてどういう部活を作りたいか」
「ああ、分かった」
俺はしっかりと増倉の意志を理解して頷いた。
その様子に納得したのか、増倉は話を戻した。
「そのためにも、山路を辞めさせるわけにはいかない」
「そうだな。けど、どうするんだ?」
「そこだよね……と、ごめん」
突然、増倉はスマホを見始めた。
素早く指を動かす増倉。
誰かから連絡がいたのだろうか?
俺は買ったコーヒーを飲みながら待った。
しばらくすると増倉の表情が少し歪んだ。
「どうした?」
「あ、えっと……杉野。まだ時間ある?」
「あるけど。誰と連絡とってんの?」
俺が聞くと、増倉は一瞬迷いながらも答えた。
「佐恵」
「夏村か」
なぜ言うのを躊躇ったのか気になりながらも、俺は納得した。
夏村も山路が辞めることに反対的だったからな。
「それで、その、佐恵は今大槻と一緒にいるんだけど……」
「は? 何であの二人が?」
思わず、素っ頓狂な声を上げる。
意外過ぎる組み合わせだろ。
そう視線で送ると増倉は参ったのか。事を話し出した。
「実はね。昨日あの後に佐恵と話して、たぶん私達女子の知らないところで男子たちだけで何かあったんじゃないかって話になったの」
「ああ」
実際に宣戦布告とか女子が知らないことはあった。
ん? まてよ。てことは今増倉と俺が話しているのって。
「で、佐恵は大槻。私は杉野に何があったのか聞こうって話になったの」
「色々気になるが、なんで夏村が大槻に話聞くんだよ。あの二人って」
「佐恵が希望したの。別のことで話したいこともあるからって。私も杉野に聞きたいことあったし」
「そっか」
そういえば、夏村はオーディションの時も大槻のこと気にしていたな。
それ関連だろうか。
「ごめん。黙っていて」
「いや、それはいいよ。夏村はなんて?」
「こっちで話したいことは話したから会わないかって」
夏村と大槻か。
このまま二人で悩んでいても仕方ないし、ここは乗っかるとしよう。
俺は提案に賛同する。
「じゃあ、移動しよっか」
そうして、俺たちは店を後にした。