第116話 彼には彼の立場がある
椎名との話し合いを終え、家に帰った。
樫田には家に帰る途中に連絡を送っておいた。
落ち着いた頃、返信が来た。
『何が知りたい?』
おそらく、こっちのことはお見通しなのだろう。
俺はすぐに返す。
『知っていること全部』
するとスマホが震えた。
樫田から通話がかかってきたのだ。
俺は少し緊張しながらも出た。
「もしもし」
『おう、お疲れさん』
軽い感じの声がスマホ越しに聞こえた。
気になりながらも俺はすぐに本題に入る。
「樫田、山路のことで知っている事全部教えてくれ」
『落ち着け。急いては事を仕損じるって言うだろ』
「知るか。緊急事態だろ」
俺がそう言うと、スマホの奥からため息が聞こえた。
てっきり協力的に話してくれるかと思っていたが、どうやら違うらしい。
少しだけ樫田は唸ってから言った。
『じゃあ、結論から。杉野、俺はお前に全部は話さない』
「なっ! 何でだよ!」
『何でって、そりゃそうだろ。俺はお助けキャラじゃないからな。俺には俺の立場がある』
「山路が辞めてもいいのかよ!?」
『そうは言ってないだろ。だから落ち着けって』
樫田は俺に冷静になるように諭す。
だが、落ち着いてなんていられなかった。
「じゃあ、なんで!?」
『杉野。まずは山路の話を聞いてお前がどう思ったか。それを教えろ。間違っていたら指摘するから』
俺の言葉を気にせずに、樫田は言った。
どうしても全部を教える気はないようだ。
仕方なく、俺は自分がどう思ったかを話す。
さっきまで椎名と話していたから、意見はまとまっていた。
「山路に『俺たちの青春って何だ?』って聞かれたようなだった」
『なるほど、そう捉えたか。まぁ、間違ってはいないな』
「なら」
『けど、足りないな』
「足りない?」
『ああ、質問としては間違っていない。ただ、山路がどうしてその質問をしたのか、その理由が見えてないな』
「だから、それを聞きたいんだって」
『なぁ、杉野』
樫田は真剣な声音で俺の名前を呼んだ。
電話越しなのに、心臓を握られたような金縛りにあった。
『それを俺から聞いてどうする?』
「どうって」
『その答えを持って山路を説得しようとしても失敗するぞ』
「…………」
『自分で考えろ、自分で気づけ、自分で見つけろ。それが出来ない奴が人の覚悟に口出しするな』
どこか怒ったような声で、樫田は言った。
俺は何も言い返せなかった。芯を突いたその言葉は俺の中で乱反射していた。
沈黙が少し流れた後、樫田は続けた。
『まずは山路の問いに対して、自分で答えを持つことだな』
「答え?」
『ああ、俺達の青春は何だ? って質問に自分なりの答えを出せ。それがないなら俺はお前に何も喋らん』
「……分かった」
確かに樫田の言う通りだった。
山路を説得するのに自分の言葉を持たずにどうする。答えだけ持っても意味がない。
俺の答えに満足したのか、樫田は少し笑った。
『ならいい。相談には乗ってやるから、困ったら連絡をくれ』
「ああ、ありがとう」
『それじゃ…………ああ、そうだ杉野』
通話を切ろうとしたとき、何かを思い出した樫田が俺の名前を呼んだ。
「ん?」
『主役、おめでとう』
「ありがとう」
『色々あるだろうが、頑張ろうな春大会』
「ああ」
『それじゃ、お休み』
「ああお休み」
そう言って通話を切った。
俺はスマホを机に置くと、ベッドに飛び込んだ。
「あー!!!」
そんな声が出る。
何というか、何やってんだ俺は。
自分には対する怒りと恥ずかしさが沸々とこみ上げてくる。
樫田に言われたことで、ようやく冷静さを取り戻せた気分だった。
そりゃそうだ。樫田に教えてもらって、それで山路を説得する?
違うだろ。何様だ俺は。
今、俺が一番状況を理解してなく何も分かっていない。
まずは考えて、気づいて、知るところからだ。
そう思うと、少しだけ現状が見えてきた。
山路が辞めるまではまだ時間がある。
それにみんなで集まる機会はもう一度ある。
今すぐ何かが起こるわけではないのだ。
「けど――」
俺が知らないことは何だ?
いつか轟先輩に難しいことは考えるなって言われたのを思い出す。
たぶん、俺一人じゃ一生気づかない。
とりあえず、椎名に連絡するか。
上半身を起こし、机に置いたスマホを手に取る。
画面を見ると、通知が何件か来ていた。
「これは」
意外な人からの通知に驚きながらも、俺はスマホをタッチして詳細を開いた。
『明日会わない? 話したいことがある』
内容はシンプルだった。
俺は少し悩みながらも返事をした。