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第114話 彼の真意は計り知れない

 俺と椎名は駅前のショッピングモールに来ていた。

 もちろん買い物をしに来たわけではない。

 いつものように……いや今回は特殊か。

 山路のことを話し合うため、二階のフードコートに来ていた。

 隅の方の席に座る。

 土曜の夕方ということもあり、けっこう混んでいた。


「何から話したものかしら」


 神妙な面持ちで椎名は俺を見てきた。

 それつまり、俺がどこまで分かっているのかということだろう。

 だから俺は正直に答える。


「俺は何一つ分かっていなんだ。一から教えてくれ」


「一から……それでいうなら私も何が始まりなのか、分かっていないと思うわ」


「……なぁ、椎名はいつ気づいたんだ? 山路が辞めようとしているって」


 俺の中にある急かす気持ちを抑え込み、一個ずつ聞くことにした。

 椎名は落ち着いた様子で語る。


「……いつ、と聞かれると難しいわ。まさか辞めると本当に言い出すなんてって思う部分もある。でも、そう来たかって腑に落ちる部分もあるわ」


「腑に落ちる部分?」


「ゴールデンウィーク明けから大槻と山路の出席率が良いことが気にした始めのきっかけかしら。特に山路は真剣に練習をしていたから」


「それで分かるもんなのか?」


「いいえ。ただ何かを決意していたのははっきりと分かったわ……そして、朗読劇が終わった後、ここで杉野から宣戦布告の話を聞いたとき嫌な予感がしたのよ。たぶん、それが始まりかしら」


「なんで言ってくれなかったんだ」


「私だって……杞憂であってほしかったのよ。まさかこんなことになるなんて。話しておくべきだったわね。ごめんなさい」


 その言葉に少し驚いた。

 珍しいことに椎名が素直に謝ったからだ。

 本当に悔やんでいるのだろう。

 俺は椎名の辛そうな顔を見て、胸が締め付けられた。


 何してんだ。そうじゃないだろ。

 今しないといけないことは、山路が辞めようとしている理由を知ることだ。

 誰かを責めることではない。


「こっちこそすまん……なぁ、何で山路は辞めるなんて言い出したんだ?」


「そうね。そこに関しては私の推測でしか語れないわ」


「いいよ。教えてくれ」


 何であれ情報が欲しかった。

 俺は想像することさえできてない。

 前置きのように、椎名は俺に質問をしてきた。


「杉野は、山路が言っていたことの意味が分かったかしら?」


「演劇部の青春ってやつか?」


「ええ、そして私たちが全国を目指すことについて確認したこと」


「……俺の中では、山路に一石を投じられた気分だったよ」


「一石?」


「ああ、演劇部の……いや俺たちの青春って何だ? って聞かれたようだった」


「そう。杉野はそう捉えたのね」


「椎名は違うのか?」


「……私には、山路に『僕の青春はここまでだ』って言われた気がしたわ」


「ここまで……?」


 意味が汲み取れず聞き返したが、椎名は答えてくれなかった。

 言いにくいことなのか、それとも言葉にしにくいのか。

 表情からは、どちらとも考えられた。


「でも、一石を投じたというのは言い得て妙ね。きっと大きな波紋になるわ」


「どういうことだ?」


「覚えているかしら。山路は私たちが全国を目指すことに対して、望んでいない人もいると言っていたわ」


「ああ、そうだな」


「あれってこうも捉えることができないかしら。君たちが全国を目指すなら僕は部活を辞めるって」


「なっ!」


 一瞬、言葉に詰まった。

 じゃ、じゃあ何か!?


「山路が辞めるのは俺たちのせいってか!?」


「そうとは言ってないわ。けどそう捉えることはできるでしょうね」


「んなの、言葉の綾だろ」


「それを解釈するのは他のみんなよ」


「……」


 確かにそうだ。

 寒気に襲われると同時に、少しだけ状況を客観視できるようになった。

 山路が椎名と俺に投げかけた質問は、とっさの出来事じゃない。

 前もって準備していたのだろう。

 でも、でもだ。疑問が残る。


「山路は何でそんなことをしたんだ? 山路にとって何の意味があるんだ?」


「そこは私にも分からないわ。ただ、これで私たちが全国を目指すことは明言された。そして山路はそれに反対しているってことよ」


 ここまで話しても、山路の辞める理由も質問の目的も分からなかった。

 本当に山路は反対しているのか? それとも別の意図があるのか?

 俺は頭を抱えた。

 どうする? どうすればいい? 俺がすべきことは何だ?


「ねぇ、杉野」


「ん? 何か気づいたか?」


「一つ確認していないことがあったわ」


 俺は何か浮かんだのかと期待するように椎名の方を見た。

 しかし椎名の顔は険しかった。


「杉野は山路をどうしたいの?」


「どうって、どういう意味だよ。そんなん辞めるのを止めさせるんだろ?」


 何いってんだ。そんなの当たり前じゃないか。

 そう思っていると、椎名が真っ直ぐに俺を見て口を開いた。


「今回は大槻の時とは何もかもが違うわ。山路は自分の意志で辞めたって言っているのよ」


「それは……でも!」


「そして私たちが全国を目指すに反対しているかもしれない」


「……何が言いたいんだ?」


「山路がもし部活に残ったとして、私達とは目指す場所が違うのよ? 彼も言っていたでしょ。『一致団結できないのに全国を目指せるの?』ってあの言葉が嫌に残っているのよ」


 いつの間にか、椎名の表情は不安に満ちていた。

 これは質問じゃない。感情の吐露だ。

 椎名は今、夢と現実の差に、圧に、擦り減っている。

 

 ……何してんだ俺は。

 俺が苛立っているように、椎名は自分が原因で山路が辞めるかもしれないと不安なんだ。

 話している内容は山路のことだが、俺が今話している相手は誰だ?

 向き合っているのは椎名だ。

 なら、ちゃんと見ろよ俺。


「……大丈夫だ」


「え」


「前に言っただろ? 俺の青春にはみんなが必要なんだ。みんなで劇がしたいんだ。だから俺が何とかする。山路のこともその先も俺が何とかしてやる」


「杉野」


「でもさ。俺は馬鹿だから分からないことは教えてくれ。足りないことは補足してくれ。そうやって一緒に全国目指すんだろ?」


「ええ、そうね」


 俺の言葉に椎名は頷いた。

 どこまで納得したのかは分からないが、少なくとも不安は少し消えたようだった。

 今日はここまでかと思った時、椎名から意外な言葉が出た。


「杉野、樫田に相談しなさい」


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