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第113話 ふざけんな

「は?」


 そんな声が出た。

 理解できなかったのではない。

 言葉の意味を理解してなお、言っていることが分からなかった。

 部活を辞める? なんで?


「僕の意志表示をしてところで――」


「待て! 待て待て! 待ってくれ!」


 山路が話を進めようとしたが、俺は堪らず止めにかかった。

 何で山路はそんな平然としているだよ!

 てか、みんなも何で驚いている様子がないんだよ!


「辞める? どうしてそういう話になるんだよ! 山路もみんなも! 何でそんな平然としているんだよ!」


 叫ばずにいられなかった。

 冷静ではいられなかった。

 だが、俺がそうであればあるほど周りとの温度差が増しているようだった。


「杉野。今は山路が――」


「いいよ樫田。それにありがとう杉野」


 山路は樫田を止め、俺に感謝を述べた。

 訳が分からなかった。


「何の感謝だよ……」


「怒ってくれたこと、叫んでくれたことに対してだよ」


「そんなん当たり前だろ!」


 俺の言葉に、山路は笑った。

 何だよそれ!

 俺は教室の中央にいる山路に向かって歩き出す。

 しかし、数歩歩いたところで肩を捕まれ止められる。

 振り向くと、大槻が俺の肩を強く握っていた。


「大槻……?」


「止めろ杉野。それ以上は止めてくれ……」


 苦しそうな大槻を見て、俺はますます訳が分からなかった。

 みんなの表情を見る。みんな辛そうに、苦しそうにしていた。

 どういうことだよ……。

 誰もが口を閉じ、下を向いている中で山路がゆっくりと発した。


「そうだね。もうここまでにしよっか」


「……いいのか?」


 山路の言葉に樫田が代表するように聞いた。


「うん。僕が確認したいことはできたから」


「分かった」


 まずい。

 今この場が終わろうとしている。

 俺の直感が叫んでいる。このままではいけないと。

 きっとそれは山路が辞めることが確定することを示すだろうと。


 けど、俺は動くことが出来なかった。

 場の空気、俺の肩を持つ大槻の手から伝わる緊張感、そしてまるで当然かのように受け入れているみんなの態度。

 状況を飲み込めていない俺にはどうすることもできなかった。

 終わろうとしたその時、


「待って」


 声の主は静観していた夏村だった。

 彼女に注目が集まる。


「やっぱりこんなの間違っていると思う」


 夏村ははっきりと否定した。

 俺の言えないことを彼女は真っ直ぐに示した。

 場に飲まれず、自分を貫いている。


「山路はちゃんと全てを説明すべきだと思うし、香奈はそれを止めるべきだと思う」


「佐恵……」


 夏村の言葉に椎名は何か感じるものがあったのか、表情が変化した。

 対して山路は、笑顔のままだった。


「それは違うよ夏村」


「違う? どうして山路。さっき演劇部の青春の話って言ってた。ならこれはみんなで話し合うべきこと」


「そーかなー。僕はそれぞれが決断する時って思うけど。別に意見をそろえなくてもいいんじゃない―?」


「それは……」


 言葉に詰まった夏村は助けを求めるように樫田の方を見た。

 樫田はすぐに口を開いた。


「山路……いや、みんな。ここは一旦持ち帰るってのはどうだ?」


「持ち帰るー?」


「ああ、急な展開について来ていない奴もいるし、それぞれ納得してない部分もあるだろう」


「でも、僕は」


「山路。お前が春大会で辞めること。その意志は分かった。ただどちらにしても春大会が終わるまでは普通に部活をするんだろ?」


「まぁ、そうだねー」


「なら、それまでは結論を急ぐ理由もないはずだ。確認したいことはできたんだろ?」


「……ほんと、樫田はまとめるのが上手いね」


「そりゃどーも」


 淡々と話が進んでいく。

 俺は黙ってそれを見ていた。

 いつの間にか大槻も俺から手を放していた。

 自由なはずなのに言葉一つ出すことが出来ず、俺はただ現状で結論を出すことが無くなったことを安堵していた。


「……でも持ち帰るってことは、またみんなで集まるってことー?」


「目聡いな。俺はそのつもりだ」


 そのまま、樫田はみんなに視線を送る。

 それぞれ頷く。俺もそれに合わせた。

 一通り確認すると樫田は山路をもう一度見た。


「山路。俺も夏村の言う通りお前には説明責任があると思う」


「分かったよ。次集まる時までにちゃんと言葉を考えておくよ」


 降参したのか、山路は少し困った様子を交えながらそう答えた。

 それを聞いて少しだけ空気が緩んだようだった。

 みんなどこか力が抜けたのだろう。

 問題を先送りにしたのに、そのことにほっとする自分がいた。


「とりあえず今日は解散しよう。次いつ集まるかとかは追々だ」


 樫田はまとめるようにそう言い、その場は解散となった。

 それぞれ帰りの準備を始める。

 お互いに様子を見ながらも、ゆっくりと一人二人と帰っていく。


「杉野」


 椎名が話しかけてきた。

 いつの間にか、残っていたのは椎名と俺だけだった。


「……杉野、とりあえずここを出ましょう」


「ああ」


 半分放心状態なのは自分でも自覚があった。

 俺はそのまま椎名に導かれて教室を後にする。


「……鍵返してくるから先に外で待ってて。すぐに行くわ」


「分かった…………その後、少し話せるか?」


「ええ、もちろんよ」


 それだけ言葉を交わすと、椎名と俺は一度別れた。

 下駄箱へと向かう。

 俺は現実へと戻っていく。


 ふざけんな。

 歩きながら、何回も心で叫ぶ。


 山路が辞める? ふざけんな。

 何一つ分からない。何一つ認めない。


 ふざけんな。ふざけんな。

 こっからだろ。俺達の青春は!

 俺は震えるほど力強く拳を握る。


「絶対に辞めさせない」


 俺は一人、決意する。

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