Scene10『チーター〇すべし慈悲は無い』
『チーター』というものに初めて出会った時、
オレは―――
中学3年の夏。
運動部が『最後の大会』とやらに参戦し、校庭やらグラウンドやらで、汗と血と涙に塗れているであろう、そんな夏休みの真っただ中。
「っしゃぁーーー!!!」
『プラチナ昇格だァーーー!!!!』
オレと優斗は、冷房の効いた快適な自室で、大人気FPSゲーム『E:ros』をプレイしていた。
「おめでとう優斗!おめでとうオレ!!おめでとうオレ達!!!」
『いや本当おめでとうだわ。正直上がれると思ってなかった』
VC越しに、お互いの健闘をほめたたえ合う。
E:rosを始めて1年が立ったこの日、オレ達は遂に、上級者の入り口として悪名高い【プラチナ】ランクへの昇格を決めたのだ。
【ルーキー】【ブロンズ】【シルバー】【ゴールド】と、1年かけて駆け上がり、とうとう辿り着いた5つ目のランク。
ここに至るまでの数々の試合がフラッシュバックし、思わず天を仰いだ。
「決して...決して楽な道では無かった.....!!」
『ほんとになぁー.....』
そう。決して楽な道では無かった。
何も言わずに凸る野良の味方(そして大体そのまま〇ぬ)、
罵詈雑言や文句ばかりぶつけてくる暴言厨(〇ね)、
何語を喋っているか全然分からない外人ニキ、
etc...etc.....
『お前の上げる障害物、味方ばっかじゃない?』
「ソンナコトナイヨ」
ともかく。
多くの困難を乗り越えて、ようやく、ここまで来ることが出来たのだ。
到達率上位10%の領域【プラチナ帯】。
ここに辿り着いたという事は、簡単に言えば、『E:rosプレイヤーを適当に100人集めたらその中のトップ10に入る実力になりました』とも言える。
もっとも、E:rosの総プレイ人口は1,000万人に上るため、正確には10万人に1人の実力だが。
その他の990万人―――ルーキー/ブロンズ/シルバー/ゴールドの者達を蹴落とすのが、非常に難しく、大変だった。
大変だったが。
この達成感を思えば、その苦労も、悪くなかったかもしれない。
『苦労した分、感動もひとしおだな』
「あ、ちょうど同じ事思ってた」
『はぁー?思考読むなし。アルミホイル巻こ』
「いやいや、ほら、一緒に苦労しましたからね? そら同じ事を思いますよ」
『たしかし~』
優斗の笑い声が聞こえる。オレも笑っていた。
感動をありがとうE:ros。思い出をありがとう。
そして。
敵だった、味方だった、全てのE:rosプレイヤーに。
ありがとう。
ただし暴言厨。テメーは〇ね。
『どうする?キリもいいし、今日は終わる?』
「いやいや!プラチナの景色見ていこうぜ!!」
時刻は午後3時。まだ日は高く、遊び終えるには中途半端な時間だった。
午前中からぶっ通し(約5時間)でプレイしているので疲れてはいるが、ここまで来たら上級者の領域とやらを体験していきたい。
なにせ、明日からはこの領域で鎬を削り合う事になるのだ。今のうちに見ておいて損は無いだろう。
『んじゃ行きますかー、プラチナ帯』
「へへっ...新たな冒険がオレを待ってるぜ.....!」
『どこの海賊王だよ』
「言ってねーよ海賊王こんなセリフ」
ランク開始ボタンを押し、待つこと数秒。
すぐに試合が組まれ、画面が切り替わり、キャラピック画面へと移る。
いつもと何も変わらないその画面が、とても新鮮な光景に見えた。
「うわぁー!プラチナって何選択したらいいか分かんねー!」
『一旦いつも通りで行こうぜ』
「せーやなっ」
優斗の提案通り、オレは索敵キャラの『黒妖犬』、優斗は斥候キャラの『void』を選択。
そして、野良の味方もキャラをピックし終わり。
人生初のプラチナ帯の戦いが、遂に幕を開けた―――
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
全滅した。
「........え?」
画面にデカデカと広がる『GAME OVER』の文字。
一体どういう状況なのか。理解するまでに、かなりの時間を要した。
「な、なんだ? なんでやられ......」
『.....いや、ていうか.....何が起きた?』
混乱しているのはオレだけでは無かったようで、VC越しに、優斗が首を傾げている様子が伺えた。
試合時間、僅か3分。
その3分の記憶が正しければ。
オレ達は、MAP内のデカイ街にスポーンして。
落ちている物資を漁り始めて。
武器を拾って。
さて安全地帯はどこかなー? なんて会話をしていて。
そう、会話をしていた。
そしたら突然。
倒れた。
「.....なんで???」
敵の姿は見えなかった。屋内だったので、変な場所からスナイプされた、なんて可能性も無いだろう。
というか、足音もしなかったし、そもそも周辺に敵なんて―――
『.....あー、なるほどな』
1人でグルグル考え込んでいると、優斗が何かに納得したような声を上げた。
「なに? なんか分かった?」
『観戦してみ。今のヤツ』
言われて、気付いた。
E:rosは、負けが確定した時点でロビーに強制送還される、というシステムでは無く。
倒された敵の視点で、その試合の続きを見ることが出来るのだ。
つまり、自分達を倒した奴が、どんだけ強ぇヤツなのかが分かるわけで。
「一体どんな化け物にやられたんだー...?」
観戦ボタンを押し、敵のプレイ画面が映る。
そして。
全てに納得した。
「はぁッ!!?」
そこに映っていたのは、まさしく化け物だった。
「12キル!?試合始まってまだ5分だぞ!!?」
画面右上に表示されているキル数とダメージが、異様な数値を表示している。
12キル。すなわち、オレ達を含めた3人編成の部隊を4つ、1人で潰して回った、という意味だ。
そして。
どうやってそんな神がかったプレイをしているのか、というと―――
「え?こいつ何して.....」
ビルの屋上に立ち、おもむろに空を向く敵。
そして、そのままスナイパー銃を数発、空に向かってぶっ放すと。
放たれた弾道が、ギュインと曲線を描き、隣のビルに伸びていって。
数秒後、画面に「ENEMY DOWN」の文字が表示された。
「え!?なに!?なに今の!!?」
『チーターだよコイツ。かなり強力なホーミングチート』
「ち、チーター.....?」
『ゲームのプログラムを書き換えて、不正に強くなってる奴らの事。こいつは多分、どこに弾を撃っても敵に当たるプログラムを使ってる』
「なんだよソレ!?クソ野郎じゃねーか!!」
『ほんとだよなぁ~~~』
オレ達が文句を言っている間にも、画面のチーターはどんどんキルを重ねていく。
そして、本来なら20分程度かかる試合を、僅か10分足らずで終わらせて見せた。
30kill/15,000dmg。
1人で10部隊(試合に参加しているプレイヤーの半分)を鏖殺し、公式記録の最大ダメ―ジである5,000dmgの3倍の記録を打ち立てた、その姿を見て。
「ふッッッざけんなよ!!!」
台パンが止まらなかった。
何堂々とチャンピオン画面で勝利ポーズ決めてんだコイツ。
『味方は早々に気付いて抜けたんだろうね。居ないし』
「あー...だからずっと一人だったのか.....」
言われて気付いた。E:rosは3人1組のゲームの為、システム的にランクマッチをソロでプレイ出来ないのだ。
そのため、本来ならこのチーターにも味方がいる筈なのだが、チャンピオン画面に映っているのは当のクソ野郎1人だけだった。
プラチナ帯の先達は聡明でスポーツマンシップに溢れた方々だったらしい。チーターの力でチャンピオンにはならんぞと。
それに引き替え、
「仲間からも嫌われて恥ずかしくないんですかぁーー???」
『なんとも思わないんだろうなぁ。チート使ってるぐらいだし』
「はーしょうもねぇ!!!ズルしてハブられてぼっちで取ったチャンピオン嬉しいんですかねぇーーー!!?」
暴言が止まらない。止めようとも思わなかったが。
せっかくのプラチナ帯での初試合だったというのに、プラチナ昇格で凱旋気分だったというのに。
チーターのせいで全部台無しだった。
まるで、サッカーをしていた筈なのに、相手選手にメリケンサックでぶん殴られて、倒れている間に試合に負けた、みたいな。
それぐらいの理不尽を感じた。文句の1つや2つや3つや4つは言いたくなる。
というか言わせろ。むしろ殴らせろメリケンサックで。
『たまらず通報したわ』
「通報?これ110番出来るの?」
『出来ねーよ。国家権力動かねーって』
優斗曰く、ゲーム内の機能で「運営に対して」通報する事が出来るらしい。
こいつチーターですアカウントBANして下さい、と。
BANとは、運営の権限で該当アカウントを停止させ、規約違反者がこれ以上悪さを出来ないようにする措置であり、画面の中で踊っているコイツも永久にE:rosをプレイ出来なくなるとのことだった。
だったが。
「.....胸糞悪いのは消えないよなぁ」
『そうなんだよなぁ~...』
こいつが要望通りBANされたところで、不快な思いをした事には変わりなく、その事実は払拭できなくて。
それが輪をかけて不快だった。
そして失われたランクポイントは戻らない。FxxK。
「なぁーんか萎えちまったなぁー.....」
ロビーに戻ったはいいものの、どちらもランクの開始ボタンは押さなかった。
なんとも言えない空気が、1分ほど続いて。
『...どうする?今日やめにしとく?』
「そうなぁー.....とりあえず、プラチナ昇格は出来たし.....それでOKってことで.....」
『うぃ。んじゃまた後日、仕切り直そ』
「うぃー。お疲れーっす」
『うぃっすー』
通話を切り、ヘッドホンを机の上に置いて。
ベッドにダイブする。
どっと疲れが押し寄せてきた。
「...............」
―――違う。
疲れたというよりかは。
落胆。
それが一番しっくり来た。
苦労して、時間を掛けて、たまに優斗と喧嘩もして、嫌な思いもたくさんして、そうして勝ち上がった先の景色が。
まさかあんな、しょうもないモノだったなんて。
「.........なんで」
なんでチートをするのだろうか。
スマホで調べてみれば、E:rosではチートが蔓延っていて、上位帯のプラチナ以上になると遭遇するようになる、という情報が多く見られた。
そして、上へ上へとランクが上がるにつれて、その遭遇率は高まるとも。
プラチナに到達した瞬間感じた、得も言われぬ達成感と、「次のランクも目指せるのでは無いか」という、新たな目標が見えた事による高揚感。
それを、通りすがりの知らない誰かに奪われて、叩き壊されて、ぐちゃぐちゃに踏み荒らされた気分だった。
「はぁーーー!!!しょーもねぇーーー!!!チーター滅べぇーーー!!!」
ベッドに寝ころんだまま、天井に向かって叫ぶ。ドアの向こうから「うるさい!」と親の叫び声が返ってきた。
なんだかそれも理不尽に感じて、枕を被ってふて寝した。
中学最後の夏、ちょうど去年の微笑ましい記憶だ。




