Scene11『Cheater must die』
『―――瞬? おーい?』
ヘッドホンからの呼びかけに、ハッと我に返る。
画面に広がる「GAME OVER」の文字。
「.......あー」
そうだった。
いつものように、E:rosを、優斗と一緒にプレイしていて。
中でも今日は、ランクマッチの昇格戦―――プラチナⅣからⅢへ上がるためのクソ重要な日、だったのだが。
チーターに襲われて無事に台無しになったのであった。
対戦ありがとうございました。〇ね。
『生きてる?え、マジで大丈夫?』
「.....生きてる。大丈夫」
『うわビックリしたぁ~。チーターに精神までやられてモノ言えぬ廃人になったのかと...』
「なりかけてたわ。引き戻してくれて感謝する」
『なりかけてたんかい。良かったわ戻ってきて』
チーターに瞬殺されて、思考が停止して。
初めてチーターにひき潰された去年のことを、思い出していたのだった。
当時は存分にキレ散らかしてたなぁ、なんて現実逃避をして、苦笑いが浮かぶ。
今はキレないのかというと。
どちらかとういと、無力感が強くて。
無意識に、コントローラーから手を離していた。
観戦モードで、画面の中で無双しているチーターを、ただぼーっと眺めている状況だ。
『あぁ~、今日もチーターさんは絶好調ですね~^^』
「xxxxxxx」
『シンプルに暴言で草』
「言ってなきゃやってらんねーッス」
実際は言ったところでやってられないが。
チーターにやられたのは、今日これが初めてではない。
4回目だ。それも今日だけで。
5試合やったうちの4試合、化け物達に遭遇し、その度に成す術もなくひき潰され、ランクポイントがゴリゴリ減ってしまった。
開始時点ではもうちょっとでプラチナⅢに上がれそうだったランクも、ギリギリプラチナに留まっている『床ペロ』状態だ。
ここ2,3日の努力が水の泡と帰した瞬間である。
その徒労感もあってか、コントローラーを手に取る気になれなかった。
「ざっけんなマジで.....厄日過ぎるだろ今日.......」
『いやぁー、こっちがデフォルトまであるぞ。実のところ』
「.......は? どういう事?」
『なんかね、今シーズンやたら多いんよ』
「チーターが?」
『そうそう。もうね、朝だろうが昼だろうが夜だろうが、いつプレイしても湧いてさ』
「なんだソレ.....タチの悪いGかよ.....」
話を聞いて、更に絶望が積み重なる。
優斗も一緒にプレイしていた昨日や一昨日はチーターに遭遇しなかったが、その遭遇しなかった事が不思議なくらい、今シーズンは頻繁に遭遇するのだという。
この夕方~夜の時間にかけてのみ出現するのであれば、生活習慣を少し変えて、早朝に起床して学校に行く前にE:rosで遊ぶ―――なんて対策も考えられるのだが。
時間を問わず湧かれるとなると、もうどうしようも無い。少なくとも自分には対策が思い付かなかった。
「えぇ~......どうしようも無いよなぁ........コレ...........」
単純な実力差で負けたのなら―――あそこでこう動けばよかったとか、タイミングを合わせようとか、もっとエイム練習しようだとか、そもそもマクロの動きが良くなかったとか。
自分たちなりに改善点を見つけ、反省しながら次の試合に臨み―――結果的にそれが成長に、より強くなる事に繋がるので、負けても全然嫌じゃないのだが。
ルール違反のチーター共にやられると、話はガラッと変わる。
そりゃそう。ルール外の卑怯な手段で、ただ一方的に、理不尽に蹂躙されただけなのだから。
不満と、怒りと、呆れと、ストレスだけが募って。
ストレス発散で遊んでいるゲームで、追加でストレスを増やしていて。
意味が分からない。文字通りやってられない。
「―――悪い、今日はもう落ちるわ」
E:rosを落とし、ヘッドフォンをしたまま、椅子の背に全体重を預ける。普段の半分の時間もプレイしていないのに、普段以上に疲れた気分だった。
『そう? まぁまともに出来る環境でも無いしな』
「それもあるけど、テスト近いからさ。勉強しとこうと思って」
『あなる』
「やめろ。「あーなるほど」のその略し方はやめろ。伸ばし棒入れろせめて」
『棒を入れろ.....!?』
「言ってねぇよ!!!違ぇから!!!切り取るな変に!!!!!」
『ケツ〇確...』
「やめろォ!!!!!」
最後に下らないやり取りを交えつつ、優斗との通話を切る。
通話を切って。
深いため息を吐いた。
「......マジかぁ」
このクソストレスの溜まっている状態で、さらにストレスのかかる期間に入るというのに。
一番好きなゲームが出来ない、など。
「うっわ」
想像しただけで嫌気がさした。鳥肌が立った。足がすくんだ。
どうやら、自分が思っている以上にストレスらしい。
「...............」
であれば。
いっそのこと『ランクマッチ』に拘らず、
「しばらくアンレートで誤魔化すかぁ.....?」
E:rosに実装されている、ランクマッチでは無い方のもう1つの試合―――文字通りレートが関係無い試合『アンレート』。
そっちの方で遊ぶことで、しばらくの間お茶を濁そうかと考えた。アンレートなら流石にチーターは居ないだろう。
なんでそう予想できるかと言うと、『報酬』が存在しないから。
ダイヤ以降の上位ランクに食い込めば、ダイヤ到達者専用バナー、マスター到達者専用バッジなどの『報酬』が貰える。
それは目に見える形での、自分はE:rosの中でも僅か上位数%に存在している『格付けの証』であり、E:rosが数多のゲーム廃人を生み出して止まない理由の1つなのだが。
アンレではどれだけ頑張ったところで、それらの報酬は得られない。
チートに手を染める連中は、その『報酬』がどうしても欲しくて、でも自分の実力じゃ手が届かなくて、だから人外の力に頼って―――というクソしょうもないパターンが多いそうなので。
まさか報酬の存在しないアンレには出張ってこないだろう、という読みである。
「.....潜ってみるかぁ、久しぶりに」
順位や勝ち負けに強く拘らない人達が遊ぶ試合なので、個人的にはランクに比べて楽しさガタ落ちなのだが。
E:rosが一切出来ないよりかはマシだ。
少なくとも、まともにE:rosがプレイ出来る―――そう思えただけで、気分が上向きになった。
そう楽観視していた。
この時は。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
アンレートでチーターにひき潰された。
「なん.....だと.......!?」
何を言っているのか分からないと思うが、オレも何を言っているのか分からない。
というか分かりたくない。
なんでアンレにチーターが居るんだ。
「...............」
コントローラーをPCから引き抜き、ベッドに放り投げる。
本日もクソみたいな学校を終えて、最速で帰宅し、疲労困憊の心身を引きずって、ご褒美タイムと洒落込んで。
で、そのご褒美が、この画面いっぱいに広がる『GAME OVER』の文字、と。
「...............嘘だろ」
PCの電源を点けたまま、ベッドにダイブする。
状況を整理しよう。
現在、E:rosにはチーターが蔓延っている。わんさかと。
そのせいで、ランクマッチ(特にプラチナ以上)がまともにプレイできる環境では無い。というか無かった。昨日身をもって体験した。
なので、ランク付けの無いアンレートならば、チーターは存在せず、ゲーム性を損なうことなく遊べる、と踏んでいた。
踏んでいたのだが。
全然居た。
ベッドから起き上がり、PCの観戦画面を見てみると。
「..........うわぁ」
絶望しか無かった。
オレ達を倒したチーター部隊が、他のパーティに倒されたのだが。
その他のパーティもチーターのようだった。
「うわコイツチーターじゃねぇかクソ野郎め」と思わせられる観戦画面が別パーティに切り替わり、その移り変わった先でも、「うわチート使ってんなコイツ」と明らかに分かるプレイを見せられて。
オレは静かに、PCの電源を落とした。
「こんなの..........」
ランクでもアンレでも、誰もルールを守っていない。ゲームとして成立していない。
今E:rosをプレイしたところで、ただチーターに蹂躙されるために、時間を浪費するだけだ。
そんなの。
もう、どうしようもない。
「.....どうしろってんだよ」
時刻は夕方5時。
寝るまで時間は幾らでもある。来月の試験対策をするもよし、今日の宿題を片付けるもよし、今週の小テストのために勉強するもよし。
ただ1つ問題なのは。
そのどれも、やる気が起きなくて。
「...............」
優斗は今日、一緒にプレイしていない。
連絡が返ってこないので、おそらく昼夜が逆転しているのだろう。
どの時間帯がチーターが少ないのか、調べているような事も言っていたし、昨日オレが落ちた後、深夜までE:rosをプレイしていたのかもしれない。
『アンレも無理。チーター多すぎ。終わってるマジで』
それだけメッセージに残し、再びベッドに身体を預ける。
寝っ転がりながら、SNSでE:rosについて検索してみると―――物凄い数がHITした。
チーター多すぎてまともにプレイできない、という怒りの声が。
「..........はぁ」
ため息が漏れ出る。叫ぶ気力も湧かなかった。
学校や私生活でしこたま溜め込んだ、胸の内に溜まりに溜まった、このドロドロの淀みを、解消する先を失ってしまって。
なんなら解消先で余計にドロドロを増やして。
コレを抱えたまま、明日を迎えなくてはいけないのかと思うと。
ものっそい億劫な気分だった。
明日休もうかな。そうしよっかな。家でも試験対策出来るしな。予習も出来るし。
「....................」
―――そんな事が許されないのは、この家で暮らして15年のオレがよーく知っているので。
それを思い出して、余計億劫な気分になった。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
頭を搔きむしる。というか搔きむしっていた。むしらずには居られなかった。
何か、違う娯楽を見付けよう。
テスト期間の間だけでいい。E:rosに代わる何かを。
でないと。
ストレスで爆発しそうだ。
頭か心臓のどちらかが、学校か自宅の自室で爆発四散してしまいそうだ。
本当にそうなればまだ楽だろうが―――
「.....おい待て。なんて事を考えてやがるオレ」
自分で自分を嗜めるように、落ち着かせるように、額を軽く叩いて。
胸に手を置き。
一旦深呼吸。
深呼吸しながら―――自分で思っているよりも限界なのかもしれない、なんて事を、他人事のように考えて。
でも、この限界状態を抜け出す術が分からなくて。
せっかく整えた呼吸が、ノータイムで乱れ始めた。
「.......出るか」
やめよう。一旦家から離れて考えよう。
そんな結論に至って、せめてもの気分転換と現実逃避に、散歩に行く事にした。
歩きながら考えよう。もしくは走りながら考えよう。
考えなくてもいいから、身体を動かして誤魔化そう。
そう思って外に出た、元陸上部長距離担当の、オレの足取りは。
ブランクでは説明が付かないほど、重たかった。




