幸せの香り(上)
◆ 天海浩介 ◆
部屋の小窓から射し込んできた陽の光がゆっくりと僕を目覚めさせる。
「ん……今何時?」
枕元のスマホに手を伸ばし、充電器を切り離すとまだ光に慣れない目を凝らして時間を確認する。
「7時半か……」
普段ならもうとっくに起きている時間だが今日はそんなことは気にしない。何せ今日から夏休みなのだから。
僕はスマホの電源を切ると枕に顔を埋める。このまま二度寝してしまおう。
そう思った矢先、どこからか甘い香りが漂ってき、僕は枕から顔を上げる。
水無瀬さんもう起きてるのか。
ベッドから起き上がり、1階のリビングへと顔を覗かせると、ダイニングテーブルには2人分の朝ごはん。
「あっ、天海くんおはよ。今ちょうどフレンチトースト焼けたところだよ」
今朝はフレンチトーストか。それはそれは手の込んだものを。
隠れ甘党の僕としてはこれほど唆る朝ごはんはない。
二度寝の予定は取りやめ、僕は朝食の席に着く。
「コーヒー入れるけど砂糖と牛乳いれる?」
「ありがと、砂糖はいつもより多めでよろしく」
甘いもの×甘い飲み物これこそ至高。お菓子の、甘い×塩っぱい=無限という式もあるが、結局のところ幸せの最高値は甘い×甘いで、もう諄くて食べたくなくなるまでくらうことなのだ。
水無瀬さんがことと置いてくれたマグカップを手に取りコーヒーを一口あおる。口の中に砂糖の甘みとほのかなコーヒーの香りが広がる。
さて、準備は万端。
フレンチトーストをフォークとナイフで上品に一口大に切る分けるとそれを一切れ口に運ぶ。
「美味いっ!」
ふわふわとろとろのパンを噛み締めると中から甘い、まるでアイスのような汁が溢れ出てくる。
「でしょ、ちょっとバニラエッセンスも入れてみたんだ……うん、おいし!」
僕の向かいでニコニコ美味しそうにフレンチトーストを頬張る水無瀬さんを見ていると、あぁこんな穏やかな日々がいつまでも続いてほしいとなんとはなしに思う。予定がなくてのんびりできる朝最高。
この幸せを噛み締めるようにずずずとコーヒーを啜ると、それに被せるようにインターホンがピーンポーンと音を鳴らす。
「こんな早朝に誰だろ? 天海くんなんか頼んだ?」
「いーや、何も」
言うやいなや、はーいと言いながらてててと廊下をかけていく水無瀬さん。
宅配便にしては朝早すぎるし、新聞配達にしては朝遅すぎる。ご近所さんが回覧板でも回しに来たのか。だとしたら朝っぱらからご苦労迷惑なことだ。
そんなことを考えながらニュースをつけてみたびコーヒーを啜る。と、なんだか玄関から言い争うような喧騒が聞こえてくる。何事だ。
席を立って廊下出ると水無瀬さんが玄関で誰かと言い争っている……というよりどうやら困った様子でいやぁとかそのとか言っている。
「どうしたの水無瀬さん」
僕が顔を覗かせると振り返った水無瀬さんのわきから玄関先に立つ少女の姿が目に入る。
漆黒のショートボブがふわりと跳ね、小柄な体がするりと水無瀬さんを追い越すと僕の胸に飛び込んできた。
「ただいま! 帰ってきたよ——兄さん」




