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夕暮れの海。




「呪符書きはまだ続けているんだよな」

「はい」


 フランセットがケーキに集中して会話が途切れたからか、クリフォードがやっと口を開いた。

 だけど、地を這うような低い声のままで、不機嫌さが残る。


 彼は騒々しい声で自分の読書時間を邪魔されるのがイヤなのだ。


「そう言えば、裏移りしない新しい呪符用の紙が発売されたぞ」

「ホントですか?」

「あぁ、インクの方も改良されてより書きやすくなってる。リディアの以前書いたレポートに後付け検証できるだろう。書けたら、学園に提出するといい。学内評価が上がれば就職に有利だ」

「はい! アドバイスありがとうございます」


 私の書いた『筆記具の進化による呪符への影響と効果』は、四年生の時に学内コンテストの論文部門で佳作をもらっていた。

 まだまだ未熟で学会に発表するレベルまではいってないけど、自分でも楽しんで書いたものだから、後付け検証できるのはうれしい。


 その年の優秀賞はもちろんクリフォードで、当時学内で閲覧できるようになっていたレポートはさすがの一言に尽きる。


 その時、私の論文も読んでくれていたらしい。この前それを聞いて、なんだか面映ゆかった。


「そろそろ前期学内コンテストが開催だろう?」

「二十日後からです。私は今回はクラスメイトたちと、チームで参加します」

「テーマはなんだ?」

「流通販売を目標にした魔法玩具です」


「面白そうだな。商会ギルドも参画しているのか?」

「はい。受賞した玩具はコンテスト後に販売されるそうです」

「商品化されたら箔がつくな。就職面接時の評価も上がるぞ」

「まぁ、コンテストが就職に有利なんですか」


 ケーキを食べ終えたフランセットがまたクリフォードににじりよってきた。めげないなぁ。


「ならば私も頑張らなくてはいけないですね。何かアドバイスいただけませんか?」

「俺が君に出来ることはないよ。出よう」


 クリフォードはさっとテーブル上の本を魔法で引き寄せ立ち上がると、私の背を押してカフェを出た。


「あ、待ってください。私も一緒に……」


 追って来ようとしたフランセットだが、店員に会計で止められている。


 ちなみに私たちはチケット制の先払いにしていたので、足止めされず。

 状況を見ていたであろう馴染みの店員はわざとゆっくりフランセットの会計してくれ、その間に私たちは雑踏に紛れ込むことが出来た。



「なんだ、あの図々しい女は」


 地元民がよく使う細い抜け道を歩きながら、クリフォードは毒づいた。


「学園でもトラブルを起こしてるのをちらりと見かけましたが、なかなかの性格ですね」


 前回も今回も私を一切視界に入れなかった。

 あれだと男性以外は見下していると思われても仕方ない。


「美人だから多少強引にしても、男性は受け入れてしまうんでしょうね」

「そうかもしれない。だが俺やレオンがそういう男と同じだと思って近づいてくる時点で、見る目はないようだ」


 ばっさり切り捨て、クリフォードは街の西を指さした。


「リディア、海まで歩かないか?」

「海! 一年生のオリエンテーションで学外探検して以来です」

「今から行けば、夕日に間に合う」


 三十分ほど歩いて到着した海はおだやかで白波がレースのように波打ち際に押し寄せている。


 空気はよく澄んでいて、水平線までクリアに見渡せた。

 砂浜を歩けば、靴が沈み込む感触になぜか楽しくなってしまう。


「あの灯台まで行くか」


 クリフォードが指さす先に白く塗られた細長い建物が見えた。


「この時間なら灯台の下に魚がたくさん集まっているはずだ」

「へぇ~。クリフォードさまはよく来るんですか?」

「たまに頭を休めるためにな。ぼんやり歩きながら波の音を聞いていると、ふいにいいアイディアが出てくるときもあるし」

「本を読んだりも?」

「やってみたが、まぶしくて読めなかった」

「なるほど」


 そんな話をしながら、のんびりと灯台まで歩く。眼下の岩礁では餌を探す魚影がたくさん見えた。

 活発に動いているのを目で追うと、クリフォードの言う通り無心になれる。


 波の音と魚が跳ねる水音に耳を傾け、二人でぼんやり佇んでいたら、空が赤く染まり始めた。


 さっきまで上の方にあったはずの太陽はあっというまに目の高さまで下りてきている。


「夕日、大きいですね」

「あぁ、今日はきれいに見えるな」


 浮浪雲にも夕日が当たり、縁をピンクだったり、クリフォードの髪と同じ金色になったりさせている。


 無言で変幻自在の空模様に見とれていたら、あっという間にすべてが闇色に覆われた。


「戻るか」

「……はい」


 このままずっとここにいたいと思うほど、心洗われ、豊かな気持ちで満たされる。


「門限ぎりぎりだな、すまない」

「いいえ」


 そう言うクリフォードの足も、どこか名残惜し気に砂を踏む。


 まだ低い位置にある月と天高い星たちに見送られ、私たちはゆっくり歩いて街へと戻った。





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