27.だってみんなは、家族ですから。
大学からゆうやけ荘までは自転車でおよそ十分の距離。その距離を、僕は全力で埋めた。決してスペックの高くない僕の自転車がギコギコと悲鳴を上げるけれど、今は大目に見てほしい。
花笑ちゃんの参観日、具体的な参観授業は五時間目だったはずだ。高校と大学とでは授業時間はおろか、カリキュラムの組み立てから全く異なってくるし、まして僕の場合は間に浪人生活を一年挟んでいるからなおのこと、高校生の時間感覚を失ってしまっているけれど、それでも恐らくは、余程急がないと間に合うべくもない時間帯だった。しかも僕は、花笑ちゃんの通う高校に行ったことなんて一度もないのだ。かなり大きな学校だったから遠目に見たことがあるというだけで、つまり見知らぬ土地に向かうのだから、より一層一分一秒が惜しい。
そんな僕が息せき切ってゆうやけ荘に突っ込み、居間に飛び込んだところで、
「おやー、ユーヤさんも来ましたねー」
え。
驚いてみれば、そこには何と、ゆうやけ荘のほぼ全員が揃っていた――今まさに参観授業に差し掛かろうとしているであろう花笑ちゃんを除いた、全員だ。
「み、皆さん、どうして……」
全員が全員、それぞれに予定があったはずだ。目を丸くする僕に、全員が苦笑いをする。
「こ、講師にお願いして、先に延ばしてもらいました」と水戸さん。
「実験はー、ちゃっちゃと終わらせてきましたねー」と加賀さん。
「違約金払ってキャンセルした。……急ぎの仕事でもなかったしな」と前島さん。
「教授にお願いしたり脅したりして、発表の順番を入れ替えてもらったの」とまつげさん。
そして最上さんと木鈴さんは、臨時休講になって時間が空いた、と。つまり皆が皆、それぞれの用事にけじめをつけてここまで、花笑ちゃんの参観日に向かうために戻ってきた、ということだ――て、あれ、ただ単純にサボタージュしてるの、僕だけみたいだぞ。
「それじゃあ、全員そろったことだし、さっさと行きましょう。時間は一刻を争うもの。私が車出すから」
指先でくるくると車の鍵を回しながら、まつげさんが言う。確かに車の方が自転車よりも確実に速い。けれど、でも、まつげさんの車か……前島さんの運転よりはマシだけれど。
「ま、まるで全員揃うことをわかっていて、待っていたみたいな感じですね」
「待ってたんだよ。どうせ、何だかんだ言ってこういうときは、どいつもこいつも集まって来るんだからな」
投げやりな風に言う前島さん。そんな前島さんですら自分の仕事を、しかも違約金まで払って放棄してきたというのだから、前島さんの態度はポーズというか、スタイルに過ぎないんだろう。
そう、と皆がそれぞれに頷く。
「か、家族……ですから」
控えめにはにかみながら、しかしはっきりとその言葉を口にしたのは水戸さんだ。
家族。
明暗問わず、そんな情をこのゆうやけ荘に、この住人たちに抱いていたのは、決して僕だけではなかったというわけか。
……これは。
恥ずかしながら、僕の決断はちょっと遅すぎたらしい。
「迷い過ぎなんだよ、お前は……いらない気を回し過ぎ、とも言うがな」
呆れたように前島さんに言われるけれど、返す言葉もない。
「それじゃあ、行こうか」
まつげさんの促しに従って、皆がいよいよ車へ向かおうとする――そのとき。
「ちょっと待てぃ!」
鋭く上がった声がある。それは、不思議とここまで静かにしていた人で――いや。
神様で。
「わっちも行く!」
そう叫んだのは、佐々木さんだった。




