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明日の天気はきっと晴れ  作者: FRIDAY
第二話 前島さんの御仕事
20/38

20.合縁奇縁、良き御縁、です。

 美羽ちゃんは、さすがは勝手知ったる神社の子、加賀さんと水戸さんの手を引いて元気よく境内を案内してくれた。ただ、案内する順が美羽ちゃんの興味と記憶に寄ったのは、そこはご愛敬というところだろう。


 神楽殿、神池、神木、などなど。神楽殿はさすがに昇らずに見上げるだけにとどめたけれど、やっぱり古かった。勿論、現役の神楽殿だからちゃんと手入れはされているけれど、日や雨に長らくさらされ続ける佇まいは、やっぱり歴史を感じさせられる。神池にはやっぱり鯉が泳いでいて、美羽ちゃんが社務所でもらってきたという鯉の餌を撒いて遊んだ。鯉の方でも心得たもので、岸辺に立つだけでわらわらと寄って来るのだから面白い。いくつか並んである小さな社の前に立つ夫婦めおと杉では、美羽ちゃんに引っ張られた加賀さんと水戸さんが周りをぐるぐる回っていて、いやはや微笑ましかった。


「ユーヤさんは回らなくてもいいんですか?」

 僕と一緒に三人を眺めていた田中さんが訊いてくる。僕は軽く頬を掻いた。

「いやー、まあ。僕は恋愛事に縁が薄いのでね……」

「薄いからこそ祈願する、ということもありだと思いますが。夫婦杉のような合縁祈願は、一般に縁結び、家内安全、子孫繁栄などをまとめていますから」

「うーん……」まあ、僕が乗り気でないのは少し違う理由で、人間関係が苦手、という方に寄るんだけれど。「そもそも、どうして夫婦杉っていうんだっけ」

 夫婦杉という名前を聞くのは、これが初めてではないはず。


 話を逸らす意図も少なからずある僕の疑問に、田中さんはあっさりと答えてくれる。

「杉という樹木はもともと、融合しやすい質がある、というような話を聞いたことがあります。全国的に見て、夫婦杉が境内に祀られている神社は少なくありませんが、どの杉も根、幹、枝などのいずれかが融合している、あるいは融合しているように見える形になっているのです。その様子が、仲睦まじい夫婦のように見えることから、あやかりを得ようと祀られるわけですね」

 楽しそうな三人を眺めながら、田中さんが説明してくれる。しかし、こう一歩退いたところから眺めていると、水戸さんが幼女ふたりの世話をしているようにしか見えないよねえ……。


「ユーヤさんの住むゆうやけ荘の大家さん、前島さんでしたか。前島さんは、霊能者だそうですが」

 淡々、といった口調で、田中さんが言う。うーん、やっぱり信じられないよね。田中さんは僕と同じ文学部だけれど、その雑学は広範で理科系分野にも詳しい。そういった知識から見ると、やっぱりこういうオカルティックな話は胡散臭いかな。

 と、思ったんだけれど、続けられた田中さんの問いは予想に反していた。


「ユーヤさんは、よくこうして手伝いに駆り出されるのですか? 下僕だと聞いていますが」

「え? 下僕?」


 助手どころでなく酷い言われようだ。僕がびっくりして見せると田中さんは淡々と「失礼、助手でしたか」と訂正する。酷い間違えようだ。前島さんなら言いかねない気もするけど。

「ええ、まあ」前島さん、最初から僕を助手として紹介していたのか……「でも助手っていうほどじゃありませんよ。アルバイトですし」

 いざというときの盾になる、という程度で、助手なんかじゃ……て、それもあんまりな扱いだな。


 僕の返事に、田中さんの表情は変わらない。ただ、ほほう、と頷いただけだ。

「成程、アルバイトですか」

「うん」

「お給金はいくらほどで?」

「あー……」

 そっち、そっちですか田中さん。何という勤労精神――いや、田中さんの場合は生活がかかっているのか。


「バイト代は結構弾んでくれますよ。何でしたら、今度紹介します」よろしくお願いします、と田中さんは頷いた。少なくとも、田中さんの方が僕よりも役に立つだろう。勿論壁とか盾とかいう意味ではなくて、助手として。前島さんだって、まつげさんを結構当てにしていたわけだしね。「でも、田中さんはこういうオカルトな話を嫌ったりしないんですね。何だか、少し驚きました」

「そうですか? 心霊は超心理学という学問分野が一応は取り扱っている分野ですから、私が嫌う理由はありませんよ」

「それじゃあ、幽霊とかいると思います? 霊感は?」

「霊感はありませんね。幽霊を見たこともありません――もっとも、だからといって幽霊の存在を否定したりはしませんが」

 へえ、やっぱり意外だな。人魂はプラズマだ、とかって、田中さんならあっさりと説明してくれるようなイメージがあったんだけれど。


「科学的に説明する、ということはできますよ。ですがそれと、幽霊や妖怪の実在についてに関する議論は机が違います。私が見たことがない、という事実は幽霊や妖怪が実在しないという事実には繋がらないのですよ」

 非存在証明はできない、と田中さんは言う。


「ですから、私自身は幽霊や妖怪について、存在するかどうかということは疑問に持ちません。いるかもしれない、いないかもしれない。少なくとも私にとっては、それで十分です」

 初めから議論しない、か。柔軟だ。凝り固まることなく、柔軟に考えられるから田中さんは凄い。

 でも、それならきっと、神様についても田中さんは同じように答えるのだろう。

 神様。

 この神社には神様がいない。前島さんの言葉、それはどういう意味なんだろう。


「そういえば、この神社って何の神様が祀られているんですか?」

 社格やらは聞いているけれど、祭神についてはそういえば一度も触れていない。美羽ちゃんに訊いてもいいけどさすがにそこまでわかっているかは微妙だ。田中さんだって部外者ではあるけれど、しかしさすがに巫女のバイトをしているだけあって、その辺りも抜かりなく心得ているようだ。すぐに答えてくれた。


市寸島比売(いちきしまひめ)という女神です。水の神様ですね。とても古い神様で、福岡にある宗像大社にて姉妹神である多紀理毘売(たきりひめ)多岐都比売(たきつひめ)とともにお祀りされています。本殿でお祀りしているのは市寸島比売のみですが、あちらの御社おやしろ

 田中さんが指さしたのは、夫婦杉の向こうに並んでいる小さな御社だ。

「あちらにはそれぞれ、多紀理毘売、多岐都比売、親神である須佐乃袁尊(すさのおのみこと)と、天照大神がお祀りされています」

「あれって……あれも神社なの?」


 本殿に比べると、とても小さい。そういえば、少し大きな神社ではよく見かけることがあるけれど、気に留めたことはなかったな。僕の疑問に、田中さんは頷く。

「摂社、あるいは末社といいます。本殿での御祭神の親族神をお祀りしていることが多いですが、全く別の神様の権能を与るために建てられたり、本社が遠方にあるため参拝したくても行くことができない人々のために分霊されたり、といった理由で作られます。あれも確かな神社ですよ」

 成程……それじゃあ、これからはちゃんとお参りしないといけないな。今まで失礼なことをしていたわけだ。

 本当に、田中さんと話していると勉強になるなあ。


「おにーちゃーん、おにーちゃんも回りなよー!」

 飛び跳ねながら、美羽ちゃんが手を振ってきた。いやあ、と僕は軽く手を振り返す。けれどそれだけでは愛想がない気がして、田中さんを見る。

「僕はいいですけど……田中さんは、あれ回りました?」

「いえ。私はアルバイトに来ているだけなので、説明は受けましたが、それだけです」

「あ、それならどうです? この機会に、一度回ってみてもいいのでは」

「そうですね……では」


 頷くなり田中さんは、僕の手を掴むと有無を言わさずずんずんと夫婦杉まで歩いていき、あっと言う間に杉の周りを一周してしまった。

「ちょ、田中さん? どうして僕も?」

 皆のところに戻ったところで、僕はようやく田中さんに問う。僕はいいって言ってたのに。けれど田中さんは僕の方を見ておらず、違う方へ視線を向けている。

 その視線をなぞってみると、水戸さんが顔を手で覆って膝をついていた。

「わ、わ、水戸さん!? どうしました!?」

 慌てて駆け寄るけれど、水戸さんは小さく震えるばかりで動かない。美羽ちゃんも水戸さんの背中をさすりながら「おねーちゃん大丈夫?」と心配げにしているし、加賀さんは「恐ろしいですねー……」と何やらぶつぶつ言っている。


「水戸さん、大丈夫ですか? どこか悪いですか?」

 軽いめまいや立ち眩みだったとしても、今は場所が場所だ。

 怪奇現象の多発する、神様のいない神社。

 そんなところで何かがあったら、それは非常にマズい事態だ。早急に前島さんを呼ぶべきか。盾にもなれなかったということで僕は後で折檻せっかんされるだろうけれど、そんなことを憂えている場合じゃない。


 けれど僕の言葉に、水戸さんは小さく首を振って、「だ、大丈夫、です……」と指の隙間からもらすばかりだ。

 と、不意に田中さんが僕の横へしゃがみ込んだ。どうするのだろうと見ていると、田中さんはおもむろに水戸さんの肩に手を置き、

「――次はあなたの番ですよ」


 田中さんの言葉に、水戸さんはぱっと顔を上げた。やや目許めもとが赤らんでいて、引き結んだ唇も震えている。けれどそれを見た僕が何かを言う前に、田中さんが続けて、

「さあ、遠慮せずにどうぞ」

 言うなりなぜか、田中さんは水戸さんの手を取ると、半ば強引に僕と繋がせた。

「……え?」どういうこと?


「さあ美羽ちゃん、ふたりを夫婦杉まで連行するのです」

 田中さんの指示に、「あいさー!」と美羽ちゃんは元気よく答えて僕の空いた手を取ると、そのままずんずん夫婦杉まで引っ張っていく。つられて僕も、そして水戸さんも慌てて立ち上がって美羽ちゃんに連れられて行く。


「じゃあいいよー、おにーちゃんおねーちゃん」

 夫婦杉の前まで僕たちを連行した美羽ちゃんは、今度は僕らの後ろに回ってぐいぐいと背中を押す。ちょっと待って、と転ばないようにしながら、僕は水戸さんを見た。

 水戸さんもこちらを見ている。

「水戸さん?」

「あの……い、いいですか?」

 きゅ、と水戸さんが握る僕の手に小さく力を込めた。

「え、ええ、いいですよ」そんなに回りたいのだろうか。でもさっきまで美羽ちゃんと加賀さんと一緒にたくさん回っていたよね?


 ともあれ水戸さんの御要望に応えない僕ではない。折角だからしっかりと三周回って、さあどうだと他の皆と、水戸さんを見る。

 水戸さんは、はにかむように笑っていた。

「あ……ありがとう、ございます」

 ……僕、そんなにいいことしたのかな。


「ユーヤさんの鈍さってー、わざとなんじゃないかと思うことがよくあるんですよねー……」

「そういう仕様なのではないですか」


 加賀さんと田中さんがよくわからないことを言っているけれど……仕様って何。

 何となく、僕は夫婦杉を見上げる。

 結果的に僕も合縁祈願をしたわけだけれど……僕がこれに積極的でなかったのは、実のところ新しい縁が必要ない、っていうだけが理由ではない。

 今の出会いに満足しているから、っていうのもあるんですよね。


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